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未来の会

がん光免疫療法の実際と期待

がん光免疫療法の実際と期待
三大療法の欠点を補う事は出来るのか

2021年1月、日本に於いてがんに対する光免疫療法(near-infrared photoimmunotherapy ; NIR-PIT)が世界に先駆けて保険診療として実施される様になり、3年が経過した。改めて今、その治療について紹介したい。

光免疫療法とは 

保険適用の対象となるのは、切除不能な局所進行、又は局所再発の頭頸部がんである。尚、化学放射線療法等の標準的な治療が可能な場合には、それらの治療が優先される。光免疫療法が選択された場合、入院して薬剤投与と光照射が実施される。

この時投与される薬剤が、抗体—光感受性物質複合体のアキャルックス®(一般名セツキシマブサロタロカンナトリウム)点滴静注である。使用する抗体は、がん細胞に特異的若しくは過剰に発現する分子に結合する、キメラ型抗ヒト上皮成長因子受容体(EGFR)モノクローナル抗体(IgG1)のセツキシマブだ。これに、光感受性物で近赤外線により化学反応を起こす色素であるIRDyeF700DX(IR700)を結合させ、製剤化した。

アキャルックス®の投与終了から20〜28時間後に、全身麻酔下で690nmのレーザー光をがん組織に照射する。照射時間は4〜6分間で、病変の大きさに応じて複数回に分けて実施する。術後4週間は光曝露対策が必要になり、出血、舌腫脹、喉頭浮腫、皮膚障害等に留意して、経過観察を行わなくてはならない。完全奏効が得られない場合、治療は最大4 回迄繰り返す事が出来る。

体内では、アキャルックス®の抗体部分ががん細胞と結合した後、照射された近赤外線によって化学反応が惹起され、がん細胞の破壊を引き起こす事が期待されている。この治療の最大の特徴は、正常細胞への影響が低い事である。近赤外線は、人体に対して実質的な悪影響は無く、抗体が結合した細胞のみが傷害を受ける事になる。「光免疫療法」と命名されたのは、一連の過程で認められるがん細胞死が、免疫系に認識され易い細胞死で、免疫原性細胞死(ICD)と見られる為である。

研究者と経営者の出会いが光免疫療法の開発を加速

光免疫療法の開発者は、米国立衛生研究所(NIH)・国立がん研究所(NCI)の小林久隆氏で、22年4月、関西医科大学光免疫医学研究所長に就任した。

がんの三大療法とされるのは、外科療法、放射線療法、化学療法(抗がん剤)である。これらは、標準治療としてがん細胞を減らす点で有用性が認められているものの、何れも正常細胞、とりわけ免疫担当細胞を強く傷害して、生体のがんに対する免疫系の働きを低下させてしまう。がんを根治させる為には、体内のがん細胞を減少させ、更に免疫系を動員する必要が有る。光免疫療法は、それ迄存在しなかった、がん細胞を減らす事とがん免疫の増強を両立する治療となり得るものだ。

放射線の臨床医としてスタートした小林氏は、渡米して本格的に研究者に転じる。がん細胞を光らせて可視化する分子イメージングの研究中、がん細胞が“ぷちぷち壊れて行く”現象を発見した事が、治療法開発に繋がった。

12年には、当時のオバマ大統領が一般教書演説(施政方針演説)で、この治療を取り上げた事で、大きく注目される事になった。10年創立の米国のバイオベンチャー、アスピリアン・セラピューティクス社に導出された後、楽天グループトップ(代表取締役会長兼社長最高執行役員)の三木谷浩史氏の資金提供を得る事になった。

そこには、三木谷氏の強い思い入れが有る。父親が膵臓がんと診断され、3カ月の余命宣告を受けており、三木谷氏は最善の治療を模索していた。縁有って紹介された小林氏から説明を受けた三木谷氏は、「世界を変える」治療と確信したとされ、フィランソロピー(企業の社会貢献)の一環として開発資金600万ドル(約7億円)の出資を決めたという。

