
高齢化ピーク近付くも政府主要テーマにもならず
消費税減税や給付付き税額控除を議論する「社会保障国民会議」を今冬に立ち上げた高市早苗首相だが、社会保障制度改革への関心は著しく低いと指摘されている。
昨年末の予算編成で診療報酬を大幅に引き上げた首相は、自民党の政調会長を嘗て務めたものの、当時の社保政策は田村憲久元厚生労働相らに丸投げだったとみられる。高齢化が最初のピークを迎えるとされる2040年に向けた社会保障改革の歩みは遅々としており、あまり進んでいない。
首相は政府内の要職を様々歴任しており、総務相(5回任命)や経済安全保障担当相(2回任命)、経済産業副大臣(3回任命)等を務めた。党側の役職としては、政務調査会長(3期)の他、サイバーセキュリティ対策本部長、広報本部長、遊説局長、総務副会長等も経験した。
だが、厚生労働関係と言えば、内閣府特命担当相の時に、科学技術政策や沖縄•北方対策、食品安全、イノベーション等と共に、少子化•男女共同参画の担当を務めた位だ。大手紙記者は「首相は政策全般に詳しいとされているが、社会保障政策に特段の関心が有ると聞いた事は無い」と明かす。
昨年秋の自民党総裁選でも、「『日本の底力』で成長の未来へ」「日本列島を、強く豊かに。」をキャッチフレーズに、危機管理投資や成長投資による強い経済の実現や防衛力•外交力の強化を掲げた。公約集に在る「健康医療安全保障の構築」の項目で、コスト高に応じた診療•介護報酬の見直しと医療福祉分野の人材育成、国民皆歯科健診の促進など攻めの予防医療、遺伝子治療•革新的がん医療等の研究開発促進等を掲げているが、物価高対策や経済安保的な側面からのアプローチが目立つ。
公約集の中に歯科健診等が盛り込まれているのは、日本歯科医師連盟の組織内議員で側近の1人である山田宏参院議員の影響による所が大きいだろう。その一方、12年に実現した「消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革」の様な、腰を据えた社保改革という文脈からの項目は、公約から窺い知る事は出来ない。
施政方針演説でも言及乏しく
今年2月20日に表明された施政方針演説でも社保への言及は乏しい。項目は「経済力」「技術力」「外交力」「防衛力」「情報力」「人材力」「治安•安全の確保」に分かれており、「経済力」の中の「地域未来戦略」という分野で「47都道府県の何処に住んでいても、安全に生活する事が出来、必要な医療•福祉や質の高い教育を受ける事が出来、働く場所が有る」と、目指すべき日本の姿に触れた。
同じく経済力の文脈では「手取りの増加」の方策として、「税•社会保険料負担や物価高に苦しむ中所得•低所得の方々の負担を減らす為、給付付き税額控除の制度設計を含めた社会保障と税の一体改革について、超党派で構成される国民会議に於いて検討を進め、結論を得ます」と記している。
漸く具体性を帯びてくるのが「人材力」のパートで、育児や介護の負担軽減に向けたベビーシッターや家事支援サービスの利用促進への取り組み、低所得子育て世帯•ひとり親世帯への支援、がん•難病のゲノム医療の推進を掲げる。
だが、歴代政権からの継続的な案件が中心で、新味に乏しい。別途、少子化対策や医療政策にも触れているものの、データヘルスや保険者機能の強化等、こちらも既存政策が多く、経済政策や安保政策で見られる様な「高市カラー」は無い。厚労省幹部も口を揃えて「首相は社保分野への関心は全く無い」と指摘する。
経歴から窺える様に、首相は、安倍晋三元首相の様に社会部会長(現厚労部会長)等を務めておらず、社会保障政策に対する造詣は深くない。先述した山田氏や厚労部会長経験者の高鳥修一氏は側近の1人だが、木原稔官房長官の様な最側近ではなく、首相への影響力も限定的とみられる。政府関係者は「そもそも政策は首相が主導しており、首相の関心が無ければ打ち出しは難しいかも知れない」と漏らす。
