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未来の会

日医・中川会長、菅新首相との「蜜月」に照準

日医・中川会長、菅新首相との「蜜月」に照準
神奈川人脈を活用するも、関係構築「長期化」の見方

安倍晋三前首相の電撃的な辞任表明から5日後に開かれた日本医師会(日医)の定例記者会見。中川俊男会長は冒頭、安倍氏について触れ、「かかりつけ医の普及に努められる等、国民皆保険に大変ご理解があり、日本医師会をはじめ医療界としても様々なお力添えをいただきました。深く感謝申し上げます」と謝意を示した。

 続けて、安倍氏の後任を決める自民党総裁選にも言及し、「新総裁及びその組閣に、これまでと同様、大変期待をしているところであります」と強調。当選が確実視されていた菅義偉首相に暗にラブコールを送った格好だった。

 今年6月の会長選の際から、中川氏は「政界とのパイプが細い」と言われ続けていた。2006年に日医の執行部入りしてからも、理論派で舌鋒鋭い部分を買われ、厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)委員を務める等、政策分野に関与する事が多く、日医の政界工作にはあまりタッチしてこなかった。

 中川氏とは対照的に、前任の横倉義武・名誉会長は安倍氏との長年の付き合いをフル活用した。2人は安倍氏が若手で自民党の社会部会長(現在の厚労部会長)の頃に知り合い、地元が福岡と山口と近いという事もあって、定期的に会合を重ねていた。安倍氏は第1次政権崩壊後の〝冬の時代〟にも自分と付き合いを続けてくれた人達を首相復帰後に厚遇したが、横倉氏もその1人だった。その結果、高齢化の進行等で社会保障費の膨張が続く中、医師らの技術料や人件費にあたる診療報酬の本体部分はプラス改定を認められた。

 横倉氏のこうした太い政界人脈が、会長選では「政治に言いたい事が言えない」等と批判を受け、中川氏当選への後押しにもなったが、会長ともなれば政界との交渉は必須。中川氏は会長就任後、政府・与党の幹部へのあいさつ回りに加え、自民党の議員連盟「国民医療を守る議員の会」の総会にも顔を出し、「今まで以上に応援する」とリップサービスを振りまいた。

 ただ、社会保障費を差配する麻生太郎・副総理兼財務相は、地元が同じ福岡の横倉氏と昵懇で、会長選で会を二分して対立した中川氏には嫌悪感を抱いているとされる。9月に2020年度第2次補正予算の予備費からの支出が決まった新型コロナウイルス対策で、日医が要望していた新型コロナ患者を診療しない医療機関への支援策が見送られたのは「横倉氏を落選させた中川日医への当て付け」(厚労省幹部)ともみられている。

菅氏との会食経験が中川氏の自信?

 そんなやや手詰まり感も漂う中、飛び込んできたのが安倍首相の辞任表明だった。横倉時代を引きずる日医と政治との関係をリセット出来るチャンスであり、定例記者会見での中川氏の発言は、そういった思いが込められたものだった。

 それは決して根拠がないものでもない。カギを握るのが新首相に就任した菅氏の地元の神奈川県だ。中川氏は会長選にあたり神奈川県医師会や横浜市医師会の支持を受ける等、神奈川の医師会人脈に強く、そのパイプは菅氏にも通じている。更に中川執行部には神奈川県医師会の理事出身の羽鳥裕、副会長出身の宮川政昭の両常任理事がおり、菅氏への絶好のアピールになっているのだ。

 中川氏は菅氏と個人的な関係もあり、「会食を共にした事がある」(日医関係者)とされる。菅氏の有力後援者に地元の医師会幹部がおり、その人物を通じて菅氏を紹介されたと言い、中川氏は関係の深化に自信を持っていると言う。

 しかし、菅氏は「社会保障には無駄が多い」と厳しい見方を持っている人物でもある。その象徴が官房長官時代の16年の年末に勃発した薬価制度改革だ。大手調剤薬局の社長の役員報酬が年間約7億円という雑誌記事を読んだ菅氏が「これはいくら何でも高過ぎる」と、門外漢の薬価制度の見直しを突然指示。寝耳に水の厚労省や製薬会社、自民党の厚労族等を挙げてのてんやわんやの大騒ぎに発展した。

 その後、厚労省の二川一男・事務次官(当時)が休日も返上して菅氏への説明にあたる等、関係者が奔走。薬価制度改革は様々な条件も付いたものの、業界が強く抵抗した薬価の毎年改定が決められる等、菅氏の突破力がいかんなく発揮された。

菅氏出身地・秋田医師会は「反中川」

 医療界にとってそんな〝悪夢〟も残る菅氏が、政権を握って社会保障のどこに切り込んでくるかが今後のポイントになる。菅氏が掲げる「規制改革」「デジタル庁の創設」というキーワードから噂されるのがオンライン診療の恒久的な全面解禁だ。

 患者が医療機関に行かずに、電話やスマートフォン、タブレット端末のカメラ機能を使って遠隔で医師の診察を受けるオンライン診療は、僻地や離島等を前提に始まり、15年には一般診療でも認められた。対面診療が原則のため、あくまでも例外的な取り扱いだったが、新型コロナの拡大を受け、今年4月に受診歴のない初診の患者も含めたオンライン診療が時限的に全面解禁された。

 当時会長だった横倉氏の必死の抵抗で「新型コロナが収束するまで」との条件が付いたが、菅氏はこれを恒久措置にするとみられている。前厚労相の加藤勝信・官房長官も前向きだと言う。

 こうした動きに対し、中川氏は9月9日の定例記者会見で「丁寧に議論を進めてほしい」と強調。オンライン診療は問診や視診が中心のため、対面よりも得られる情報が少なく、重い腹痛や目の外傷、アレルギー性疾患等、患者の状態の見極めが難しい治療には向かないと言われる。日医内には性急な規制緩和には慎重論が根強く、菅氏と蜜月関係を築きたいと考えている中川氏も、そうした声は無視出来ない状況だ。

 菅氏は、携帯電話料金の大幅値下げのように、一度ターゲットを絞り込んだら徹底的に圧力を掛けてくる性格。強く反発すれば、それ以上に攻勢を強める事が知られており、オンライン診療についても、取り扱いを誤れば、必要以上の規制緩和になる可能性もある。

 そこで必要になるのが強硬派の菅氏も矛を収めるような高い政治力だが、「菅氏から一定の信頼感を得るには相当な時間がかかる」(官邸筋)という。数回会食したくらいではなかなか相手を信用しない慎重な人間であり、中川氏も菅氏と本当に実のある交渉が出来るようになるまでには長期間を要するとみられる。

 更に菅氏は、出身地の秋田県との繋がりで、横倉氏側近の児玉弘之・秋田県医師会会長とも親しいと言われる。児玉氏は会長選で「反中川」の急先鋒であり、中川執行部では常任理事の続投を認められなかった経緯がある。こうした話を聞いた菅氏が、中川氏に複雑な感情を抱いている可能性も捨てきれない。

 その一方で、菅氏には「意外と打算的だ」(自民党ベテラン)といった見方もある。中川氏はそんな菅氏に対しタフなネゴシエイターになれるのか、改めて真価が問われる事になりそうだ。

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