SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

2023年ノーベル賞のmRNAワクチン

2023年ノーベル賞のmRNAワクチン

2023年ノーベル賞のmRNAワクチン

2023年のノーベル生理学・医学賞は、米国ペンシルベニア大学のカタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏に与えられると決まった。受賞理由は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して効果的な、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン開発を可能にしたヌクレオシド塩基修飾法を発見した事である。カリコ氏はハンガリー出身の生化学者、ワイスマン氏は米国生まれの免疫学者である。

20年初頭に始まったCOVID-19の世界的パンデミックは、人類の大きな脅威となった。2人の発見により、COVID-19に対して有効且つ前例の無いmRNAワクチンが早期に実用化され、mRNAの免疫系との相互作用についても根本的な理解が深まる事になった。

ワクチン開発の歴史

現代に於ける最大の健康危機を救う事に貢献した事が、ノーベル財団に評価された。

 特定の病原体に対するワクチンを接種すると、免疫反応が刺激される。後に同じ病原体に感染すると、体内の免疫系がそれを攻撃する様になる。ポリオ、麻疹、黄熱病等にはウイルスを死滅、或いは弱毒化したワクチンが20世紀に実用化されている。マックス・タイラー(南アフリカ)は1937年に黄熱病ワクチンを開発し、51年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

近年の分子生物学に進歩により、ウイルスそのものでなく、ウイルスの成分に基づくワクチンも開発される様になった。ウイルス表面にはタンパク質をコードする遺伝情報が在るが、これを、ウイルスに対抗する抗体産生を刺激するタンパク質の産生に利用するという方法だ。

例えば、B型肝炎ウイルスや、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンは、この方法を利用して作製されている。又、ウイルスの遺伝コードの一部を、ベクターとなる無害なキャリアウイルスに載せて投与する方法は、エボラウイルスに対するワクチンに応用されている。ベクター・ワクチンを接種すると、我々の細胞内で、標的ウイルスのタンパク質が産生され、免疫反応が刺激される。

ウイルス・タンパク質やベクター・ワクチンの製造は画期的な技術だが、一方で大規模な細胞培養が必要になるのが難点だった。手間の掛かる方法であるが故に、アウトブレイクやパンデミックが起こった時に、迅速にワクチンを製造する事が出来ない。そこで、細胞培養に依存しないワクチン製造技術の開発が試みられていたが、長らく成功しないままだった。

mRNAワクチンへの険しい道のり

こうした課題にブレークスルーをもたらしたのが、mRNAワクチンだった。我々の細胞内では、DNAにコードされた遺伝情報がmRNAに伝達されて、タンパク質合成の鋳型となる。80年代になって、細胞培養に依存せずにmRNAを産生する効率的な方法が生み出され、分子生物学的な応用に道が開かれた。

しかし、この技術によって、mRNAをワクチンや治療薬等の医薬品として用いるには、尚障害が有った。試験管内で転写されたmRNAは不安定な為、細胞まで送達させるのは困難で、脂質で覆い封じ込めるキャリアを開発する必要が有った。更に、試験管内で産生されたmRNAは炎症反応を引き起こした。

それを克服して、mRNAを医薬品に応用しようと開発に力を注いだのが、カリコ氏だ。90年代、ペンシルベニア大助教授だったカリコ氏が、研究資金を得る為には、自分のプロジェクトの意義について説得する必要が有った。ハードルは高かったが、めげなかった。大学の同僚にワイスマン氏がおり、樹状細胞に興味を持っていた。この免疫細胞は、免疫監視に関わり、ワクチンで誘発される免疫応答の活性化にとって重要な機能を持つ。意気投合した2人は、異なるタイプのRNAと免疫系の相互作用について共同研究を始めた。

そして程無く、樹状細胞が試験管内で転写されたmRNAを異物と認識する事が、免疫応答の活性化と炎症シグナル分子の放出に繋がる事を突き止めた。哺乳類の細胞に元から在るmRNAではこうした炎症反応は起きない。2人は、樹状細胞は、性質が異なるタイプのmRNAを区別しているに違いないと考えた。

哺乳類の細胞RNAの塩基は頻繁に化学修飾されるが、試験管内で転写されたmRNAの塩基は化学修飾されない。そこで2人が、試験管内の塩基が変化しない事が、炎症反応原因ではないかと仮説を立てた。塩基に化学修飾を施した様々な変異型mRNAを作製し、樹状細胞に投与した。mRNAに塩基修飾を加えると、炎症反応は殆ど抑制されていた。RNAを構成するヌクレオシドの1つであるウリジンを、異性体のシュードウリジンに置き換えるという修飾だった。この発見は、細胞がどの様に様々なmRNAを認識して相互反応を起こすかを理解する鍵となった。mRNAを治療に利用する為の画期的成果で、2005年に発表された。COVID-19大流行の15年前である。

その後の研究により、シュードウリジンの置換を施したmRNAを接種すると、タンパク質産生量が著しく増加する事も解明した。タンパク質産生を制御する酵素の活性化が抑制されていたのだ。mRNAの塩基修飾によって、炎症反応が抑制され、タンパク質産生量も増加するという発見によって、mRNA医薬品の臨床応用の障壁が取り除かれた。

mRNAワクチンの誕生

mRNA技術への関心が高まり、10年には企業も実用化の為の開発に着手した。ジカウイルスと中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)のワクチンが開発された。MERS-CoVは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の類似ウイルスである。

COVID-19を起こすSARS-CoV-2の遺伝子配列は早々に解読され、20年1月11日に公開された。

SARS-CoV-2の表面タンパク質をコードする2種類の塩基修飾を施したmRNAワクチンは、史上例の無い驚異的なスピードで開発された。ビオンテックとモデルナがワクチンを開発する迄に要したのは、僅か6週間だった。脂質ナノ粒子(LNP)の膜に包含して投与する方法により製剤化され、ファイザー&ビオンテック製、モデルナ製という双方のmRNAワクチンに繋がったのである。第Ⅲ相臨床試験で約95%の予防効果が報告され、20年12月から各国で承認された。

異なる方法に基づく他のワクチンも急速に導入され、全世界でこれ迄に累計130億回以上のCOVID-19ワクチンが接種された。これにより、何百万人もの命が救われ、更に多くの人々の重症化を防ぐ事が出来た。

mRNA医薬品への応用

新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの成功により、様々なmRNA医薬の開発が後押しされる事になった。

例えば心疾患の治療では、mRNA医薬を生体内に投与して、細胞にキメラ抗原受容体(CAR)を発現させ、心筋の線維化の原因となる細胞を攻撃させる事が出来る。有望なのはがん治療の為のワクチンで、がん細胞で起きている遺伝子変異は患者毎に微妙に異なっているが、個々の変異に合わせてmRNAを作って投与する。臨床試験も既に最終段階に近づいている。

勿論、感染症には極めて有用だ。COVID-19は感染症上の5類に移行したが、何時次の世界的パンデミックが起きてもおかしくはない。

23年8月になって、厚生労働省は、第一三共が開発したmRNAワクチンの製造・販売を承認した。国内の治験でファイザーやモデルナと同程度の有効性と安全性が確認されており、冷蔵での保管・流通が可能である。但し、初期の武漢株に対応したワクチンで、現在感染の主流となっているオミクロン株派生型「XBB」に対応したワクチンではない事から使用される事は無い。

ワクチンでの出遅れに対しては、21年6月に国産ワクチンの開発を強化する国家戦略が閣議決定された。遅まきながらではあるが、日本の製薬企業が、開発・製造出来る技術を確立した事には意義が有ると言える。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top