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ファイザー

ファイザー
M&Aと課税転換による焼け太りが 新薬開発力を削ぐ結果に

米ファイザーは2015年11月下旬、アイルランドの大手製薬メーカー、アラガンとの合併を発表した。買収金額はなんと1600億㌦(約19兆5000億円)。もちろん、製薬業界最大のM&A(企業の合併・買収)である。ファイザーは14年に続いて15年も売り上げでノバルティスファーマの後塵を拝したが、それまで世界一の売り上げを誇る巨大製薬メーカーだった。一方、アラガンは世界第8位のアイルランドの大手製薬メーカー。両社の合併で年間売り上げ600億㌦(約7兆2000億円)を超える巨大製薬メーカーが誕生する。

合併後の社名はファイザーを名乗るが、存続会社はアラガン。規模の小さいアラガンがファイザーを吸収するリバース・マージャー(逆買収)の形だ。いうまでもなく、合併は法人税率が低いアイルランドに本社を移すタックス・インバージョン(課税逆転)が狙いである。バラク・オバマ米大統領が「愛国的な行為ではない。脱走兵のような行為だ」と批判したのを皮切りに、目下、共和、民主両党で大統領候補指名争いの渦中のドナルド・トランプ氏が「アメリカ人の雇用が減る。うんざりする」と言い、ヒラリー・クリントン前国務長官も「貧乏くじを引くのは米国の納税者だ」と批判した。

2度にわたる節税狙いの買収

だが、ファイザーのイアン・リードCEO(最高経営責任者)は意に介さない。「合併で20億㌦の節税効果がある。どこが悪いのか」と開き直っている。村上ファンドの村上世彰氏が「お金もうけしてなぜ悪いんですか」と言ったセリフと似ている。もちろん、今後、政府や連邦議会から横やりが入る可能性もあるが、実は、ファイザーにとって節税を狙った買収は2度目の挑戦だ。最初は14年春、英アストラゼネカに対し買収提案を行った。ファイザーは大型新薬が登場せず、逆に最大の稼ぎ頭だった高脂血症剤「リピトール」が特許切れを迎え、株価は低迷していた。その建て直しのために10年末、リードがCEOに就任。分野別に事業を再編。それが期待されて株価は7割ほど回復した。

一方、ファイザー同様に業績が低迷していたのがアストラゼネカだった。ファイザー社内では米ブリストル・マイヤーズスクイブ、あるいは、米メルク(米国以外の社名はMSD)との合併も検討されたが、法人税率が20%と低い英国のアストラゼネカとの合併の方が節税効果も加わって有利と判断されたとウォール街で語られている。 ファイザーは1株当たり53・85㍀での買収を提案したが、アストラゼネカは1株当たり58・85㍀を主張。ファイザーは55㍀まで引き上げたが、結局、拒否されてしまった。アストラゼネカには新薬パイプラインが拡充し、がん免疫療法にも道が開けてきたという事業好転の兆しが出てきたという背景が強気にさせた。 このときにイギリス国内でファイザーの狙いがタックス・インバージョンにあることにマスコミから批判が噴出。ファイザーを「悪の帝国」呼ばわりしたり、「昔のアストラではない」と声を荒げたりしたほどだった。ファイザーには敵対的買収という手段もあったが、リードCEOはアストラゼネカ買収を断念。別の買収先に照準を定めた。それがイギリスよりさらに税率が低いアイルランドの首都ダブリンを本社にするアラガンだった。

〝方便〟で社名を残し続けるアラガン

アイルランドは製薬産業の盛んな土地だ。アメリカの大手製薬メーカーは新薬が成長軌道に乗ると、たいがい人件費の安い国に製造拠点を移す。その一つがアイルランドだ。アイルランド政府もそんな事情を十分承知し、法人税率をタックス・ヘイブン(租税回避地)並みの12・5%と低くしている。 少々ややこしいのだが、買収対象のアラガンは、旧社名アクタビスという会社だ。中枢神経、消化器、婦人科、泌尿器科、循環器に感染症治療剤まで幅広く新薬を手掛ける一方、ジェネリック医薬品まで扱うアメリカの大手メーカーで、13年にワーナー・チルコットを買収して本社をアイルランドに移転している。今回は米アラガンを買収し、買収された旧アラガンの社名を名乗ったのだ。その旧アラガンは日本では、乳房再建や眼科、美容医療の会社として知られているが、欧米では眼科薬と顔のシワを伸ばす注射薬「ボトックス」で知られるアメリカの製薬会社だった。

しかし、カナダの製薬会社バリアント・ファーマシューティカルズ・インターナショナルから敵対的買収の標的にされ、万策尽きたとき、アクタビスがホワイトナイトとして登場。旧アラガンを買収するが、アクタビスはジェネリック部門を手放し、社名を買収したアラガンに変更したという経緯の製薬会社だ。ところが、今度は本社が法人税率の低いアイルランドにあることからファイザーに狙われたといえる。もっとも、アラガンの場合は買収慣れしているせいか、アストラゼネカのときとは違い友好的だったという。

