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未来の会

ブタ臓器の異種移植を目指してスタートラインに

ブタ臓器の異種移植を目指してスタートラインに

遺伝子改変技術の進化が鍵ドナー不足の突破口になるか

2024年3月、京都大学医学部附属病院で、世界初の生体肺肝同時移植に成功した事が報じられた。先天性疾患である角化不全症の男児に、共に40代の両親の肺、60代の祖父の肝臓のそれぞれ一部が移植され、無事退院に至ったという。脳死ドナーからの肺肝同時移植は、米国やドイツで実績が有る。しかし、慢性的なドナー不足の日本では、脳死からの実施例は無かった。

日本に於ける移植の現状

今尚移植でしか救えない命が有り、患者・家族は治療の可能性を模索している。世界では、臓器移植は末期臓器不全の根治療法として定着している。日本でも、10年の臓器移植法改正により、家族の承諾が有れば、心停止及び脳死下での臓器提供が可能となった。しかしドナーは増えず、時として、親族は健康な体にメスを入れる決断を迫られる。

末期の臓器不全は様々な難病によっても生じるが、とりわけ深刻なのは腎不全患者の増加だ。人工透析を受けている人は、国内に約35万人。患者の負担が大きい事に加え、透析に掛かる医療費は年約1.6兆円と医療費全体の約4%に達する。国内に腎臓移植を望む患者は約1万4000人居るが、実際の移植迄に平均約15年を要し、果たせずに亡くなる患者も多い。仮に腎移植が可能になれば、透析から開放される人が増えるという事だけでなく、1件に付き約8400万円の医療費削減が見込めるとされる。

コロナ禍で一時移植を中断していた施設も有るが、移植が必要な患者は待った無しの状況に在る。ドナー不足の究極の解決策として目下熱い期待を集めているのが異種移植、中でもブタをドナーとするものだ。ブタとヒト(霊長類)の間で臓器移植を試みる場合、免疫による凝固・炎症反応の制御が課題となるが、近年の遺伝子改変技術の進歩が、それを克服しつつある。

24年2月、明治大学発スタートアップのポル・メド・テック(神奈川県川崎市)が、ヒトへの臓器移植に適したブタの誕生に成功した事を発表した。生まれた3頭のブタは、10種の遺伝子改変により、免疫による拒絶反応が生じ難い様になっている。同社では、米バイオ企業のeGenesisから、ゲノム編集技術で開発したブタ細胞の提供を受けた。この細胞の核をブタの卵子に注入してクローン受精卵を作製し、更に生体のブタに移植し、帝王切開で誕生させた。

実は1世紀以上もある異種移植の歴史

異種移植の研究には、実は1世紀以上の歴史が有り、拒絶反応の認識が進む前から試みられていた。1906年にフランスで、ブタから摘出した腎臓をヒトの左肘に移植する実験が行われた。血管は吻合され、移植腎が尿を排出する効果が認められたが、3日目に停止した。抗体に関する超急性の拒絶反応と見られている。他にウサギからヒト、ブタからイヌ、イヌからヤギ、ネコからイヌといった異種間で腎臓移植の実験が繰り返さるものの、吻合部に血栓が生じて生着しなかった。

09年には、生後直ぐに死亡したヒト新生児の両腎をヒヒに移植する実験で、血栓は出来たが、内腔の血流が確認された。これにより、近縁の種であれば、生着の可能性が有る事が示唆された。

その後、外科の興味が同種移植に移り、36年には、死体からの腎臓移植が実施されたが、36時間後に死亡して不成功に終わった。免疫学が進歩すると、遺伝子を背景とする拒絶反応が認識され、54年には一卵性双生児間の腎移植で長期生存に成功した。

当時、脳死の概念は確立しておらず、心停止後の腎臓の移植成績は芳しくなかった。同種移植に於ける免疫学的研究は、異種移植にも応用出来ると考えられ、再び異種移植への関心が高まった。68年、米国で、脳死者からの臓器摘出を可能にする為、世界初とされる脳死判定基準(ハーバード大学基準)が提唱された事によって、脳死臓器提供が盛んになった。

