
「日本型カンパニークリエーション」という創薬モデル
医学研究者達は、自分の手掛けた仕事が医薬品となって臨床の現場で使われる事を夢見る。しかし、日本ではアカデミアの研究成果が事業化に至る迄の道のりが長く、その多くが途中で止まってしまうとも言われている。科学研究の水準は高いにも拘らず、それを医薬品として社会に届ける仕組みが十分に機能していない──こうした指摘は以前から繰り返されてきた。
この「研究と事業の断絶」をどう埋めるのか。日本の創薬には大きく3つの断絶があると言われる。第1に研究と事業の断絶。第2に研究者と投資家の断絶。そして第3に、研究成果を製品へと転換する人材の不足である。昨年12月に開催された「第15回 がん新薬開発合同シンポジウム」でも、こうした課題は議論の焦点となった。アカデミア発の研究成果をいかに事業化へと繋げるかを巡り、研究者、投資家、企業関係者らがそれぞれの立場から問題点を指摘し、日本の創薬エコシステムには研究と事業の間を橋渡しする仕組みが不足しているとの認識が共有された。
こうした議論を背景に、研究シーズの事業化を後押しする様々な取り組みも始まっている。その1つが、同シンポジウム内で取り上げられた、国立がん研究センター(NCCJ)が主導するSeed Acceleration Program(NCC SAP)である。NCC SAPが目指すゴールは「がんの革新的医療技術の実用化」だ。その為に同プログラムでは、「日本型カンパニークリエーションモデル」というスキームを構築し、若手研究者達を起業家として育成する事を試みている。
日本と米国の創薬モデルの違い
海外に目を向けると、米国では、一企業であるベンチャーキャピタル(VC)がテーマを設けて研究者を募り、資金提供して開発を進めていく「カンパニークリエーション」という事業モデルが確立している。しかしNCC SAPは、現時点では「日本でこれをそのまま適用していく事は難しい」と考える。というのも日本のVCに於いて、資金供与する自分達の立場からだけでなく、医学研究者サイドの視点も踏まえながら事業を進展させていく事の出来る人材は不足しているからだ。
こうした現状だからこそ、NCC SAPは若手研究者達を起業家として育てる事で「日本型」カンパニークリエーションモデルの確立を目指す。この独自モデルが確立・普及していけば、医薬マーケットに高い意識を持つ研究者が増える事になり、その効果としてニーズに即応したがんの革新的医療技術や医薬品の開発がより進み易くなるといった狙いが読み取れる。
研究者を起業家として育てる仕組み
起業家育成に向けNCC SAPが着手しているのが、若手研究者の中から起業家となり得る者を選び出す事である。具体的には、「シーズS0枠」という、1年間で上限1000万円×2年まで助成される予算を設け、これを使って自分達の研究を事業化してみないかと研究者たちに公募を行う。なお応募出来るのは43歳未満の研究者を代表とする団体に限られる。
公募に対して、より高いポテンシャルを持つシーズを提示した研究者達を選抜し支援していく。選抜された研究者に対しNCC SAPでは1年毎に審査を行い、市場や顧客ニーズを見据えた研究開発が出来ているか、実現可能性が有るか等についてチェックする。これが出来ていなければ支援の打ち切りも検討される。
2年間で進展を見せた研究に対しては、次のステージである「シーズS1枠」への応募資格が与えられる。S1枠は年間3000万円×3年間と支援がより手厚くなり、NCC SAPや周囲の協力団体が指導・支援を行い起業を後押しする。
更に、S1枠を活用して実際に起業した団体には、「シーズS2枠」への応募資格が与えられる。S2枠では年間1億5000万円(最長2年間)の支援が得られ、引き続きNCC SAPを始め、ライフサイエンス分野の産業連携を担うLINK-Jや、スタートアップ向け研究施設を運営する中小企業基盤整備機構(中小機構)などが、事業を軌道に乗せる為の後押しを行う。若手研究者達はこれらの研究機関が保有するインキュベーションラボを活用し、自ら提示したシーズの事業化に向けて研究開発を進めていく。加えてUTEC、Beyond Next Ventures、JIC等のアカデミア発技術の事業化を支援するVCが研究資金を調達する構えを取る。
次世代創薬の焦点となる技術
NCC SAPが公募しているテーマを見てみよう。「がんの革新的医療技術の実用化」に向けて高い可能性を見出している研究テーマが「DDS技術」と「タンパク質エンジニアリング技術」である。
DDS技術についてNCC SAPでは、肝細胞に直接取り込まれるGalNAcの様に特定の臓器や細胞に薬剤を送達出来る「Active targeting技術」を持つ薬剤の実用化を最優先課題に挙げている。又、Active targetingをより効率的に行う為に、非脂質系ナノ粒子等「新規ナノ粒子担体技術」の開発も重要課題としている。
一方タンパク質エンジニアリング技術については、タンパク質医薬には安定性や標的志向性、毒性等に課題が残されていると考え、これらを克服し得る既知構造に依存しない完全新規のタンパク質製剤の実用化を最優先課題としている。尚、既に多数の上市・開発品が出揃っている抗体医薬は開発対象とならない。
研究者像はどう変わるのか
「日本は科学技術は優れているが、事業に繋げるところに問題を抱えている」と語るのは、インペリアルカレッジロンドン准教授であり国立がん研究センター特任研究員でもある石原純氏だ。
石原氏は「Flox Bio」という会社を立ち上げ、科学研究者が集い科学研究者と飲めるというコンセプトのワインバー「INCUBATOR」を東京・四谷に開店する等、研究者でありながら起業家としても活動している。NCC SAPが理想とする研究者像の1つと言えるだろう。
同氏が専攻しているのがタンパク質エンジニアリング技術だ。「抗体のデザインを少し変えるとそのキャラクターも変わり、それらをスクリーニングするだけで非常に楽しい」という。同氏は既に20以上のサイトカイン、30以上の抗体を自力で作製する事に成功している。
現在注力しているのが、2つの異なる抗原に結合できるBi-specific抗体の開発である。開発に成功すれば、オプジーボやキートルーダなど免疫チェックポイント阻害薬の副作用を低減する可能性があるという。この研究はNCC SAPでもS2枠のプログラムとして支援されている。
研究と事業を繋ぐ視点
一方、研究を事業化する視点については別の指摘も有る。
「日本アカデミア発の新規技術は、魅せるデータが不足している」と語るのは、慶應イノベーション・イニシアティブのベンチャーキャピタリスト鈴木利洋氏である。同氏は化学メーカーで10年間DDS研究に従事してきた経験もあり、医学研究サイドの視点も踏まえながら資金面等の支援に対する提案が出来る人材である。
鈴木氏が研究者に向けて提言するのが、「TPP(Target Product Profile)」の明確な設定である。対象疾患、対象患者、治療アプローチ、有効性、安全性、知財、投与方法等を詳細に絞り込む事で研究の方向性が明確になる。
実際には、再現性の確保や詳細な分析が十分に行われていない研究も少なくないという。こうした検証を踏まえた上でインパクトの有るデータを取得し、自身の研究情報を先鋭化させる事で市場的な評価もし易くなる。
DDSやタンパク質エンジニアリング技術への期待が高まる現在、研究と事業の距離をどう縮めるかは日本の創薬全体に共通する課題でもある。自分の研究を客観的に評価し、参入分野における強みを見出し、世界と戦っていく──そうした研究者を生み出す仕組みが広がるかどうかが、日本の創薬モデルの将来を左右するのかも知れない。この分野でも、日本は世界から大きく遅れを取っている。



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