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未来の会

第87回「日本の医療の未来を考える会」
人工赤血球は医療現場を救うのか
実用化に向けて求められる危機感

第87回「日本の医療の未来を考える会」人工赤血球は医療現場を救うのか実用化に向けて求められる危機感

奈良県立医科大学が昨年7月、人工赤血球の臨床試験を開始すると発表して、大きな話題となった。人工赤血球は有効期限が切れた輸血用の血液から作られる製剤で、血液型を気にする事無く使用出来、保存期間も常温で2年間と長い。少子高齢化で献血による血液の不足も懸念される中、救急や産科での活用も期待される。自然災害やテロへの対策として備蓄も可能だ。4月23日の第87回「日本の医療の未来を考える会」では、人工赤血球の研究グループのリーダー、奈良県立医大の酒井宏水教授に、人工赤血球の特徴や開発の状況、実用化に向けた課題等について講演して頂いた。質疑応答は、終了時間ギリギリまで続いた。

挨拶

原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):最近はトランプ関税の行方や影響が新聞やテレビで盛んに取り上げられています。関税はWTO等で世界各国が決めたルールの中で運用されるもので、一国が自分の都合だけで勝手に決める様になると、世界経済が大変な混乱に陥ります。日米交渉も始まりましたが、日本も国益第一の姿勢で臨み、このやり方はおかしいと直言する事も必要だと思います。

三ッ林 裕巳氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元内閣府副大臣、医師):地元の医療機関や福祉施設から経営の実情等を伺っていますが、非常に厳しい状況です。来年の診療報酬改定がプラスとなる様、国に意見を集約して届けて行く必要が有ります。又、出産費用の保険適用が議論されていますが、本当に適切な制度なのか懸念しています。医療制度が正しい方向に向かう様、医療界の意見を発信して行きたいと思います。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、財務大臣政務官):医療や社会保障制度に関する議論が様々な場で行われています。12月の予算折衝の中でも、医療の構造改革が議論されていました。現在は賛否両論有る様々な議論を整理している段階ですが、医療現場からの意見や提言にも耳を傾けて行く事が大切だと思っています。又、人工赤血球の様な革新的な技術の開発も、我が国の医療の進歩には欠かせません。

和田 政宗氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員):人工赤血球の様な最先端の技術開発には、多額の投資が必要です。航空・宇宙産業、AIに関しても、日本が数千億円規模で研究しているところ、米国は1兆円規模の資金を投じて来ます。日本が米国に負けない為には、研究開発に1兆円規模の資金を投じなければなりません。20年後、日本が世界一の科学技術国になると信じて取り組んで行きます。

尾尻 佳津典日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):本日講演して頂く酒井先生は、人工血液の分野でトップを走る研究者として世界の注目を集めています。最近では、日本の医学、科学の研究で世界の最先端を行く研究は少なくなって来ました。私達もしっかり応援して行きたいと思います。今回も多くの先生方にオンラインで参加頂いていますが、是非一度、リアルの勉強会や懇親会にもご参加下さい。

講演採録

■リスクが少なく長期保存も可能な人工赤血球

私達は人工血液の研究に30年近く取り組んでいるのですが、ようやく臨床試験を実施出来るところに迄達し、昨年7月に記者発表を行いました。

手術の際や救急医療の現場では、大量の出血で生命の危機に瀕した患者に対し輸血は欠かせません。日本では輸血と言うと、所謂病気や怪我の治療の為のものというイメージが強いのですが、それだけではありません。有事への対応でも血液の確保は重要です。米国大統領の専用車には、テロ等に備えて、大統領用の血液が常備されていると言われますし、ウクライナの紛争でも負傷した兵士や住民の手当の為の血液が不足していると言われています。医師が自分の血液を患者に投与して貧血になったという話も伝わっています。

更に、米国の国際学会に参加した時には、核攻撃を受けた際、被爆者の治療に必要な血液をどの様に確保するのか、といった議論が真剣に交わされていました。自然災害が多く、周囲を中国やロシア、北朝鮮等、核保有国に囲まれている日本もこうしたリスクに備え、治療用の血液の確保を考えなければなりません。自衛隊が如何に血液を確保するのかという議論も始まっています。

しかし、献血によって集められた血液から作られる血液製剤は保存期間を過ぎると廃棄されます。保存期間は従来の3週間から、2023年に4週間に延長されましたが、それでも災害やテロ等の緊急時の大量供給に不安が有る。又、血液には血液型が有ります。型が異なる血液は輸血出来ない為、特定の型の血液が不足する事も考えられます。