三木谷氏は、18年には楽天アスピリアン社(当時)の最高経営責任者(CEO)に就任し、翌19年に同社は楽天メディカルとなった。楽天が、出資比率約22%に相当する1億ドル(約140億円)以上を出資する他、米国ベンチャーキャピタルのゼネラル・カタリストやSBIホールディングスも出資している。

日本法人である楽天メディカルジャパン(当時)が、後述する国内外に於ける治験結果に基づいて、20年5月、日本国内に於けるアキャルックス®の製造・販売の承認を受けている。更に9月、頭頸部がんへの適応により、条件付き早期承認制度が適用された。

進む光免疫療法の臨床試験

2つの試験の内、国際第2相臨床試験では、再発・転移頭頸部扁平上皮がんを対象に行われ、所謂三大療法による標準治療が無効とされた30症例が対象となった。結果は、完全奏効(CR)4例を含む奏功が13例(奏効割合=43.3%)、生存期間の中央値は9.3カ月であった。主な有害事象は、口腔内の疼痛、貧血、腫瘍出血、局所性浮腫等。国内で安全性を確認する為に、国立がん研究センター東病院で実施された第1相試験では、全例で適応部位疾痛及び浮腫が認められたものの、重篤な有害事象は認められなかった。又、中央判定に於いて3例中2例が部分奏効(PR)と判定された。

アキャルックス®は、光感受性物質の製剤薬であり、光に不安定である事から、調剤時から、照明や昼光を避ける等の工夫が必要である。最大半減期は、58.5時間である。加えて、従来の抗がん剤の支持療法の他に、光曝露対策という特殊な対策をしなくてはならない。

光曝露対策は、投与後4週間の実施が必要となる。入院中は、カーテンを閉めて直射日光や室外からの光を遮断し、室内照明も薄暗く感じる明るさに、読書灯は照度が高い為に控えて貰う様にする。強い疼痛等の有害事象が無ければ、治療後数日で退院出来るが、7日目以降皮膚反応の消失が確認出来る迄の間、又は本剤投与後4週間は直射日光を避けて貰う。日常生活でも光の曝露を避ける為、帽子、サングラス、手袋、長袖の衣類に加え、自宅での環境を整える事も必須となる。

レーザー装置を完備した施設で支持療法も必要とする事から、治療を行える施設や症例数は限られるが、これ迄に約300件の治療に使われたという。実施症例では、腫瘍縮小効果が半数以上で認められる等の報告が有り、表在性の腫瘍等で良好な結果だという。治療効果が最大化するのはレーザー照射後1〜2週間だが、4週間後には再増大するケースも有るという。しかし、腫瘍の選択性が高い事、効果の出現が早い事に加えて、繰り返し治療が可能な事は、大きな利点と言える。治療間隔28日は、アキャルックス®の半減期から規定されており、投与回数は先術の通り、4週間開けて最大4回迄となっているが、23年11月現在、5回以上治療の臨床試験も開始された。

広がる光免疫療法の未来

前臨床試験に於いては、様々な治療適応が考えられており、卵巣がんや胃がん腹腔内播種、EGFRを標的としたトリプルネガティブ乳がん等で動物実験など多く研究が行われ、適応拡大が期待される治療である。

小林氏は、肝臓がんや前立腺がんの治療についても研究を進めている。23年4月には、NPO法人光免疫療法研究支援会が設立され、前立腺がんについては、国内でクラウドファンディングを実施して資金を集め、第1相試験迄実施する計画が進んでいる。がん治療第4の柱とされる免疫療法で、18年ノーベル賞の受賞対象になった免疫チェックポイント阻害薬と組み合わせたり、がん細胞にブレーキを掛ける制御性T細胞を標的にしたりした治療開発も進んでいる。既存治療の免疫細胞を活性化する事と、がん細胞を傷害する治療の組み合わせが有望視されるからだ。光免疫療法は、第5の柱となり得るか。三木谷氏の父親は経済学者で、「企業の使命は、人類への貢献である」と語っていたという。普及や適応拡大には乗り越えるべき壁も大きいが、小林氏や三木谷氏の情熱が結実する事を見守りたい。

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