厚労省から矢田貝泰之氏が首相秘書官として官邸に派遣されているが、官邸の事情を知る関係者は「首相と綿密にコミュニケーションが取れている訳ではない」と明かす。これは矢田貝氏に限らず、財務省出身の吉野維一郎氏や防衛省の有田純氏ら他の首相秘書官も同様だという。首相の執務室に自由に入室が許されているのは政務担当の飯田祐二氏位との情報も有る。この関係者は「とにかく官邸内のコミュニケーションが円滑に図られている訳ではない」と漏らす。
そんな首相だが、側近の山田氏への配慮からか、歯や口腔分野への「拘り」を明かしている。
3月25日の参院予算委員会で、山田氏から問われる形で、首相は「口腔の健康を保つ事には、割と拘っている」と答弁したからだ。報道各社の動静によれば、首相は2月に2回程、都内の歯科診療院で歯の治療を行っている。首相は「去年の総裁選前に治療しかけていたが、その後行くチャンスが無かった」と明かし、更には「口腔内だけでなく、全身の健康にも繋がる。歯石を取ったり、クリーニングをしたりといった事は、出来る限りやる様にしている」とも言及している。
加えて2月にはX(旧ツイッター)で「健康管理も仕事のうちですね。これからは、必要な時には堂々と医療機関を受診します」とも投稿している。珍しく医療の話を積極的に発信した形になったが、これは日歯の支援を受ける山田氏に対する「リップサービス」と捉える方が自然だろう。インターネット上では「国会でやることか」との批判も見受けられた。
厚労省の根回しで診療報酬引き上げは実現
厚労省幹部が異口同音に「首相は社会保障政策に興味が全く無い」と断言する環境下で、どの様に政策が進められていくのだろうか。
参考になりそうなのが、昨年末の予算編成で纏まった診療報酬改定だ。今回、本体部分は医療現場の人件費や物価高に対応する為3•09%引き上げられる高水準となり、薬価のマイナス分を含めても全体で2•22%のプラス改定だった。医療機関への物価高対応は自民党総裁選でも首相は掲げていた為水準の高さはともかく、ある種想定内と言えた。
只、注目すべきはその決定過程だろう。診療報酬改定は通常、社保費を抑制する為、少しでも改定率を引き下げたい財務省と、日本医師会等をバックに医療提供体制の充実に向け、改定率を引き上げたい厚労省とのせめぎ合いで決まる。
財務省は当初、本体0・5増を主張しており、厚労省との隔たりは大きかった。しかし、責任有る積極財政を掲げる首相と、その盟友である片山さつき財務相が改定率引き上げに前向きだった事に加え、厚労省の間隆一郎保険局長が財務省と安易に妥協せず、首相レク等で改定率引き上げに向けて周到な根回しをした事も影響したとみられる。
厚労省幹部は「診療報酬の改定率は首相レクで固まったが、間局長の長く丁寧な説明に首相は耳を傾けていた様だ」と語る様に、首相を引き込んだ形を作れた。一方、財務省幹部は「間局長は国会議員向けに独自の説明資料をばら撒いていた」と苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、主導権を握れなかった事を暗に示唆した。
今後、高齢者への窓口負担増等を巡り、厚労省は医療保険制度改革に取り組むとみられるが、診療報酬改定の時の様に首相官邸と厚労省が噛み合うかは未知数だ。とは言え、首相の無関心の隙を突いて、厚労省が主導権を握れる可能性は有る。
当面、社会保障国民会議は消費税減税や給付付き税額控除を巡る議論が続く為、社会保障制度改革が政府全体の主要なテーマになる事は無いだろう。年末には先述した医療保険制度改革に向けた改革案を纏めるとみられ、秋以降に議論が本格化する。
日中関係やイラン情勢等で国際情勢が不安定化する中、嘗て程の勢いを失っている内閣支持率がどこ迄持ち堪えられているかも改革の成否に影響する。社会保障改革の方向性は全てが流動的で相対的と言える状況が訪れており、不透明さが増している。



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