献血による血液の確保も課題です。日本赤十字社のデータによると、献血者全体に占める割合が高いのは40代から50代で、年代が下がる程割合も下がります。少子高齢化で献血が出来る人は減少して行きますから、今後、献血に協力してくれる人を確保しなければならない。今のままでは、27年には100万人分の血液が不足するとの試算も有ります。更にCOVID-19の様な感染症のパンデミックが起きれば、献血者が減少して十分な血液を確保出来ない事態も有り得ます。

又、集めた血液もそのまま使える訳ではなく、感染を防ぐ為に検査が必要です。エイズや肝炎等のウイルス感染の可能性を完全には否定出来ません。過去にも、西ナイル熱やデング熱が流行した時は、感染リスクの有る人に対して、献血を控える様呼び掛けた事も有りました。又、大量に備蓄出来ない為、離島や僻地での処置や、産科の危機的出血時に輸血が間に合わない可能性も考えられます。

この様に、献血と輸血は医療に欠かせないものですが、多くの課題が有ります。しかし、人工の血液が出来れば、こうした課題も解決出来ます。血液型の不適合やウイルス感染を心配する事無く使用出来、長期間の備蓄も可能になる。現在の献血と輸血のシステムを補完出来るのではないか、というのが私達の研究です。

日本では人工血液の研究が1980年代から始まり、血漿や血球と言った成分別に研究が進められています。血漿成分については、代用血漿剤や抗生物質、電解質輸液等で代用が可能になっています。私達が取り組んでいるのは、血球成分の内の赤血球の代用となる人工赤血球です。他にも、iPS細胞を使った赤血球や血小板の生成も研究されています。血液の代替物質に関して議論する「日本血液代替物学会」も93年に設立され、今は私が会長を務めています。

■精製したヘモグロビンを脂質で包む

赤血球は進化の過程で酸素運搬機能に特化し、細胞核を捨てた細胞です。理工学の研究者によって、機能も成分もよく分かっていて、血液中に最も多く含まれる蛋白質であるヘモグロビンが中に封入されています。この為、蛋白質と脂質が集合した分子集合体と見なす事も出来ます。但し、ヘモグロビンは一旦赤血球から出ると、様々な毒性を示します。

私達は、保存期限を過ぎて廃棄されてしまう血液を日赤から有償で譲り受けてヘモグロビンだけを精製しています。精製の過程で、血液型の元になる膜成分は取り除かれ、万が一存在するかも知れない検査対象以外のウイルスも除去出来ます。

こうして精製されたヘモグロビンは赤い液体ですが、これを人工の脂質膜で覆ったものが人工赤血球です。特長としては、血液型が無く、浸透圧のショックで簡単に溶血してしまう赤血球に比べ、あらゆる刺激に対して非常に安定している。室温で2年間の保存が可能で、冷蔵であれば、5〜6年経っても変成しない事も確認しています。ウイルスも除去されています。大きさは、粒子径が赤血球より小さく、赤血球が8μm(マイクロメートル)なのに対し、250nm(ナノメートル)と30分の1程度の大きさで、1つの粒子に3万個のヘモグロビンが含まれています。

ヘモグロビンをそのまま投与すると副作用が強いので、米国では修飾や重合という加工が試みられました。臨床試験まで進んだのですが、血圧の上昇や血管の収縮といった副作用が見られ、失敗に終わりました。日本でも旧ミドリ十字や味の素等の企業が人工の酸素運搬体の開発に取り組みましたが、その後、製造や研究が中止されています。現在は香港の企業が臨床試験まで進んでいる他、フランスでは海生生物のゴカイから抽出したヘモグロビンを使った臓器灌流液の開発等が進められています。その中で、私達の人工赤血球はフェーズ1の段階にあります。

製造方法ですが、日本赤十字社から譲渡された検査済み赤血球からヘモグロビンを精製し、その過程で加熱処理等も行い、ウイルスを不活性化して除去します。こうして高純度、高濃度化したヘモグロビンを脂質膜で包んで、デオキシ型ヘモグロビンベシクルにするというのが手順です。

有効性や安全性に関しても、国内外の研究者との共同研究によって確認しました。例えば、ラット等を使った実験では、血液に乗って体内を循環した後、肝臓や脾臓でマクロファージに捕捉されて分解、排泄される事を確認しています。

又、ラットを使って循環血液の90%を人工赤血球に交換するという実験でも、全例が生存しましたし、50%の血液を抜いて出血性ショックの状態にした犬やラットに人工赤血球を投与する実験でも、全例が回復しました。産科の現場では、出産時に大量出血で輸血が必要になるという事態に陥る事が有りますが、妊娠したウサギの子宮動脈を切断して出血させた実験でも、人工赤血球の投与で生存しました。この結果から、産科の危機的出血にも人工赤血球は有効だと考えています。

 

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