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未来の会

AIが紡ぐ「これからの医療」

AIが紡ぐ「これからの医療」
2019年度末までにカルテ音声入力技術を確立する

人工知能(AI)の活用が病院の現場にも広がろうとしている。AIによって医療従事者の仕事が置き換えられるというが、その実力はいかほどか。

 神奈川県横須賀市で3月9日に開かれた日本医療マネジメント学会第18回神奈川支部学術集会の特別講演で、AI開発メーカー「9DW」(東京都港区)の井元剛・代表取締役社長が登壇、「AIが紡ぐこれからの医療」と題して講演し、AIが医療従事者と対立せず、仕事を補完する存在として広がっていくとの見方を示した。

 井元氏はWEBシステム会社勤務後、フリーランスとして数々の企業でシステム開発に携わり、2016年に9DWを設立した。従業員数は現在約40人。日本のAI技術者の1割が所属し、インターンによるAI技術者の教育にも取り組んでいる。

 9DWはこれまで、AIを用いた歯科用CADのプログラムやAIによる音声対応システム、120人のアイドルの人格AIなどを開発。また、AIを活用して工期を大幅に短縮する熊本城石垣復旧事業や東京ガールズコレクションのAI審査員の開発で注目された。

 医療分野では、18年10月、国の「戦略的イノベーション創造プログラム」の「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」に、9DWと横須賀共済病院(神奈川県横須賀市)の共同プロジェクトが採択された。9DWは現在、横須賀共済病院と共に、医療者と患者の対話内容をAIによる音声認識を用いて記録する取り組みを進めている。

国際的に優位に立てる「汎用AI」

 講演で井元氏はまず、AI開発について説明した。「AI開発には、コンピューターへの命令を翻訳している従来のプログラミングの知識だけでは対応は難しい。専門的な数学の知識が必要になるからだ」と述べた。そのため、AI開発チームには、プログラマーに加え、データサイエンティストと呼ばれる数学の専門家も入る。

 井元氏は「大手企業でもAI開発がうまくいかないケースがあるのは、データサイエンティストが考えていることを、プログラミングを行うエンジニアが理解できないため」と言う。9DWはAI開発に特化しているため、数学的な知識をプログラマーも身に付けやすい。従業員の半数は、そうした技術者が占めているという。

 9DWのAI開発の特徴は「汎用AI」の開発である。コアエンジンを高性能にしていき、プロジェクトに合わせてカスタマイズするアプローチを取るのだ。一般的には、画像認識、音声認識、意味の認識などの用途ごとに、個別の専用ソフトウェアが開発される。しかし9DWでは、一つのコアエンジンを用いて、三井化学グループと進める歯科の人工歯の3D設計、熊本市と進める崩れた熊本城の石垣を修復するための石垣の組み方の検討などに対応している。コアエンジンの高性能化が行政や大学、企業などとの共同研究の幅を広げているのだ。

 井元氏は「何でもできるAIを世界に先駆けて作りたい」と述べ、国際的にも優位に立つための武器として“汎用AI”の構築を目指している。

カルテ入力作業をAIで置き換える

 人間の仕事をAIが奪うのではないかとの懸念もある。これに対し、井元氏はグーグルのグループ会社が開発したAI囲碁プログラム「AlphaGo」が17年、世界トップのプロ囲碁棋士を破った例を出して説明した。

 打ち筋は人の理解を超える部分まであり、プロ棋士がAIの棋譜を研究している。人間は既にかなわない状況とも見える。同じ変化は医療でも起こり得る。ただし、井元氏はAIが医療従事者の仕事を奪う見方には否定的だ。「囲碁ではAI同士の対局を見たい人は少ない。AIは人間をアシストしているのであり、あくまで黒子。医療で考えると、AIが自動的にできる仕事は、そもそも人間がやるべきでない」と考えている。

 典型的なのは医療現場の入力作業だ。「海外では専門的に入力作業をしているメディカルクラーク(医療事務員)の業務を、AIが行っても問題ないはず」と話す。

 横須賀共済病院と進めるAIホスピタルのプロジェクトも、医師や看護師らが行っている患者情報などの入力作業をAIで置き換えるもの。井元氏は「入力作業を減らすことで、医師が患者に寄り添う時間を増やす他、医師らの労働時間も削減し、働き方改革に貢献できる」と説明する。

 AIのカルテ音声入力は次のようなものだ。診察室では医師がピンマイクを装着し、患者の目を見て会話する。医師がマイクから話した音声はAIにより解釈され、電子カルテに自動的に入力されていく。略語や医療用語も解釈できるようにしている。マイクは特殊なものではなく、市販の汎用的なマイクが使える。画像認識や音声認識では、患者の感情をくみ取る仕組みも検討中だ。センシティブな情報を扱う場合は、録音の停止もできる。

 井元氏は「画面を見てカルテを打ち込む必要をなくし、診察を早くして、待ち時間を短縮する。患者と向き合い、専門用語も分かりやすく説明し直せるなど、新しい双方コミュニケーションを実現する」と話す。また、「AIの導入により、医師がやるべき仕事か否かが考えられるようになり、仕事を減らせれば、余力を他にすべきことに回せる。一方で、AIに何の仕事を任せるべきか考え、議論する必要が出てくる。AIの開発にはそこで出てきた意見が参考になる」と話す。

 解決すべき課題もある。例えば、市販のマイクを使うと、雑音を拾いやすくなる。特に手術室は、複数の音声が同時に記録されたり、心電図モニターの音が反響したりする。実験で必要な音以外を除こうとした際、必要な音まで聞こえなくなったという。こうした問題についても、AIを活用して解決しようとしている。人の耳のように聞き分けられるようにするのが目標だ。井元氏は「不可能ではない。19年度末までに、AIによるカルテ音声入力技術を確立する」との見通しを示した。

 9DWはAIを用いた画像認識の開発も進めている。監視カメラで撮影される画像を解析し、いないはずの人間がいる時、アラートを発信できる仕組みを作ろうとしている。汎用AIの考え方から、コアエンジンを用いて対応する。患者の表情の認識、薬剤などを運ぶ自走式ロボットの開発なども検討している。

 最後に井元氏は「自社の社是にもあるが、世界平和実現のためにAI技術を開発していきたい。皆さんも1日5分でいいので、AIをどう利用できるかを考えてほしい」と呼び掛けた。

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