ファイザーは合併に次ぐ合併で巨大化してきた。抗生物質「テラマイシン」に続いて1980年代に抗炎症剤「フェルデン」で大成功。90年代以後は大型買収が始まる。2000年に米ワーナー・ランバート、03年にスウェーデンのファルマシアを買収。メルクが主力の抗炎症剤「バイオックス」の副作用問題で巨額の和解金支払いで売り上げを落としたとき、代わって世界最大の製薬会社に躍り出た。以来、14年にノバルティスに売り上げで抜かれるまで世界最大を誇った。それというのも、旧ワーナー・ランバートが開発したリピトールが爆発的に売れたからだ。なにしろ、アメリカだけで8000億円、全世界で1兆円を超える売り上げだった。

当時、「ワーナー・ランバートの買収資金はリピトールの売り上げだけで十分お釣りがきた」と笑いが止まらなかったのである。 リピトールだけではない。ファイザーの主力製品には、買収先の製品が多い。睡眠導入剤で有名な「ハルシオン」は旧アップジョン社が開発したものだし、非ステロイド性消炎鎮痛剤「セレコックス」は旧ファルマシアの開発品。鎮痛解熱剤の「ポンタール」は旧ワーナー・ランバートの製品だ。さらに、09年には米ワイスを買収。メルクのシェリング・プラウ買収に対して世界最大の製薬会社の地位を保ち、旧ワイスからは関節リウマチ治療剤「リウマトレックス」を手に入れている。ファイザー自身が開発したブロックバスター(1剤で年商約1000億円の新薬)を超える新薬はED(勃起不全)治療剤「バイアグラ」ぐらいしかない。

「ファイザーモデル」の成功が不幸の元

こうした買収による焼け太りをウォール街では「ファイザーモデル」と呼んでいるが、実態は合併で有力医薬品とパイプライン(新薬誕生に結び付く開発中の医療用医薬品)を手に入れて売り上げを伸ばし、株価を上げてきたのにすぎない。同時に、ファイザーは合併後、リストラを行い、利益を急上昇させてきた。タックス・インバージョンを狙うのもファイザーらしいことなのだろう。アメリカでは州によって税率が異なるが、35%から39%である。アイルランドの12・5%の低税率が魅力的に映るのも無理はないが、タックス・インバージョンをいとも簡単に実行してしまうのがファイザーだ。

それにしても、なぜファイザーはこれほどタックス・インバージョンによる利益にこだわり、合併に精力を傾けるのか。ファイザーがワイスを買収した09年ごろ、日本でも「製薬会社は合併しないと新薬が出ない」「世界に太刀打ちできない」と大手新聞、テレビが書き立てた。実際、その風潮に合わせて第一三共、アステラス製薬、さらに田辺三菱製薬が誕生したが、マスコミの主張は必ずしも正しくない。 スイスのロシュが完全子会社にした米ベンチャーのジェネンテックが抗がん剤「アバスチン」を開発し、ロシュが大もうけしたし、今、C型肝炎治療薬「ソバルディ」開発で、ベンチャーだったギリアド・サイエンシズが世界の売り上げのベスト10入りを果たした。

抗PD1抗体「オプジーボ(ニボルマブ)」を開発した小野薬品工業の株価は発売以来、5割を越える値上がりだし、共同開発会社のメダレックスを買収したブリストル・マイヤーズスクイブも売り上げを伸ばしている。新薬開発は規模ではなかったのである。事実、ファイザーは合併に次ぐ合併を繰り返したにもかかわらず、バイアグラ以後、大型新薬に乏しい。肝炎治療剤でも免疫療法の抗がん剤でも名前が上がらない。 ファイザーのつまずきは、ファイザーモデルと呼ばれる合併がもたらした。

あるアナリストが言う。 「ファイザーはワーナー・ランバートを買収して手に入れたリピトールが世界を席巻したとき、経営陣は研究開発を忘れ、買収して新薬を手に入れればよいという安易な考えに染まった。しかも、合併で安直に利益が上がったことに味をしめ、研究者も研究がおろそかになったし、経営陣は研究費も削減した。その上、合併後のリストラでMR(医薬情報担当者)や営業部門だけでなく研究者もリストラの対象になり、優秀な者が嫌気をさして退職した。大型新薬が登場しなくなったのも当然。大もうけがファイザーを不幸にした」 タックス・インバージョンによる利益を狙い続けるようでは、今後も新薬が生まれる可能性は低いだろう。巨大製薬会社であるファイザーはもはや、「ウドの大木」にすぎなくなってしまった。

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