実用化されつつあるブタ由来の異種移植

80年代になると、ヒトと種が近い霊長類をドナーとするヒトへの異種移植は、臨床応用出来る段階に近付いた。しかし、霊長類は高価で希少、ゴリラを除き体格が小さい、更に動物愛護等の倫理的配慮からドナーに相応しくないと考えられる様になった。替わって関心が寄せられているブタは、入手が容易で、体格がヒトと似ている点が利点とされる。

ブタの遺伝子改変は90年代以降、様々な形で試みられてきた。2022年1月には10種の遺伝子改変がなされたブタの心臓が、米国メリーランド大学に於いて世界で初めてヒトに移植された。患者は移植から2カ月で亡くなったが、所謂異種移植に伴う拒絶反応が起きなかった事は、歴史的快挙と言われている。これと前後して、やはり米国で、遺伝子改変ブタの腎臓が2人の脳死患者に移植された。ここでは免疫抑制薬が用いられたが、少なくとも急性の拒絶反応は避けられたという。

この10種類の遺伝子改変を施したブタ(10-GEブタ)を開発したのは、米国ベンチャー企業Revivicorである。ブタが持つ主要な異種抗原を除去する為、GGTA1、CMAH、β4GalNT2という3種の遺伝子がノックアウト(破壊)されている。又、ブタ臓器が異種移植後に過剰な成長をするのを抑制する目的で、成長ホルモン受容体もノックアウトされた。一方で、導入(ノックイン)されたヒト遺伝子は、補体制御因子、血液凝固制御因子、炎症制御因子、アポトーシス制御因子等6種。これらの組み合わせが、拒絶反応を抑えると考えられた。

この様な遺伝子改変は、20年にノーベル化学賞を受賞したゲノム編集技術、CRISPR-Cas9等を用いる事で、かなり容易になった。受精卵に直接ゲノム編集を行い、借り腹により、特定遺伝子をノックアウトした個体も作製可能である。但し、標的以外の変異を持つ個体が誕生する事が有り、これを回避する為にクローニング技術により遺伝子改変ブタを作製する方向が主流だ。培養体細胞のゲノムの標的遺伝子に変異を施すが、ノックアウト・ノックイン共可能で、それらを組み込んだ細胞から個体を作製する。特に外来遺伝子のノックインでは、導入した複数の遺伝子が後代への伝達時に分離しない様に、染色体上の特定の個所にまとめて組む込む。

前述の日本で誕生したブタは、正にこのクローン技術により10種を改変したブタである。又、ブタ内在性レトロウイルスの全遺伝子も不活化されている。米国ではこの遺伝子改変ブタを霊長類であるサルに移植する実験を行っており、最長で2年以上生存した事がNature誌で報告されている。国内でも幾つかの臓器に焦点を当てて、研究が検討されている。

各大学による研究の今後の展望

先ず鹿児島大学と京都府立医科大学のチームは、今夏にもこのブタの腎臓をサルに移植し、安全性を確かめる研究を計画している。前臨床試験として、ブタの病原体の有無、飼育管理、移送方法、更に移植のプロセス等、国内で支障無く行えるかを見極めたいという。その後、数年以内の臨床研究を目指す。一方福岡大学でも、やはり今夏を目処にブタの膵臓の膵島をサルに移植する試験を行う予定で、2年後には1型糖尿病患者を対象とした臨床研究に繋げる計画だ。更に大阪大学では、ブタの心臓をサルに移植する計画を進めている。

更に腎臓では、東京慈恵会医科大学や国立成育医療研究センター等のチームが、先天的に腎臓が正常に形成されないポッター症候群の胎児へ移植する研究を計画しておりヒトへの異種移植の最初の臨床例として期待が懸かる。根治を目指した治療ではなく、透析が可能になる迄の繋ぎの治療と位置付けられる。計画では、受精30日後のブタ胎児から腎臓(直径2mm)を摘出し、出産予定日4週間前の胎児の背中に、特殊な注射針で皮下注入する。移植腎は周囲の血管と結合して機能する様になり、1日に数十mlの尿を作り出すと期待され、それを背中に入れたチューブから排出する。

本格的な異種移植は、今正にスタートラインに立とうとしている。拙速にならない様、安全性に十二分に配慮し、何が重要かを見極めながら段階を踏んで行く事で、諦めていた命を救う道が開ける筈だ。

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