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未来の会

手探りの中、岸田首相に求められる明確な戦略

手探りの中、岸田首相に求められる明確な戦略
「厳格なコロナ対策」目指すも透ける思惑

岸田文雄首相は弱毒性を指摘される新型コロナの変異株「オミクロン株」の感染拡大を受け、重症者らに的を絞る方向に舵を切ろうとしている。ただ、堅調な内閣支持率を支えて来たのは「厳格なコロナ対策」だ。それだけに手探り感は否めず、明確な戦略を描けずにいる。

 1月24日の衆院予算委員会。濃厚接触者の自宅等での待機期間について、「より現実的な期間を絶えず検討していく」と述べ、更なる短縮を検討すると表明。施政方針演説で語った「メリハリを付けた対策」により踏み込んで行く考えを明らかにした。

 感染力が強いとされるオミクロン株の拡大が止まらない。感染者数は過去最多を更新し続け、2月5日には10万人超となり、15日には死者が過去最多の236人に達した。まん延防止等重点措置の適用地域も36都道府県へと広がった。「最悪の事態を想定して取り組む」一方で、オミクロン株への感染者には軽症や無症状の人も多く、与党内には従来の行動制限をすれば経済再生が困難になるとの声が強まっている。専門家の間にも「従来の新型コロナ株とは別物」との見方が広がり、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長は19日の会合後、「ステイホームとか、外出↘自粛とか、店を全部閉める必要はない」と言い切った。

 発言の背景には、軽症者が医療機関に殺到すれば本当に治療を要する重症者が閉め出されてしまうとの危機感が有る。高齢者ら重症化リスクの有る人が優先的に検査や治療を受けられるようにする事を意図している。

 専門家の有志は同21日、「若年層で重症化リスクの低い人は必ずしも医療機関を受診せず、自宅療養を可能とする」との案を提言。これを受け厚生労働省は24日、感染拡大で外来診療がひっ迫した場合として、40歳未満など重症化リスクの低い人は受診せず自分で検査して自宅療養出来るようにする方針を明らかにした。「症状があれば原則受診」としてきた方針の転換だ。更に濃厚接触者が発症した場合は医師の判断で検査をせず、症状だけで「感染している」と診断するのを可能にした。

 14日間だった濃厚接触者の待機期間は7日まで短縮、保育士等は待機6日目の検査で陰性なら待機を解除するとした。医療従事者は毎日の検査で陰性なら出勤を可能としているが、これを介護従事者にも適用する。

 とは言え、コロナ対策を最優先課題と位置付ける岸田首相は「最悪の事態を想定して取り組む」と繰り返して来た。菅義偉前首相が経済を重視する余り対応が後手に回り、政権の勢いを失墜させた教訓を踏まえての事だ。緩和に繋がる一連の方針転換をすんなり受け入れた訳では無い。

 「検討する検討するばかりではないか、と言うが、問題意識を持って努力を続けてきた」

 1月25日の衆院予算委で岸田首相は、子どもが感染した親の隔離期間短縮を求める立憲民主党の山井和則氏に猛然と反論した。「首相は『検討する』が多い」と挑発する山井氏にカチンと来た様子だったが、それでも「今週中に(期間短縮の)決断を」と迫られると、最後まで返事は避けた。オミクロン株はまだ完全には解明されていない。高齢者を中心に重症者も増え始めており、感染者が爆発的に増えれば死者も増加に転じる可能性が有る。

重点措置の運用判断は知事に委ねる構え

 世論はオミクロン株を軽い病と見て行動制限の緩和を求める人々と、高齢世代を中心に医療ひっ迫を懸念して緩和に慎重な人々に分かれている——。首相周辺はこう捉え、政権が双方のバランスの上にうまく乗っている事を自覚しているという。一方に寄り過ぎると一気に天秤が傾き、転覆する危険と背中合わせという事だ。

 そういった状況の中、オミクロン株に対する政権の姿勢には迷いが窺われる。専門家有志の提言には「人流抑制」から「人数制限」への転換が盛り込まれ、「県をまたぐ移動の制限は不要」としていた。それでも国の基本的対処方針には今尚、「人流抑制」が明記され、今回のまん延防止等重点措置で各都道府県は「不要不急の都道府県間の移動」を控えるよう求めている。とりわけ、重症化リスクの低い人は受診せずとも良いという方針を巡っては政府内にも根強い慎重論がある。専門家有志による提言の原案には「受診せず」との表現があったものの、厚労省等との折衝で一旦は削除された。

 その後、受診を望む人を排除しない事を確認の上表現は概ね復活したが、政府側には先行する専門家を後追いする姿勢が目立ち、緩和に慎重な専門家を押し切りがちだった菅政権とは逆の構図となっている。対象地域が次々増え、延長を余儀なくされた重点措置、入院基準の緩和や検査なしに陽性と判断する「みなし陽性」の解禁など、後追いによって対策の遅れを覆い隠す姿勢も目立ち始めた。菅政権の反省にたって「先手」を強調してきた岸田首相だが、オミクロン株を甘く見た挙句、感染急拡大を前に「後手」に回ることが増えている。

 重点措置も感染者の急増に押され、各都道府県知事が慌てて国に要望した感が有る。だが、その知事の側からも効果を疑問視する声が出ている。当初、名乗りを挙げず、後に兵庫、京都と足並みを揃えて25日に追加適用が決まった大阪府の吉村洋文知事は、効果について「分からないとしか言いようがない」。オミクロン株の特性を踏まえた対策を求める愛媛県の中村時広知事は、「飲食だけ抑えても感染防止の効果は薄いと思う」と指摘している。

 一方、首相も重点措置の運用判断は知事に委ねる構えだ。感染防止策を講じた認証店での酒類提供に関し、首相は「知事の判断」に任せている。行動制限を緩める目的の「ワクチン・検査パッケージ」についても政府は感染拡大を踏まえて当初は停止する方針だったが、継続を求める知事らの声に押され、「原則一時停止」に転換。「知事がOKならOK」へと変えた。首相周辺は「地域の事情があり、国で一律に決めるものではない」と言うが、知事に責任を転嫁する思惑も透けて見える。

3回目の接種が追い付いていない現状

知事任せゆえ、重点措置をいつどの段階で解除するのかもハッキリしない。適用対象が次々広がる中、松野博一官房長官は25日の記者会見で「総合的に判断する」としか答えられなかった。

 オミクロン対策として首相が重視するのは承認したばかりの飲み薬と共に、昨年12月から始めたワクチンの3回目接種だ。政府は2回目からの接種間隔を「原則8カ月以上」から最短で「6カ月」に短縮。医療従事者や高齢者を優先し、1月末迄に約470万人(医療従事者約576万人、高齢者約650万人、64歳以下約244万人)に打ち終える事を想定していた。だが国内の接種率は2月9日時点で7・2%と経済協力開発機構(OECD)の最下位だ。当初、目標設定に否定的だった首相も与野党の突き上げで「1日100万回」を掲げたものの、こちらも典型的な後追いになった。陽性者の急増を前に3回目の接種が追いつかない。無料検査を拡大したら、今度は検査キットの不足が社会問題化した。軽症者が多いとはいえ、8都県では病床使用率が50%を超え、第5波時の「医療崩壊」が再来しない保証はない。

 オミクロン株はより感染力が強いとされる亜種も広がり始めた。岸田政権は国や自治体の病床確保権限を強める感染症法改正案の今国会提出を見送っている。夏の参院選をにらみ、野党との対決が見込まれる法案をことごとく引っ込めた為だが、再び病床不足が深刻化した際の影響は大きい。

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