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未来の会

第104回 創業地の記憶を希薄化してまで進む「グローバル化」

第104回 創業地の記憶を希薄化してまで進む「グローバル化」
虚妄の巨城
武田薬品工業の品行

 大阪市中央区の道笑町と言えば、江戸時代は全国の薬が集積した「薬の町」として知られ、そこには神社という「薬の神様」も鎮座する。よく知られているように、武田薬品にとっても創業の地だ。だが、現在も武田の登記上の本社がある「武田御堂筋ビル」が、近く売却されるという。

 同ビルは、売却後に賃貸に切り替え、本社機能は継続して登記上の本店所在地も移転しない。また、売却されるのは大阪や東京などの他の武田薬品と子会社の武田薬品不動産の不動産物件20件も含まれるが、既に本社機能の中枢は昨年、東京都中央区に約660億円をかけて建設された「武田グローバル本社」に移っており、今回の武田御堂筋ビル」売却は、武田にとって「大阪離れ」という時代の変化の節目を象徴するものとなるだろう。

 しかもその節目とは、待ち受けるリスクの高さばかりが際立つ未来劇の幕開けでもある。かつて道修町の「武田御堂筋ビル」があらゆる意味で本拠地であった時代、手元流動性でも株の時価総額でも、他社を圧して日本の製薬業界に君臨した輝かしい記憶は、皮肉にも「武田グローバル本社」がその重みを増すのに比例してますます色あせていくようだ。

 今回の一連の資産売却によって、武田は2019年3月期の業績予想で、約800億円の利益を織り込んでいる。言うまでもなく、アイルランドの製薬大手・シャイアーの巨額買収で膨らんだ有利子負債を少しでも削減するためで、非コア事業の売却も含めると、資産売却の総額は最大約1兆1000億円に達する見込みだ。

 だが、武田が抱えることになる純有利子負債は、昨年3月に買収が公然化した時点の約6900億円が約8倍に膨れ上がって実に5兆4000億円以上。武田は借り入れや社債で約3兆円を確保し、さらに新株発行で約4兆円をかき集めて買収総額約7兆円を確保するという。

資産売却総額は最大1兆1000億円

 一方、税引前利益に特別損益や支払利息、減価償却費を加算した値である「EBITDA」に対する純有利子負債は、買収後に約5倍に悪化する。買収が明らかになった昨年3月には1・8倍であったから、相当無理筋な買収であったのは一目瞭然だ、

 武田社長のクリストフ・ウェバーは、買収完了後3〜5年以内に、「EBITDA」に対する純有利子負債を2・0倍以下に戻すことができると楽観的だが、約1兆1000億円の資産売却で有利子負債を少しでも圧縮すれば可能だと思っているフシがある。だが、のれんや無形資産も約3兆円増大し、統合費用も今後3年間で2600億円かさむ。2・0倍以下を目指すといっても、簡単ではないはずだ。

 事実、市場の見方はもっとシビアだ。買収が公然化した直後の昨年3月に6000円以上の値を付けていた武田の株価は、今や依然として4000円を少し上回る程度。30%以上の下落だ。根拠が怪しげなウェバーの楽観論に同調する向きは、乏しいと見るべきだろう。

 さらに、これまで過剰に騒がれ続けてきた「日本企業として最大規模の海外M&A」にもかかわらず、株価の反転が今に至るまで期待薄なのは、新株発行によって、1株利益が希薄化する懸念が生まれる点が大きいはずだ。そんな株に、市場が魅力を感じるはずがない。

 ところが、『日本経済新聞』の昨年7月31日付(電子版)によると、武田のコスタ・サルウコス最高財務責任者(CFO)は、「中長期の株主配当について『シャイアー買収にかかわらず年間180円の配当を維持する』と述べ、仮に買収が実現した後も現在の配当を継続する方針を明言した」という。だが、これも「2・0倍以下」と同様に、およそ説得力を欠く楽観論ではないのか。

 単純に考えて、株数が2倍になっても配当が変わらないというのは、利益が2倍になって1株当たり利益を維持しない限り無理だ。しかも、買収完了後3〜5年以内に、それが実現するとは、当のウェバーやサルウコスですら内心では思ってもいないのではないか。

 確かに純利益予想では、武田は合併直後に2倍以上になると見られる。だが、純有利子負債は3倍以上にもなるのだ。しかもウェバーは、20年以降の利益見通しを依然示してはいない。

微妙な表現「配当方針の維持を企図」

 武田は配当について、昨年5月の配付資料で「株主還元の主要要素として確立された配当方針を維持」と明記していた。しかし現在までその記述は「1株当たり180円の確立された配当方針の維持を企図」というように変化している。「維持」すると言い切る表現が、「維持を企図」すると何やら主観的願望調になっているのは見逃せない。

 いくら願望したところで現実は変わらないが、これでは武田がそのうち、十分な利益がないにもかかわらず過分な配当金を出す「タコ足配当」に陥りかねないと想像するのは、杞憂だろうか。第一、純有利子負債を8倍にまで増やした武田が、いくらシャイアーの方が純利益で上回っているからといって、どのようにして1株当たりの利益を今後維持できるのか。

 元々、シャイアーの買収プレミアムは、武田との買収の交渉が明らかになる前の株価と比較して、実に64・4%にもなった。通常の1・5倍から3倍の数値だ。値をシャイアーから相当吊り上げられたであろうことは、容易に想像がつく。それでも武田にいつまでも留まる気などないと思われるウェバーにとって、短期でもいいからこれまでさしたるものはなかった自身の成果を何としてでも残したかったのだろう。

 武田は無理筋の「最大規模の海外M&A」を強行した挙げ句、238年前の創業からの歴史を刻む道修町の記憶を資産売却であえて希薄化してまで、さらに「グローバル化」した現在の姿となった。だがその結果、無残にもその累々たる日本企業の「失敗例」の山に加わることにでもなったとしたら、浪速の地でかつての栄光を築いた元社員達の思いはいかばかりか。

 もっともそうした感傷は、新自由主義とグローバリズムが全盛のこの時代にあって、もはや顧みるには何ら値しない文字通りの浪花節なのかもしれないが。 (敬称略)

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 武田薬品の実質タコ配は、既にナイコメッドを買収した時からのものであることは、「大丈夫か武田薬品」に
    詳しく説明されています。本来、営業外収益で計上すべき最近、数年にわたる各種資産の売却益を営業収益として
    計上し、タコ配を継続してきています。
    暴挙とも言うべき最近の武田の経営は、全て、長谷川閑史の無能経営がもたらしたものであり、それを
    これまでチェックしてこなっかた、長谷川をCEOに指名した、武田国男及び武田の補佐役であった長澤秀行の
    私利私欲優先の姿勢によるものだと言って過言では無いでしょう。

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