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「中絶薬10万円」で炎上した日本産婦人科医会

「中絶薬10万円」で炎上した日本産婦人科医会
世論が時代遅れを突き付けた医会と飲む中絶薬の現状

「#経口中絶薬10万高すぎ」「#経口中絶薬の高価格設定に反対します」。インターネットのツイッターで昨年末、そんなハッシュタグが注目を集めた。発端は、英国の製薬会社「ラインファーマ」が昨年12月22日、人工妊娠中絶を目的とした経口薬の製造承認を厚生労働省に申請した事だ。これを伝えるNHKのニュースで、日本産婦人科医会の木下勝之会長が薬の処方にかかる費用について、「従来行われている中絶手術と同等の10万円程度が望ましいとの考えを示した」と報じられた事から、ネットは大炎上。医会に抗議しようという動きが↘一気に盛り上がっ︎たのである。

 「そもそも、日本は中絶後進国。今回申請が出された飲み薬は、既に80以上の国と地域で承認されていて、安全性と有効性は確立されている。日本でこれ迄認められて来なかったのがおかしい」と語るのは、都内の産婦人科医だ。

「中絶後進国」日本。その詳しい理由とは?

 日本では現在、母体保護法により、「身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある」場合か、「暴行若しくは脅迫によって↘︎又は抵抗若しくは拒絶することが出来ない間に姦淫されて妊娠した」場合以外の人工妊娠中絶は認められていない。法律を厳格に解釈すれば、妊婦やその家族が妊娠を望んでいないというだけでは中絶は認められない。しかし、現実には、年間15〜16万人が中絶している事実がある。望まない妊娠であっても、その殆どは、「身体的、または経済的理由」という名目で中絶されている。中絶に当たっては本人(妊婦)と配偶者の同意が必要としているが、これも、国際的に認められている女性が生殖に関わる事を自分で決める権利「リプロダクティブ・ライツ」に↖︎反しているとして、世界からも問題視されている。︎

 こうした法制度や中絶に対する意識、性教育の遅れ等、前出の産婦人科医が「中絶後進国」と断じた理由は数有れど、最も分かり易いのがその中絶方法なのだという。

 「日本で行われている中絶方法は手術のみで、金属の器具で子宮内の妊娠組織をかき出す「掻爬(そうは)法」が多くのクリニック等で行われている。痛みを伴う事が多く、子宮を傷付ける恐れも有る。掻爬法はWHO(世界保健機構)が『時代遅れの外科的中絶方法』と指摘した中絶方法だ」(前出の産婦人科医)。

 逆にWHOが推奨しているのは、ストロー状の管で子宮内の妊娠組織を吸い出す「真空吸引法」と、今回話題となっている薬剤による中絶だ。日本では、薬剤による中絶は認められておらず、真空吸引法を行う産婦人科医も少ない。

飲む中絶薬登場で日本の医療はどう変わるか

 そうした現状を変えると期待されているのが、ラインファーマが製造する飲む中絶薬「ミフェプリストン」と「ミソプロストール」である。「ミフェプリストン」は妊娠継続に必要な黄体ホルモンの働きを抑える薬で、この薬を服用した上で、2日後に子宮を収縮させる働きが有る「ミソプロストール」を服用する。2種類の薬を組み合わせる事で、日本で行われた治験では9割以上が中絶に至った。一部の治験者で腹痛や嘔吐等の副作用も見られたが、いずれも回復したという。

今後の議論は中絶薬の値段や扱いについて

 厚生労働省は今後、安全性や有効性を審査するが、薬剤による中絶はWHOも推奨する方法であり、1年以内に承認される可能性が高い。となると、次なる課題は中絶薬をいくらで提供するかである。

 そもそも、日本で中絶を行えるのは母体の健康を考え妊娠22週未満だ。妊娠初期は手術を行うが、中期の場合は人工的に陣痛を起こし分娩させる方法を採る。いずれも自由診療の為、手術は10〜20万円、分娩は40〜60万円掛かる。ただし、分娩の場合は出産一時金の対象となり、健康保険組合から約40万円が支払われる。「出産一時金が出れば本人負担は少なくなり、医師の実入りは増える為、産婦人科の中にはわざわざ中期まで妊娠を継続させる例も有り問題となっている」(前出の産婦人科医)。

 中絶薬による中絶の場合、「薬剤そのものの価格の他に、どういう条件下で薬剤服用を認めるかが値段に関わってくる」と全国紙記者は解説する。2種類の薬剤を組み合わせる必要が有る事や、薬剤による中絶が上手く行かなかった場合の措置等、ある程度の医療介入は必要だろう。日本産婦人科医会は入院が可能な医療機関で、中絶を行う資格の有る医師だけが行うべきだとしている。

 「薬が入手し易くなれば、無理やり女性に飲ませて中絶させる等の犯罪が起きるのではと心配をする声もネットでは上がった。処方するだけでなく、医師の前で服用してもらう等の厳しい管理が必要だろう」と医会関係者も危惧する。

740円は疑問も世論を敵に回した事は確か

ただ、こうした慎重意見には反対の声も上がっている。製薬会社の承認申請に当たり、医会の木下会長が「中絶が上手く行かなかった場合の外科的手術等、その後の管理も行うので相応の管理料が必要」と述べ、手術と同程度の価格設定を求めた事が伝えられると、ツイッターには「日本産婦人科医会、恥を知れ」「害悪でしかない団体」「儲けたい一心でボッタクリ」等、激しい口調で医会を責める文言が踊ったのだ。

 「中絶薬の承認を求める産婦人科医の有志団体が『WHOによると中絶薬の価格は約740円』と会見で発言し、それをNHKが報じた事が発端で、『740円の薬を10万円にしようとしている日本産婦人科医会』という印象が独り歩きしたのです」(前出の全国紙記者)。

 ちなみに、ラインファーマの申請では、薬剤の価格について記載は無いという。「保険診療であれば、薬剤が承認されれば次に薬価を決めないといけないが、自由診療の場合はその必要が無い。インフルエンザ等の予防接種も医療機関や地域によって価格差が有る様に、中絶薬も医療機関によって異なる扱いになる可能性が高い」と医会関係者は話す。

 しかし、こうした事情をネット民は考慮しない。「木下会長や医会に怒りのファックスやメールを送ろうという呼び掛けに呼応して、抗議活動が活発になった。夫婦別姓や生理用品の軽減税率等、近年は女性の権利にまつわる話がネットで盛り上がり易くなっており、今回も女性の怒りに火を付けてしまったようだ」と全国紙記者は分析する。

 「WHOが示しているという740円という価格は、薬そのものの価格で、周辺の医療行為や入院費等は含んでいないと考えられる。中絶薬に限らず、製薬企業は貧困地域等ではその国の経済状況に合わせた価格で薬を販売しており、皆保険制度の日本では高額になりがち。1つの薬剤の世界平均価格はあまり意味が無い数字ではないか」と首をひねる医師もいるが、「740円が10万円」のインパクトは大きかった。「740円は緊急避妊薬(アフターピル)の話で、NHKは避妊薬と中絶薬の違いを分かっていないのではないか」と誤報疑惑も出る始末で、騒動は混沌として来た。

 そもそも医会は中絶薬の導入に反対の立場だが、承認を求めて署名を集めたのは産科医らの有志団体だ。産婦人科医の中にも様々な意見が有るのは事実だが、女性達を敵に回し時代遅れの烙印を押された医会は、厳しい1年の始まりを迎える事になってしまった。

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