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新型コロナ長期戦見据えた早期診断・早期治療

新型コロナ長期戦見据えた早期診断・早期治療
世界が注目する「ファクターX」解明で重症化予防

2020年年明けから、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は瞬く間に全世界に感染を広げ、3月には世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言。今年前半だけで世界の死者数は50万人に迫るが、日本では1000人規模に抑えられている。

 世界の死者の約9割は欧米人で、医療水準や感染症対策が一定水準以上であるが、人口当たりの死者数も多い。主要国の死者数を人口10万人当たりで見ると(6月17日現在)、最多がベルギーの84.60人、英国63.25人、スペイン58.08人、イタリア56.93人と続き、米国は35.75人だ。一方、アジア諸国は桁違いに低く、中国0.33人、韓国0.54人、インド0.88人、日本0.74人で、欧米の100分の1のレベルだ。

 とりわけ、日本はロックダウン(都市封鎖)等の厳しい措置を講じる事なく、最も懸念されていたオーバーシュート(爆発的な感染拡大)による医療崩壊を避ける事が出来ている。「緊急事態宣言」は5月25日に全国で解除され、安倍晋三首相は「『日本モデル』の力」と誇らしげに強調した。「日本モデル」とは、感染のピークを出来るだけ遅らせる事を目指し、治療薬やワクチンが開発されるまでのいわば時間稼ぎの戦略だ。大がかりにPCR検査をして感染者の把握に努める代わり、感染者集団の繋がりをいち早く発見し、クラスター制御により封じ込めを図るものだ。医療は重症者を中心に適切に提供して死亡率を抑える。ベースには、社会や経済への影響を最大限にとどめる事、感染防止効果を最大限に発揮する事があり、どっちつかずとも言える。「自粛を要請」という表現も曖昧。「日本の対策は遅く緩いのに、どうして抑え込めたか」と世界の関心は高い。

 ノーベル賞科学者で京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏は、欧米に比べ日本における感染拡大が緩やかな理由を「ファクターX」と呼ぶ。それを解明しようという研究も始まっており、重症化予防のために重要な試みと言える。その因子の候補には対策の効果に加え、手洗いやマスク着用を含む文化の違い、清潔な環境、衛生概念の高さ、遺伝的要因、感染歴、医療の質、国民皆保険による医療のアクセスの良さ等、多彩な点が挙げられている。

期待されるBCG接種と交差反応

 免疫学的には、BCGワクチンの接種も因子の1つと考えられている。BCGは結核予防のためのワクチンで1940年代から普及し、日本を含む157カ国では今なお全例接種が行われている。一方、1980年代以降、結核罹患率の低下に伴い、欧州9カ国、オーストラリア、ニュージーランドでは全例接種が中止された。米国やカナダ、イタリア、オランダでは医療従事者等のハイリスク者のみに接種が限定されている。

 BCG接種には、重症化リスクを低減する効果が期待されている。ワクチンに含まれるアジュバント(免疫増強物質)で自然免疫が賦活され、そうした効果がもたらされるとする仮説がある。自然免疫は獲得免疫を誘導する効果もあるため、新型コロナにも効果的ではないかとするものだ。オランダでは医療従事者を対象に、BCG接種による予防効果を検証する試験が実施されている。オーストラリアも同様の臨床試験を進めている。もっとも1000人規模の試験では統計的有意差が出にくいとされる。現時点ではまだBCG接種を推奨する事は出来ないだろう。

 もう1つ、免疫学的な因子として指摘されているのが、過去の感染歴だ。『Nature』には、重症急性呼吸器症候群(SARS)から回復した患者から単離された抗体が、新型コロナの感染性を効果的に阻害した事が報告された。また、米ラホイヤ免疫研究所で新型コロナの流行前の2015〜18年に採取された血液検体を調べたところ、約半数に新型ウイルスとの交差反応性が見つかった事が『Cell』で報告された。

 コロナウイルスには風邪症候群(上気道の炎症)を引き起こすものが4種類知られており、ウイルスを原因とした風邪の10〜15%(流行期35%)の原因となる。その後、SARS、中東呼吸器症候群(MERS)、さらに今回の新型と、3種類のヒトコロナウイルスが見つかった。ありふれた風邪コロナウイルスにより、交差免役が出来ていた可能性もある。こうした交差反応性による生物反応がワクチン開発等にも繋げられると期待されている。

 それにしても、待望されるのが新型コロナのワクチンだ。ワクチンがないまま「感染者を抑える事(オーバーシュートの回避)」と「感染者を増やす事(短期間での集団免疫の形成)」という、明らかに相反する課題の解決は難しい。世界中で猛威を振るった多くの感染症がワクチンで予防出来るようになった。終生にわたる免疫を獲得出来ないまでも、インフルエンザのように流行に備えて定期的に接種して抗体価を上げる事が、感染予防に効果的なものもある。

 一般にワクチンには、無毒化あるいは弱毒化した病原体が用いられる。それに加えて、新型コロナでは「DNAワクチン」の開発も内外で進められている。これはウイルスの遺伝子情報を体内に注入し、体内で抗体が産生される事を期待するものだ。ウイルスは遺伝情報の差からDNAウイルスとRNAウイルスに分類される。DNAウイルスは相補的に修復可能な二本鎖のDNAを持つため、遺伝情報が安定的で変異しにくい。ウイルスの安定した遺伝情報に対する特定のワクチンが高い有効性を示した事で、天然痘は1980年にWHOから撲滅宣言が出された。

 一方、RNAウイルスは一本鎖構造のRNAを持ち、バックアップとなる対の遺伝情報がないため、容易に変異しやすい。代表的なRNAウイルスであるインフルエンザウイルスは変異を起こしやすく、新型ウイルスには既存のワクチンや薬が効かないリスクがある。コロナウイルスもRNAウイルスだが、RNAを複製するRNAポリメラーゼが校正機能を持つため、比較的変異しにくいとされる。

医療従事者に投与すれば倫理的問題

 しかし、コロナウイルスには「抗体依存性感染増強(ADE)」が認められている。最初の感染でウイルスに対応した抗体が出来ると、2度目の感染で重症化する現象だ。SARSやMERSでもワクチン開発が試みられたが、動物実験で重症化が認められた事で、日の目を見ていない。デング熱のワクチンでも同様の現象があり、いずれもADEが原因と考えられている。

 通常ワクチンは、半年から1年間観察し、感染予防の効果を検証する必要がある。新型コロナは影響力が大きい事から、世界中の製薬企業がワクチン開発に注力しており、各国は承認の手続きを簡略化する等して支援している。

 しかし、臨床試験において、まず医療従事者を対象に投与するとなれば倫理的問題があり、DNAワクチンの場合は生殖細胞の染色体に組み込まれないかどうか等、安全面について最大限の注意が必要だ。加えて、ADEの可能性もあるとなれば、拙速なワクチン承認は絶対に避けなくてはならない。ウイルスとの長期戦をにらみ、まず医療現場では重症化例の早期診断と早期治療に全力を挙げて取り組むべきだろう。

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