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未来の会

「オーラルフレイル」が心身に及ぼす影響

「オーラルフレイル」が心身に及ぼす影響
口腔機能を改善すれば、健康寿命を延ばせる

 「オーラルフレイル(口腔機能の衰え」が身体のフレイルにも繋がっていくという考えが広まりつつある。オーラルフレイルを含む抗加齢(アンチエイジング)医学に取り組む日本抗加齢医学会は、このほど都内で開いたメディアセミナーで、同学会の分科会でもある各専門領域の研究会の活動を報告。その中で、抗加齢歯科医学研究会の代表を務める斎藤一郎・鶴見大学歯学部教授がオーラルフレイルと身体のフレイルに関する最新情報を発表した。

 同研究会の分野別会員割合はトップの内科が26%、続く歯科が16%で、以下、眼科(6%)、皮膚科・産婦人科(いずれも5%)などが続く。

口腔機能の衰えは老化のサイン

 まず、斎藤氏は「口腔機能の軽微な衰えは老化のサイン」と指摘する。滑舌低下や食べこぼし、むせ、噛めない食品の増加などのオーラルフレイルは、身体のプレフレイル(前虚弱状態)と位置付ける。

 次の段階の口腔機能低下では、口内の衛生不良や乾燥、咬合力低下、舌口唇運動機能低下、咀嚼嚥下機能低下などが生じ、虚弱状態(フレイル)となる。この段階では、身体に慢性疾患、体重減少、疲労感、筋力低下、うつなどの症状が現れる。

 最終段階の口腔機能障害では、摂食嚥下障害や咀嚼障害が起き、要介護状態になるという。斎藤氏は「オーラルフレイルの特徴が現れた段階で、我々歯科医療従事者が介入して、口腔機能の改善のために様々な対応をしていこうと考えている」と話す。

 斎藤氏は「口腔機能低下は全身的な健康を損なう」とし、具体的なリスクとして低栄養や歯周病、感染症、認知症、誤嚥性肺炎、窒息事故などを挙げた。そして、「口腔ケア対策を行い、口腔機能が改善すれば、健康寿命を延ばすことができる」と話す。また、口の役割は人生の最後まで維持したい機能でもあるとして、食べる、話す、笑う、味わう、飲み込む、噛み砕く、歌うなどの機能を列挙。消化器や感覚器としての働きの他、顔の表情を作る機能も強調し、「口周りの筋力を鍛えることは、食べ物を飲み込む以外にも、爽やかな表情で人と向き合うという意味でも重要」と述べる。

 一般人のオーラルケアに対する意識も高まっている。富士経済の調査によると、オーラルケア関連製品市場は高機能・高付加価値製品が牽引する形で拡大している。歯磨きでは知覚過敏ケア製品、口腔ケア食品では歯周病予防や口臭予防の機能性ガムが好調だ。市場規模は2017年に3973億円、25年には約1兆円と予測されている。

 ただ、前述のように、口は口だけで機能しているのではない。斎藤氏の研究チームは、口腔と身体の老化の相関関係の研究を約10年間行い、約400人のケースを調査した。その結果、唾液の分泌量とホルモン量は正の相関を示すことが分かった。米国でも2010年、「高齢者の歯の喪失や歯周病は10年後の記憶力や身体的機能を低下させる」という論文が出た。

 また、斎藤氏は歯周病について詳細に説明した。歯周病は手のひらサイズの慢性疾患で、虫歯の患者数は減少傾向にあるが、歯周病の患者数は増加傾向にある。「歯周病を介して全身疾患になることが現在明らかになってきている」と斎藤氏。

 具体的には、糖尿病、心血管障害、骨粗鬆症、妊娠異常、呼吸器感染を挙げた。歯周病とは全く関係がないような関節リウマチやアルツハイマー型認知症(AD)でも、相関関係が分かってきたという。関節リウマチでは、リウマチ患者の血清や滑液から歯周病菌が分離されたり、歯周病治療によりリウマチ活動の改善と歯周病菌血清抗体値の減少が認められたりしている。

 またADに関しては、患者の脳内から歯周病菌が検出されたり、ADの血清が健康な血清に比べて歯周病菌の抗体価が優位に高値を示したり、ADで死亡した10人の患者うち4人の脳から歯周病菌のLPS(リポ多糖)が検出された報告を紹介した。斎藤氏は「歯周病はADの病態促進因子の1つ。この歯周病を何とかコントロールしようというのが、歯科口腔領域を専門とする医療従事者のミッションの1つとなっている」と述べた。

 治療の一例として、歯周病治療に介入すると、血管内皮機能が改善されるという。血管の口径は加齢により段々狭くなるが、歯周病治療に介入して60日ぐらいになると、口径が広くなったり、血管炎の症状も収まったりしてくるという。斎藤氏は「血管を老化させないための歯周病治療も考えなくてはいけない」と話す。

 また、アメリカの学術誌『サイエンス』の論文から、口腔内に生息する細菌は腸内で増えると、クローン病(消化管のいたるところに慢性的な炎症をきたす病気)や潰瘍性大腸炎を誘発、悪化させることを紹介した。腸に次いで、細菌数が多いのが口の中だ。従って、腸のフローラ(細菌叢)の健康を維持するためには、口腔内の善玉菌と悪玉菌のバランスを取る「オーラルフローラ」の適正化が重要だと指摘した。

 斎藤氏は口腔機能とストレスとの関連についても言及した。ある調査では、ストレスを「強く感じる」(29.5%)と「やや感じる」(56.4%)を合わせると85.9%もの人がストレスを感じている。自殺者の原因・動機に「健康問題」や「勤務問題」「学校問題」などが挙げられるが、背景にストレスが窺われる。自殺者数は減少傾向にあるが、それでも年間約2万人に上る。先進国の中では多い方で、最近は若年層の自殺も増えている。国は2015年にストレスチェック制度を施行したが、ストレスを改善する対策は進んでいない。

「ドライマウス」への対応も必要

 ストレスは体温の低下、免疫・代謝の低下を招き、様々な疾患を引き起こす。動脈硬化、アレルギー、糖尿病、心疾患、生殖障害などだ。ストレスは自分自身では把握できないが、唾液の多寡が1つの判断材料になると斎藤氏は言う。ストレスにさらされて交感神経が優位になると、唾液の分泌量は減少するが、リラックスして副交感神経が優位になると、唾液の分泌量は多くなるからだ。

 唾液の分泌量は加齢に伴っても減少する。唾液分泌障害(ドライマウス)と呼ばれるもので、65歳以上の3人に1人が患っているという。それは様々な疾患のリスクとなる。例えば、虫歯や歯周病、かぜなどの感染症、胃炎や食道炎、誤嚥性肺炎などだ。「ドライマウスへの対応も歯科医療従事者のミッション」と斎藤氏は話す。

 最後に、斎藤氏は「様々な調査から、自分で幸せだと思っている人ほど長生きし、不幸だと思っている人ほど短命であることが明らかになってきた。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなる。心の在り方は人為的に変えられる」と述べた。箸を歯で横にくわえて作り笑いをするだけでも、脳のドーパミン系の神経活動が活発になり、“快”の感情が引き出されることを紹介。笑顔を作る表情筋の筋力トレーニングとして、「イー・ウー」と発音する時の口の形を作ることで、頬のたるみを防ぎ、口角を上げるコツを伝えた。

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