
全国の医療現場を支える看護職は女性が多数を占める。その中で2025年6月、日本看護協会の会長に、男性として初めて秋山智弥氏が就任した。秋山氏は大学病院での臨床経験、看護短期大学・大学での教育、更には名古屋大学医学部附属病院看護キャリア支援室室長としての人材育成等、看護に多面的に携ってきた経歴の持ち主である。今、医療改革の必要性が叫ばれ、看護師を取り巻く環境も大きく変わろうとする中、その経験と手腕に期待も高まる。今後の看護の在り方や看護の質の向上に向けた教育体制、人材確保の方策等、看護師の将来を巡り山積する課題への対応について、秋山氏に話を聞いた。
——男性初の日本看護協会会長に就任されました。
秋山 看護師になった当初から「男性初」という枕詞が付いて回り、言葉自体には慣れているものの、会長就任に際して多くの期待を寄せて頂いた事は、率直に身の引き締まる思いで受け止めています。看護分野に於いて男性は依然として少数派ですが、それが業務上の障壁となった事は殆ど有りません。医療現場では性別よりも人としての関係性が重視され、特に急性期の現場では性差を意識する場面は限られています。国際看護師協会(ICN)でも初の男性の会長が誕生する等、国際的にも多様性が進みつつ有ると実感しています。
——看護師を目指す切っ掛けは何でしたか。
秋山 自分自身でも高校生の頃は、看護師は女性の職業という固定的なイメージを持ち、自らは医師を志望していました。東京大学理科2類に進学後も医学への関心は変わりませんでしたが、医療を学際的視点から学べる保健学科(現・健康総合学科)の存在を知り、同学科を選びました。元々私は、地域の人々に寄り添う開業医に強い憧れを抱いていましたが、医学の高度化が進む中で、自分の理想像との距離も感じる様になりました。そうした時に出合ったのが保健学科での学びであり、疫学や保健社会学、精神保健学等に加えて、看護学の講座が体系的に設けられている事を知り、大きな刺激を受けました。看護の役割を十分に理解していなかった私にとって、患者を精神的に支え、本来の回復力を引き出す事が看護の重要な機能であるという発見が、進路を決める大きな契機となりました。
——看護師が果たす役割は、従来の枠を超えて広がっています。
秋山 病気の回復は、手術や薬物療法といった医学的介入だけで完結するものではありません。人間は本来、自然治癒力を備えています。その力が最大限に発揮される環境を整える事が医療のもう1つの重要な柱であり、それを担うのが看護だと考えます。医療とは医師だけが提供するものではなく、単一の職種で成り立つものでもなく、医学と看護学が相互に補完し合う事で初めて、質の高い医療が実現すると私は考えています。そう考え、看護の道へ進む決意を固めました。
——臨床だけでなく、教壇にも立たれました。
秋山 大学卒業後は医学部附属病院の整形外科で勤務しました。当時は病院の管理下で治療を完結するのが一般的で、入院期間が長かった事もあり、多くの患者を担当しました。その経験から、十分な看護体制を確保し、患者に必要な時間を丁寧に届ける事の重要性を実感しました。その後、大学院で看護管理を学ぶ中で、看護実践を適切に評価する為には、ケアに要する時間や業務内容を数値として把握し、根拠に基づいて示していく研究が不可欠だと考える様になりました。新潟県立看護短期大学で教壇に立ちましたが、教育現場で得た知識が必ずしも医療現場に浸透していないという課題にも直面しました。地域によって標準的な実践が共有されていない状況が在り、教育と現場が相互に学び合う循環を築く事が必要だと痛感しました。
——京都大学医学部附属病院ではどの様な取り組みをされましたか。
秋山 当時、京大では生体肝移植の実績が世界最多でした。一方で、移植後の看護実践が体系的に整理されていませんでした。本来であれば、蓄積された症例を元に京大病院が知見を纏めるべきなのですが、現場は多忙を極め、着手が難しい状況でした。そこで、看護部門で共有されていた内容を整理し、雑誌に掲載したのが最初の取り組みでした。この経験を通じて、看護実践を言語化・標準化していく事の重要性を改めて実感しました。とは言え、患者を継続的に観察しながらケアを提供する看護師という仕事の特性上、研究と実務の両立には限界が有る事も痛感しました。高いレベルの看護を実践する人材と、研究に専念する人材が協働する仕組みを整える事が、今後の看護の発展に欠かせないと考えています。




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