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「捜査のメス」が入った三重大病院麻酔科で何が?

「捜査のメス」が入った三重大病院麻酔科で何が?
カルテ改ざん、診療報酬不正請求、裏金作り……

 医療機器の調達を巡って便宜を受けたとして、三重大学医学部附属病院(津市)の臨床麻酔部の元教授らが1月6日、愛知・三重県警の合同捜査本部に逮捕された。同院の麻酔科を巡っては、元教授の部下がカルテを改ざんした等として逮捕されている他、麻酔科医の大量退職も起きている。果たして現場で何が起きているのだろうか。

 事件を時系列で見ていこう。一連の問題が最初に明るみに出たのは昨年9月11日。三重大病院の伊佐地秀司病院長が会見を開いたのがきっかけだった。病院長は、同院臨床麻酔部の准教授が2018年4月〜20年3月まで、手術の際に心拍を安定させる薬剤「ランジオロール塩酸塩」を患者に投与したようにカルテを改ざんし、診療報酬を不正に請求していたと公表し、謝罪した。

 第三者委員会の調査で、改ざんが約2200件、不正請求の総額が計2800万円超に及ぶ事が分かったという。第三者委の調査に准教授は「上司である教授からこの薬を積極的に使うよう指導されており、評価を上げるために使ったように偽装した」と動機を話し、教授は関与を否定したとされる。

小野薬品の関与や日本光電社員の逮捕

 同大は准教授を懲戒解雇するとともに、電磁的記録不正作出罪で刑事告訴。そしてこの准教授、境倫宏容疑者は12月3日、実際は使っていない薬剤を患者に投与したように装ってカルテを改ざんした公電磁的記録不正作出・同供用容疑で津地検に逮捕されたのである。

 「病院は内部告発を受けて調査を開始したといい、境容疑者が教授の覚えがめでたくなるために改ざんを行ったとは考えにくいとみてい↖た。おそらく製薬企業から何らかの見返りを期待していたのではないかとの見立てだったが、それが事実であった事がその後の捜査ではっきりした」(地元記者)。

 検察の捜査では、特定の薬を積極的に使うようにと指示を出した教授=事件を受けて昨年10月に退職=が、「ランジオロール塩酸塩」の製造・販売元である小野薬品工業(大阪府大阪市)から、奨学寄付金200万円を受領していた事が分かった。カルテの改ざんが始まったのは退職した教授が、教授職に就任した時期。境容疑者は小野薬品からの奨学寄附金を得るために、カルテを改ざんしていたのだ。

 ただ、奨学寄附金はきちんと届け出がされていれば違反ではない。事件はこれで終わるかとみられたが、そうはならなかった。

 年が明けてついに、退職した元教授にも捜査のメスが及んだ。三重大病院の医療機器の納入に便宜を図った見返りとして、業者に現金200万円を自身が代表を務める団体の口座に振り込ませたとして、三重・愛知の両県警合同捜査本部は1月6日、第三者供賄の疑いで同病院元教授で元臨床麻酔部長の亀井政孝容疑者と、臨床麻酔部の元講師、松成泰典容疑者を逮捕。贈賄の疑いで納入業者「日本光電」(東京都新宿区)の社員3人も逮捕された。

 その手口はこうだ。臨床麻酔部の生体情報モニターを日本光電のものに入れ替える際、日本光電は卸売会社に大幅に値引きした価格で販売。値引きにより生じた差額200万円が、卸売会社から「BAMエンカレッジメント」なる一般社団法人に振り込まれた。同院は約1億7000万円で、6年間かけてモニターを入れ替える予定だった。

 「亀井容疑者は麻酔科医の育成に取り組む目的で2019年6月に一般社団法人『BAMエンカレッジメント』を設立。亀井容疑者自身が代表理事を務め、同時に逮捕された松成容疑者と、カルテ改ざんで逮捕された境容疑者は監事を務めていた」と地元記者。

 法人の住所は境容疑者の自宅になっており、松成容疑者は日本光電の担当者との交渉役を務めていたとされる。「亀井容疑者が主導して、教授に逆らえない部下達が不正の〝実行役〟となっていた可能性が高い」と同記者は語る。

 なお、境容疑者は投与していない薬剤を投与したかのように見せかけて約50人分の電子カルテを改ざんし、診療報酬約70万円をだまし取ったとして、亀井容疑者と同じ日に詐欺の疑いで再逮捕されている。

 病院の正規の口座とは異なる口座を用意し、業者や製薬企業から現金を受け取る手口は、「昔からいくらでもあった古典的な手口」(元国立病院の勤務医)だ。こうした口座は教授が好きに使える「魔法の財布」であり、実際に亀井容疑者は業者から得た現金の多くを他の医師達との会食に使ったとされる。

「裏金作りが教室の強さを決める」

 「教室を維持するにはお金がかかる。冠婚葬祭や部下をねぎらうにも、教授となるとそれなりの金が必要で、高い倫理観が求められる一方で、給与水準が高くない国公立病院では特に、裏金作りが教室の強さを決めると言われたほどだ」(同)。裏金は教授選や学長選でも使われるとされる。

 裏だけではない。近年では大学に寄付講座をいくつ持ってこられるかが教授の腕の見せ所とされており、業者との癒着が一層進みやすい環境にある。「一昔前は、魔法の財布を使って家や高級車を買ったという話がごろごろあったが、最近は財布の中身もそう潤沢ではないのか、教室の運営に使ったという話ばかり」と医療担当記者は語る。

 この記者は「三重大病院の件は直接取材していない」と断った上で、「今回の事件はもちろんあってはならない事ではあるが、聞こえてくる金額は200万円とか70万円とか、国立大学病院を舞台にした事件の割にはしょぼい。今後、追加で立件されるにしても、不正に得た金の使い道も含めて、そこまで大騒ぎするものかという気もする」と率直な感想を口にする。

 亀井容疑者は関連学会でも理事を務め、心臓麻酔の分野で評価は高かったという。もちろん人には裏の顔があるものだが、部下の手を汚させる犯行を行っていた一方で、「部下思いで指導熱心だった」という同僚の証言もある。

 捜査が進む一方で、同病院ではもっと深刻な問題も起きていた。臨床麻酔部で、退職者が相次いだのである。「昨年9月に6人が退職、11月には更に4人が退職し、残る医師は数人となった」(地元記者)。あらゆる診療科に関わる麻酔科医の大量退職は地域医療にも大きなダメージを与える。

 「教授のパワハラや理不尽な職場環境に耐えかねて、部下が一斉に退職して報復に出る話は時々聞くが、今回は逮捕される前に教授は既に退職している。病院側が教授や准教授らを捜査当局に売った事や罪をなすり付けようとした事に反発して、医師が大量に退職したのではないか」と関東地方の大学病院の勤務医は推察する。

 問題の社団法人「BAMエンカレッジメント」の役員にしっかり部下の名前を入れていたところから見ても、亀井容疑者個人の犯罪という構図にはとどまらないこの事件。今後、捜査のメスがどこまで入るかが注目される。

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