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未来の会

日本商社が参画する「アジアの病院経営」

日本商社が参画する「アジアの病院経営」
ヘルスケア事業は成長が  見込め景気に左右されにくい

日本では、株式会社が病院を開設することは認められていない。医療法(1948年)第7条にある「都道府県知事等は営利を目的として病院を開設しようとする者に対しては、病院の開設許可を与えないことができる」とする規定の解釈により、原則として不可とされている。

 一部に、法施行以前から存在していた、元々職員用から地域に門戸を開いた企業立病院や、いわゆる旧三公社五現業の民営化に伴う病院があるのみである。

 その心は、病院は公益性を有しており、利益を追求する事によって患者がなおざりになってはならない、というものだ。しかし、株式会社において、経営を監視する株主の存在は重要である。非営利である事を錦の御旗として、コスト意識や顧客満足の向上といった、一般企業では当たり前の取り組みも、病院では軽んじられていたとの指摘もある。

 未曾有のコロナ禍において、感染患者を受け入れる・受け入れないにかかわらず、病院は困窮し、改めて「経営」が問われている。

 世界に目を転じると、株式会社により病院経営がなされている国は、少なからずある。特に経済成長が著しいアジアでは医療ニーズが拡大し、ヘルスケア事業は成長が見込まれる事業領域として注目されており、景気の変動にも左右されにくいと期待されている。

三井物産がマレーシアのIHHに出資

 マレーシアには、12カ国で民間病院を展開、時価総額で世界最大の病院グループであるIHH Healthcare Berhad(以下、IHH)があり、日本を代表する商社の1つである三井物産が2011年から出資している。18年には追加で2300億円を出資し、約33%の株式を有するIHHの筆頭株主になっている。

 11年当時、IHH傘下の病院は16だったが、その後、インドやトルコ等で M&A(合併・買収)を仕掛ける一方、インドネシアやフィリピン等では現地企業と共同で小規模な施設を開設し、約80の医療機関を擁する規模にまで成長した。約50の病院・医療センター、診療所を運営し、許可病床は合わせて1万5000床を超えている。

 アジアでは人口増加や中間所得層の拡大、慢性疾患の増加等があり、今後も高成長が見込まれる等が、三井物産にとっては投資の決め手とされている。

 コロナ禍前の試算だが、東南アジアに中国、インドを加えた地域の医療市場の規模は30年には3.1兆ドルと、16年の4.4倍に膨らむと見られていた。18年の時点でヘルスケア市場規模の伸び率は世界平均が4%台なのに対し、アジア・太平洋地域は12%台だった。

 IHHは投資持株会社でマレーシアとシンガポールの証券取引所に上場しており、5つの事業セグメントがある。そのうち医療サービス事業を運営するのは「Parkway Pantai」で、マレーシア、シンガポール、インド、中華圏、ブルネイにおける総合民間医療プロバイダーだ。40年以上に渡って活動しており、シンガポールのマウント・エリザベス病院(345床)等の、いわゆるブランド病院を持っている。それ以外に中東・北アフリカの病院運営、マレーシア国内での教育サービス、不動産投資信託、更に本部の運営がある。

 17年に香港に開設したグレンイーグルス病院(258床)も、ホテルさながらの高級な構えの病院だ。約3割の患者は中国本土から来院するとされ、国内の医療ツーリズムの拠点となっている。

 更にIHHは19年に、四川省成都にも中国本土で初の拠点病院を開設した。三井物産は、同国のヘルスケア産業を対象に1000億円規模のファンドを設立した。

 IHHが仕掛けるM&Aには、新規立ち上げによる黒字化までの時間を大幅に短縮するメリットがある。また、グループを拡大する事で、高額な医療機器を一括調達出来るため、収益の改善が見込めるという算段がある。

双日はトルコ、豊田通商はインドへ

 三井物産以外でも、日本の商社は、海外の病院経営に熱心だ。20年5月には双日が、トルコの最大都市イスタンブールで国際協力銀行(JBIC)等の協調融資により、建設・運営に参画した総合病院が全面開院した。「バシャクシェヒル・チャム・サクラ都市病院」の病床数は2682とトルコ最大級で、日本でも例を見ない大規模総合病院だ。

 事業費は2000億円のうち、1600億円超はJBIC等の協調融資により調達した。官民パートナーシップ(PPP)方式により、トルコ建設大手のルネサンス・グループと双日が出資する合弁会社がトルコ政府との25年間の運営契約を結んで建設し、医療は同国政府が担う。

 双日にとって、病院経営は初めての挑戦になる。患者増により、なお病床が不足しているトルコの現状に鑑み、予防医療に力を入れており、在宅医療のシステムを組み合わせた仕組みの導入を検討しているという。

 同社は、人工知能(AI)を活用した診断支援を行う米国のスタートアップ企業センスリー社に出資している。センスリーは、世界で最も優れた病院の1つである米国のメイヨークリニックが蓄積した症例や診断例とAIとを組み合わせ、正確な情報をユーザーに提供するアプリを開発した。スマホで送った写真や動画によって、健康状態や病状が管理出来るものだ。

   これを利用すれば、医療従事者の不足や地方の患者の受診機会を増やし、医療費が膨らむ事への対策にも寄与出来る。

 国内の商社で、いち早く海外の病院経営に挑んだのは、トヨタ自動車グループの総合商社である豊田通商だ。14年にセコムグループと共同して、インドのシリコンバレーと称されるバンガロールにサクラ・ワールド病院(294床)を開設した。

 インドでは国民皆保険制度が整備されておらず、民間医療保険の加入率も低く、無償の公立病院への依存が大きい。そんな中で、サクラ病院は日本流の感染対策を徹底し、手術後のリハビリテーションや在宅医療にも力を入れる事で、人気を博している。

 感染対策は、コロナ禍の外来患者減少への対策でも強みを発揮し、豊田通商とセコムグループが防護服を調達して、感染患者のゾーニングにより、通常治療も継続している。双日のトルコの病院もコロナ患者を受け入れている。

 IHHの病院は、当て込んでいた海外からの医療ツーリズムは頓挫しているが、一部ではオンライン診療を導入に踏み切った。

   また、3000万人もの診療データを活用している事から、シンガポールではAIを活用して、入院前に治療費の目安を提示するサービスも始めた。三井物産ではこの患者データを活用して、予防医療に特化したビジネスも強化していくという。

 日本企業の参画もあって、アジアでは医療サービスやヘルスケアの事業が拡大している。アジアで培ったノウハウが日本の医療に逆輸入される日が来るかもしれない。

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