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未来の会

待ったがかかった慈恵病院の「内密出産」

待ったがかかった慈恵病院の「内密出産」
求められるのは「母子に寄り添う」全国的な取り組み
集中出版 赤ちゃんポスト
慈恵病院に設置されている「こうのとりのゆりかご」

コロナ禍で若年層の「予期せぬ妊娠(望まない妊娠)」が増えているという。学校の臨時休校が長引いて親や教師の目が届きにくくなった事や、遊ぶ場所がなくなった事が原因と指摘されている。予期せぬ妊娠で授かった命を産むにせよ、産まないにせよ、出産する女性が直面する現実は厳しい。

 そんな中、親が育てられない赤ちゃんを受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)で知られる病院が、更に一歩進んだ試みを行うと発表。少子化が進む中、生まれる子どもの事を最優先に考える国の施策が求められる。

 「こうのとりのゆりかご」を運営する熊本県熊本市の慈恵病院が昨年12月に公表したのは、妊婦が匿名で出産出来る内密出産の開始だ。内密出産とは、匿名での出産を望む女性が、専門機関等にだけ身元を明かして病院で出産する制度の事。ドイツ等海外では行われている国もあるが、国内では初めてだ。

 内密出産は女性の「匿名」を保証する事で、医師や助産師等の専門家が立ち会わない危険な出産を避ける事と、子どもの命を守る狙いがある。子どもの多くは里親に引き取られるが、専門機関に親が身元を明かしている事により、子どもの出自を知る権利は守られる。

 実際に、ドイツでは2014年から同様の制度が実施されており、女性は公的組織に身元を示す書類を預け、医療機関では匿名で出産する。出産にかかる費用は国が負担し、子どもは16歳になったら出自を知る事が出来るという。

 一方、慈恵病院が開始に踏み切った内密出産は、公的な機関は絡んでいない。内密出産を希望する妊婦は同病院の新生児相談室に情報を渡し、子どもが一定の年齢になって希望した場合は、この新生児相談室が保管していた親の情報を開示する仕組みになっている。

 ところが、この「内密出産」に待ったがかかった。熊本市は8月24日、「法令に抵触する可能性を否定する事は困難」として、内密出産の実施を控えるよう慈恵病院に通知したのだ。

 ドイツの事例を見ても、内密出産には子どもの戸籍をどうするか、出自を知る権利をどう保証するか、出産にかかる費用を誰が負担するか等、行政の関与なく一病院が仕組みを作るには厄介な問題が多い。そのため慈恵病院は以前から、熊本市と協議を重ねてきた。

一病院が仕組み作るには厄介な問題

 しかし、結論が出ないまま、病院側は昨年12月に内密出産の実施を発表した。対する熊本市は法務省と厚生労働省に現行法上の取り扱いを照会した。その結果、厚労省は「法令に直ちに違反するものではない」との見解を示すとともに、熊本市には内密出産の希望者に「子どもの出自を知る権利」等について説明を行う事等を病院に対して指導する事が必要とした。

 一方の法務省からは、「仮定の事実に基づく照会への回答は困難」との回答が示された。法務省の地方部局である熊本地方法務局は以前、母親の名前の記載がなくても、子どもが無戸籍になる事はない、つまり現行の戸籍法で対応が可能だという見解を示していたというが、半歩後退した印象だ。要は、はっきり違法と言われたわけではないが、国の「お墨付き」が得られなかった事で、熊本市は前述のように慈恵病院に対して、内密出産の実施を控えるよう通知したというわけだ。

 ではなぜ、慈恵病院は行政のゴーサインを待たずに内密出産の実施を始めたのか。その背景には、同院が2007年に設置した「こうのとりのゆりかご」の存在がある、と事情を知る全国紙記者は言う。「年によってばらつきはあるが、ゆりかごには毎年10人くらいの子どもが保護されている。親が特定出来ている子も多いが、分からない子もいる。慈恵病院がゆりかごを始めたのは、望まない妊娠や経済的困窮で子どもを育てられない女性と子どもを助けるためだが、ゆりかごを設置してもなお、救えない命があった」(全国紙記者)からだという。

 誰にも相談出来ず、自宅等で出産した結果、赤ちゃんや母親が命の危険にさらされる例、どうしていいか分からず生まれた赤ちゃんを放置したり発作的に首を絞める等して殺したりしてしまう例は後を絶たない。

 慈恵病院が365日24時間受け付けているフリーダイヤルには、年間6000件以上の相談の電話がかかってくるという。そのほとんどが県外からの相談だ。各地域の医療機関や自治体の窓口、児童相談所に繋がる例もあるが、残念ながらそうならない事もある。こうした不幸をなくすには、出産にかかる費用負担の不安がなく、身元を明かさずに医療機関で出産出来る必要がある。それが「内密出産」なのだ。

 「地元記者の取材に対して、慈恵病院の蓮田健・副院長は『市の対応はこれまでの経緯から予想していたが、緊急性がある場合は母子の安全を優先し、受け入れなければならない。結果として違法性を問われたとしてもやむを得ない』と答えている。何としてでも母親と赤ちゃんを救いたいという思いが、市との合意を待たずに実施を強行した理由だろう」(全国紙記者)。

現状は法的にも中途半端

 慈恵病院はカトリックの宣教師が明治31年(1898年)に創設した病院が前身で、カトリックの精神に基づく医療を提供している。何としてでも「命」を優先させる考えは正しいが、どんな立派な取り組みも、必要とする相手に届かなければ意味がない。都内の産婦人科医は「そのためには一民間病院の単独の取り組みではなく、全国に数を増やしていく必要がある」と指摘する。

 だが、法的にも中途半端な現状では、全国の自治体や病院が追随するのは難しい。国会で内密出産が取り上げられた事もあるが、国としてこの制度を推進する姿勢は示していない。「せめて、戸籍法の改正も含めた検討を早急に行い、法律上の問題がない事を明らかにする必要がある」とこの医師は求める。

 長引く新型コロナの影響で、経済的困窮に陥る女性や、DV(家庭内暴力)に耐える女性、予期せぬ妊娠に悩む若年層は増えているとされる。日本では緊急避妊薬が薬局で買えない等、非常事態に直面する女性に寄り添う制度作りに欠けている。どこにも行き場のない、知識も、情報も、お金もない女性達の最後の砦は、全国どこにいてもたどり着ける場所でなければならない。 

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