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未来の会

第96回 武田が直面するリスクは「桁外れの大きさ」

第96回 武田が直面するリスクは「桁外れの大きさ」
虚妄の巨城
武田薬品工業の品行

 衝撃を呼んだ武田の5月の海外企業の超大型買収発表について、その後も様々な議論が収まる気配はない。何しろ、アイルランドの製薬大手・シャイアーの買収額が、日本企業として過去最大の約6兆8000億円。有利子負債も、1兆円から6兆円に跳ね上がる。世間の驚きが、簡単に鎮まるはずもない。

 「長年、会計士として企業財務を見てきたが、こんな無謀な買収劇は記憶にない。『会計士と銀行はなぜ、止めなかったのか』と腹が立つ」——と、会計評論家の細野祐二氏は『週刊エコノミスト』6月5日号で心情を吐露している。おそらく大方の見方も、これとはさほど隔たっていないのではないか。

 実際、株価も買収の可能性が報じられ始めた3月末あたりから、それまで6000円台だったものが急激に下落し、5月8日の「合併後も配当金の減額はない」という武田側の発表を受けて前日比で3・99%の4638円と一旦は反発した。だが、すぐ下落に転じて6月に入っても4300円台を低迷している。

 このため、『日本経済新聞』5月28日付朝刊によれば、「個人株主や武田OBの有志など約130人でつくる『武田薬品の将来を考える会』」が、6月28日に開催予定の定時株主総会で、「(今回の)買収に反対する株主提案をする」という。理由は、「3兆円を超える借り入れ、1株あたりの利益(EPS)の減少、議決権低下」を挙げている。

 本誌が刊行される頃には結論が出ているが、買収を否決するのに必要な3分の1の反対票獲得は望み薄のようだ。それでも、同記事で紹介されている独立系調査会社のファーマセット・リサーチの分析では、「新規借入金3兆円の金利や、のれんの償却費などを合計すると年3500億円のコストが新たに発生する」という。

 武田の17年度の純利益は1149億円だから、その3倍もの新規コストに耐えられるのかどうか。そして約6兆8000億円の買収費は、回収されるのか。あるいは回収されるとしても何年かかるのかと考えるなら、市場関係者ならずとも株価が右肩下がりに転じて不思議とは思わないだろう。

社外取締役も出席した異例の会見

 だが、武田経営陣は表面的には強気だ。5月9日に武田東京本社で開かれた記者会見には、異例にも企業買収の案件であるにもかかわらず東恵美子・社外取締役が出席。「リスクが全くない買収はあり得ない」「企業はリスクを恐れて何もしないことで、実は最大のリスクに冒されている」と発言した。確かに、リスクについての一般論としてはそうかもしれない。だが、武田が直面している問題はリスクの桁外れの大きさであって、リスク一般ではないはずだ。

 クリストフ・ウェバー代表取締役社長CEO(最高経営責任者)に至っては、「これまで培ってきた“タケダイズム”の『誠実・公正・正直・不屈』という価値観は日本に止まらず、グローバルにも通じる」などと述べている。まさか自身が直接関与してはいなかったとはいえ、2015年6月に厚生労働省から武田のブロプレスの臨床試験を巡り、誇大広告があったとして医薬品医療機器法(薬機法)に基づく業務改善命令を受けた一大スキャンダルを忘れたわけではあるまい。

海千山千シャイアーが買収に応じた裏

 今さら、ウェバーの前任者の長谷川閑史・現相談役と共に汚名にまみれた「タケダイズム」でもなかろうが、買収相手のシャイアーは1986年の設立ながら、これまで20社以上の企業買収を展開して規模を拡大してきた海千山千の会社だ。「誠実・公正・正直」が通じる手合いでないことぐらい、ウェバー自身が良く分かっているのではないのか。しかも、純利益が約4580億円と武田(17年3月期)の4倍もあるシャイアーが、今度は逆に自身の買収に応じたという事実から、裏に何かの事情が隠されていると勘ぐられても仕方ないのではあるまいか。

 そもそも、今年1月に「我々のモデルは企業買収よりも『提携』だ。適切な価格で買収できる企業が見つかるのは稀だ」と語っていたのは、ウェバー自身ではなかったのか。あるいは、他社を買収するのに自社の時価総額の2倍近い資金を投じたのは、それでもシャイアーが「適切な価格で買収できる」という「稀」な相手だったからなのか。

 武田は長谷川時代から、ミレニアム(08年5月)やナイコメッド(11年9月)、アリアド・ファーマシューティカルズ(17年2月)といった海外企業の大型買収を続けてきた。総額は約2兆6000円にのぼるが、07年の決算時に、ROE(企業の自己資本に対する当期純利益の割合)は13・6%であったものが、この10年間で5・9%にまで激減している。

 東証1部上場企業の平均ROEは、18年3月期が10%超というから、武田のお寒い事情が分かろうというもの。結局のところ、約2兆6000円を投じても株主価値は減少を余儀なくされたわけだが、これでは一連の海外企業買収が「成功」と評価されるはずがない。にもかかわらず、今度は新たに約6兆8000億円を投じるというから、単なるリスク管理の次元には収まらないクライシスにまで発展しかねない。

 もし今回の買収劇で、武田がリスク管理に功を奏するとしたら、それは当然ながらシャイアーが高い収益性を発揮し続けること以外にはない。確かに同社は、稀少疾病領域に強みを有するが、盤石とは言い難い。

 まず、この領域の新薬群の一部が、21年頃から特許が切れる。しかも、16年に買収した米バクスアルタの切り札である血友病治療薬の分野にスイスのロシュが新薬を発売する他、ドイツのバイエルも新薬を開発中で、今後もシャイアーが稀少疾病領域で高利益を稼ぎ出し続ける保証はない。逆に収益が悪化でもしたら、武田は巨額の減損を覚悟しなくてはならなくなる。

 冒頭の記事での細野氏による試算では、 「武田が減損テストに耐えられるには、買収後のシャイアーから7840億円の純利益が必要である。これは現在のシャイアーの利益4654億円の1・7倍に相当する」というが、どう考えてもこれは無理筋だ。今やウェバーの武田は、「グローバル経営」どころか、ジリ貧を避けようとしてドカ貧に陥った大日本帝国陸海軍の姿に似てきたように思えるが、言い過ぎだろうか。(敬称略)

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