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iPS細胞を活用した「再生医療」への挑戦

iPS細胞を活用した「再生医療」への挑戦
脊髄損傷の臨床研究とALS治療薬の候補発見

iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療の研究開発が加速している。慶應義塾大学では脊髄損傷の患者を対象にした臨床研究を計画したり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬候補としてパーキンソン病の治療に使われる薬剤「ロピニロール塩酸塩」を特定、治験を始めようとしたりしている。

 脳神経領域の再生医療、iPS研究における世界の第一人者である岡野栄之・慶應大医学部生理学教室教授は2018年12月、「iPS細胞技術を用いた神経系の再生医療と創薬研究」と題した東京大学医科学研究所での講演で、それぞれの研究について詳細を語った。

 脊髄損傷は損傷部以下の運動・知覚・自律神経系の麻痺をもたらす病態で、毎年約5000人の新規患者が発生し、患者数は現在10万人以上と言われる。交通事故やスポーツ、転倒などの外傷の他、加齢で首の骨が変形し、それによって脊髄が潰れることも原因となる。超高齢社会の日本では後者の患者の増加も懸念される。脊髄損傷は治らないと言われる中、脊髄の再生医療が切望されていた。

5〜10%の再生で機能回復が見込める

 岡野氏は、実際の臨床においては、脊髄の内部に通る神経繊維である軸索(神経突起)の5〜10%程度が損傷を免れるか、再生できれば、機能的には改善が見込まれると説明。「損傷脊髄の幹細胞治療」「二次障害を防止する治療法」「損傷脊髄の再生を促す治療法」についての開発が進んでいるという。岡野氏は神経幹細胞を使って中枢神経系の細胞の再生を検討してきた。

 脊髄損傷は受傷後の時間経過により「急性期」「亜急性期」「慢性期」の3段階で変化が起こると説明。急性期では、最初は血液系の細胞が損傷した脊髄に入り、炎症が起きる。亜急性では、再生と変性の双方の変化が起き、再生が進めば自然回復するものの、変性が進むと状態は悪くなる。さらに慢性期では、軸索が変性し、瘢痕組織や空洞形成ができて、機能低下が起きる。

 岡野氏によると、幹細胞の移植は急性期だと炎症が強く、細胞が生着せず、慢性期では瘢痕組織や空洞形成が著しいため治療効果が出ない。細胞移植だけでは再生は難しいと説明する。そのため、神経幹細胞の移植時期は、受傷から14〜28日の亜急性期が最も有効だという。

 岡野氏は、以前の指針では、倫理的観点からES細胞(胚性幹細胞)由来、ヒト胎児由来の幹細胞での治療が規制された点を挙げ、日本の再生医療が遅れたと指摘。その上で、2006年に登場したiPS細胞を用い、マウスを使った脊髄損傷治療の研究を行ってきたと述べた。

 岡野氏らの研究チームは、人の結合組織に大量に存在するフィブロブラスト(線維芽細胞)から作成されたiPS細胞から、神経幹細胞を作り出した。脊髄損傷を起こしたマウスに移植したビデオを示し、元々後ろ足に荷重を掛けられなかったのが移植により可能となり、脊髄機能の回復を確認した。さらに、ネズミよりヒトに近いサル(マーモセット)で同様の実験を実施。脊髄損傷後に動かなくなった後ろ足が細胞移植によって機能回復することを確認した。

 岡野氏は、神経細胞(ニューロン)同士の伝導が切れていたところが、iPS細胞由来の神経幹細胞を移植することにより、新たなシナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)が形成され機能回復したと説明。さらに、神経軸索を覆う“さや”である髄鞘の脱落も問題となるが、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)が作られることで元通りになる「再髄鞘化」も回復と関係すると述べた。

 岡野氏らの研究チームは今年2月18日、厚労省の了承を得、人での治療を進めるため、ストックされたiPS細胞を利用した臨床研究を計画している。患者自身の細胞からiPS細胞を作る自家細胞では細胞の樹立から移植まで半年以上かかるため、受傷後約1カ月の亜急性期に間に合わない。そこで、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)でストックされている他家細胞のiPS細胞の提供を受け、神経前駆細胞(神経系の未分化細胞であり、限られた分裂回数の後に分化を遂げるように運命付けられた細胞)を作り、腫瘍にならないか、特定の感染がないかなどを確認して使用していく方針だ。

 今後、慢性期の脊髄損傷の他、難病も含めた複数の脊髄の病気への適応拡大も見込んでいる。岡野氏は「脳梗塞後の治療にも応用の可能性はある。日本では脊髄の希少疾患は500人程度。それが慢性期の脊髄損傷になると約10万人。さらに脳梗塞の後遺症は100万人に恩恵が及ぶ」と説明した。

約1200の薬からALSの薬を探る

 また岡野氏は、ALSの治療法についても解説した。ALSは、脳や末梢神経からの命令を伝える運動ニューロン(運動神経細胞)が侵され、筋肉に指令が行き届かなくなり、体の自由が利かなくなる病気で、難病の一つ。主に高齢者がかかるため、超高齢化した日本でも患者が増えている。5〜10%が遺伝性の「家族性ALS」で、その解析により発症に関わる遺伝子が複数発見されているが、決定的な治療法は分かっていない。日本ではALS患者は約1万人確認されている。

 岡野氏らの研究チームが行ったのは、iPS細胞をALSの患者の細胞から作り、運動ニューロンに分化させる。その上で、この運動ニューロンへの既存薬の効果を調べるというものだ。病的な細胞での細胞内の変化、機能的・構造的な変化という表現型への効果を見る。

 慶大にある約1200の既存薬ライブラリーで調べたところ、9化合物に表現型の病的な変化を防ぐ効果が確認された。中でも高い効果が確認されたのが、パーキンソン病の薬として使われているロピニロール塩酸塩だ。岡野氏は既存薬を用いる創薬研究の優位性として①安全性の担保②薬物動態が明らか③薬剤が安価④ヒット率が高い⑤既存データが利用可能で、臨床応用への移行を加速——などを挙げる。

 岡野氏らの研究チームは、臨床試験を行うため、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に事前相談。このプロセスで、過去の論文や実験データなどから、作用メカニズムとしてはドーパミン2受容体に部分的な依存、ミトコンドリア機能の改善、活性酸素産生抑制といった効果を想定した他、既存の承認薬よりも優位性があることも確認。薬剤はグラクソ・スミスクラインから提供を受け、家族性ALSだけではなく、孤発性ALSにも効果を示す可能性や、RNA結合タンパク質の局在異常から事前に効果を予測できる可能性も確認した。その上でPMDAから了解を得て、2018年12月に治験を開始した。iPS細胞を用いて生み出された治療法が本格的に臨床に入ってくる。

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