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未来の会

「ワクチン・ナショナリズム」が招くリスク

「ワクチン・ナショナリズム」が招くリスク
「開発スピード最優先」で懸念される健康被害

世界各国がまだ開発途上の新型コロナウイルスワクチンの囲い込みに走る中、日本政府は米ファイザー、英アストラゼネカの日本法人との間で、ワクチン開発に成功すれば優先的に供給を受ける基本合意を結んだ。来年早々の供給開始を前提に、医療従事者や高齢者を優先して接種する意向で、健康被害が生じた場合は国が賠償を肩代わりする。

 来年の東京五輪・パラリンピックをにらんだ「スピード最優先」の姿勢だが、異例の短期間での開発となれば、相応のリスクも生じかねない。実際、アストラゼネカは9月8日、治験者に副作用が疑われたため、治験を全世界で一時中断した。

 安倍晋三首相が突如辞任を表明した8月28日夕の記者会見。首相は「コロナ対策を放棄した」と言われるのを避けるべくこの日、新型コロナの「政策パッケージ」を決定したと表明。柱の1つは「2021年前半までに全国民に供給出来る量のワクチンを確保する」となっている。

 世界保健機関(WHO)によると、開発中のワクチン候補は180種類。ただ、治験に入ったものは8月20日時点で34種。第1相から第3相まで3段階を要する治験のうち、数千人、数万人単位の人を対象とする最終段階の3相に到達しているのは、米モデルナやファイザー、アストラゼネカ等の9品目にとどまる。

 日本企業ではアンジェスや塩野義製薬、第一三共等が手掛けているものの、最速でも実用化は2021年の春以降。五輪に間に合わない事を危惧した安倍政権はファイザーから6000万人分を確保した他、アストラゼネカと1億2000万回分の供給を受ける事で合意した。

 加藤勝信・厚生労働相は8月7日、「3000万回分は来年3月までに供給を受ける事でアストラゼネカと基本合意した。各メーカーとの協議、国内生産体制の整備も進め、国民の皆さんに安全で有効なワクチンが早期に供給出来るよう努めたい」と述べた。

 アストラゼネカのワクチンは1〜2回打つのが基本。3000万回分ではとても全国民には行き渡らない。この日の同分科会では接種の優先順位を定めた計画策定に着手。重症化が懸念される高齢者、医療提供体制の確保に向けて医療関係者を優先する事を確認した。

 政府は13年、新型インフルエンザ向けの計画を策定した際、①医療従事者②対策にあたる公務員③介護福祉、電気等基本インフラ事業に従事する者——といった優先順位を付けたが、「今回はそこまできつく縛るほどではない」(厚労省幹部)としている。分科会の尾身茂会長は会議後、「ワクチンに関しては、ほぼコンセンサスが得られた」と述べた。

真にワクチン必要な国への供給滞る

 一般的にワクチンが実用化されるまでには5〜10年を要する。米食品医薬品局(FDA)は新型コロナについては「パンデミック(世界的大流行)」と位置付け、有効性を判断する指標について「5割以上」を満たす事を条件とした。通常は「8割以上」で、治験期間はかなり短縮することが可能となる。

 米国と中国がワクチン覇権を巡ってつばぜり合いを繰り広げる中、ロシアは副作用や有効性を本格的に確認する第3相をすっ飛ばし、ロシア発のワクチン承認に踏み切るという異例の手段に出た。

 来夏の五輪開催を至上命題とする政府も躍起となっている。今年度の第2次補正予算のワクチン生産等緊急整備事業に関して6社を採択し、他の海外勢とも交渉中だ。オーストラリアも製薬会社と契約し、全国民に無料で接種出来るようにした。

 ただ、欧米等の大国がカネにあかして自国中心主義にひた走る状況には懸念の声も強い。今後感染拡大が懸念される発展途上国等、真にワクチンが必要な国への供給が滞ってしまう事で、パンデミックが長く続いてしまう危険性があるためだ。

 WHOも警戒を強めており、テドロス事務局長は「ワクチン・ナショナリズムは避けなくてはいけない。全員が安全になるまで、誰も安全にならない」と警告を発している。

 短期間で開発されたワクチンを実用化する以上、副作用のリスクは避けられない。そうした中、アストラゼネカが各国と結んだワクチン供給契約には、副作用への法的責任を免除される条項が含まれている事が明るみに出た。こうした要望を受け入れなければ、日本への供給が後回しにされる可能性があり、政府は賠償に責任を負う方針も明らかにした。秋の臨時国会に関連法案を提出する考えだ。

 ワクチン開発において、新型コロナウイルスを対象としたものは難しいとされている。遺伝子がDNAでなく、より構造が不安定なRNAであるためだ。DNAに比べて変異しやすく、なかなか効果的なワクチン開発に結び付かない。インフルエンザもRNAを遺伝子に持つが、ワクチンが効かない例は珍しくない。同じくRNAウイルスのエイズウイルスの場合、画期的な治療薬こそ出来たが、まだワクチンは開発されていない。

人種によって異なる有効性

 病人が服用する薬とは違い、ワクチンは健康な人に打つものだけに深刻な健康被害が出た場合の影響が極めて大きい。それでも体内に「異物」を入れるとあって、炎症を起こす副反応が起きやすい。

 アルトラゼネカのワクチンは痛み等の副反応が強いと言われ、打つ際には大量の痛み止め薬を使っている。ワクチンには病原体の毒性を弱めた「生ワクチン」、病原体の活性化を弱めた「不活性化ワクチン」があるが、同社のワクチン候補はどちらでもない遺伝子を操作したものといい、「本来は治験に時間をかけるべきもの」という指摘は少なくない。英国の場合、死者が4万人を超えており、やむを得ないと判断したようだが、日本は事情が異なる。

 ワクチンは人種によって有効性、安全性が異なる事もある。海外での治験数が十分であっても、日本人に効果があって安全、とは限らない。国内で使用する場合は日本でも治験をするのが原則だが、今回は大規模な治験は困難とみられる。アストラゼネカの関係者からは「日本人のデータはかなり限られたものになりそうだ」との声が漏れている。

 治験に関し、「第1・2相」と「第3相」はそれこそステージが違う。1相の数十人レベルではなく、最終の3相では数千人から数万人を接種するグループとそうでないグループに分け、時間をかけて感染する割合に差が出るかをみていく。

 1・2相での成功で大きな期待をかけられながら、3相の壁を超えられない医薬品候補は山のようにある。現在、3相に入ったワクチン候補群も、真価が試されるのはこれからだ。万一、効果や安全性がはっきりせず最後の難関を越えられなければ、各国、日本政府の思惑は根底から崩れる事になる。

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