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多職種連携による患者ファーストの実践 ~医師の「ありがとう」が医療安全を担保する~

多職種連携による患者ファーストの実践 ~医師の「ありがとう」が医療安全を担保する~
門脇 孝(かどわき・たかし)1952年青森県生まれ。78年東京大学医学部医学科卒業。80年東京大学第3内科糖尿病グループ入局。86年米国立衛生研究所糖尿病部門客員研究員。96年東京大学第3内科講師。2001年東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科助教授。03年同教授。05年東京大学医学部附属病院副病院長。11年同院長。20年虎の門病院長(現職)。2型糖尿病の根底にあるメカニズムの解明と治療法の研究に勤しみ、国内外の糖尿病学・糖尿病医療の発展に貢献。日本内科学会、日本糖尿病学会、日本肥満学会の各理事長を歴任、現在は日本医学会及び日本医学会連合副会長。紫綬褒章(10年)、日本学士院賞(13年)、欧州糖尿病学会(EASD)のClaude Bernard Award(22年)等受賞。

長年に亘り勤め上げた東大病院を退いた後、一転して虎の門病院の院長に就任した門脇孝氏。東大第3内科時代の恩師等の影響を受け、全身を診る糖尿病治療、患者中心の医療を追求して来た同氏は、糖尿病学の権威として、国内外にその名を知られている。病院経営者としても、高度急性期医療を担う病院として、新型コロナウイルスの対応に追われながら着実に業績を伸ばしている。一見ユニークな病院運営に、医療の本質を覗かせる。


——東大第3内科ご出身の髙久史麿先生が逝去されました。髙久先生との思い出をお聞かせ下さい。

門脇 私が東大の第3内科に入局した1980年には小坂樹徳先生が教授で、82年に髙久先生が後任として教授に就任されました。私がよく覚えているのは、髙久先生が就任当時、教室員約100名を医局に集めて施政方針を演説された時の事です。先生は、今日本の内科学の研究は西高東低であり、東大は内科学を発展させる為に分子生物学を取り入れなくてはいけない、とお話をされました。以後、全ての内科領域で分子生物学を取り入れ、一丸となって研究を進めました。そのお陰で第3内科の研究が大きく飛躍したと思います。髙久先生は若い人を大事にされていたというのが1番の印象です。教授と言えば、教室の業績や自分の業績を伸ばす事を大切にするものですが、先生は自分の部下がどれだけ活躍したかが教授の業績だと思われていたのですね。業績というのはその時代のものであって、優秀な弟子を育てる事によって、未来に貢献し続ける事が出来るというのをよくご存じの先生でした。皆は髙久先生が自分の事を大切にしてくれている事を受け止めて、張り切っていたと思います。髙久先生は相当な努力家であり、勉強家でしたね。私の専門は糖尿病で、髙久先生は血液が専門でしたが、糖尿病の論文が『Nature』や『The New England Journal of Medicine』等に載ると、いち早く読まれていて、お会いするとその論文について尋ねられました。専門の私達よりも髙久先生の方が早く読まれているというのは、こちらの不勉強という事ですので、読んでいますと答えられる様に皆努力をしていました。髙久先生が第3内科を退官される時、医局員全員に文字入りの益子焼きを送って下さいました。その文字が「努力」でした。

糖尿病を診る事は、全身を診る事

——糖尿病学を専攻された理由は?

門脇 私は小坂教授の下で医師として研修を始めました。小坂先生は、日本の糖尿病学会を発展させた立役者です。その時先生から、特定の臓器だけではいけない、患者の全身をよく診て丁寧で正確な診療をしなさい、と教えられました。糖尿病は単に膵臓だけの病気ではなく、全身の臓器の多くが糖尿病の成り立ちや仕組みに関係し、糖尿病の影響が多くの合併症に関連しています。そういう点から、糖尿病を診る事が、全身を診るという事に繋がるのだと思いました。

——糖尿病治療の難しさとはどんなところにあるのでしょう。

門脇 糖尿病は、薬の投与や手術で治る病気ではありません。糖尿病の90%は2型糖尿病ですが、2型糖尿病には、インスリンの分泌が低いという遺伝的な体質がベースに有ります。その様な遺伝的な体質の有る人が、食事や脂肪の摂り過ぎ、運動不足等で肥満になると、元々少なかったインスリンの働きが悪くなり、筋肉や肝臓が十分に糖を取り込む事が出来なくなる。その取り込まれなかった糖が血液中に溢れて糖尿病に至ります。更に、これが血管や神経に障害を起こすと、合併症に至ります。糖尿病は、食事や運動をきちんとする事で良くなる病気ですので、患者さんとのコミュニケーションが大事です。日常生活や人生、価値観迄お話をして、初めて病気が理解され、病状を良くする事が出来るのだと思います。

——糖尿病は遺伝するという事ですが、将来糖尿病になるのかが遺伝子で分かるのでしょうか。

門脇 遺伝子の研究は、ここ10数年間盛んに行われて来ました。欧米で2型糖尿病に関連する遺伝子が多数発見され、日本でも数多くの遺伝子が特定されましたが、3年位前迄は大部分が民族共通の2型糖尿病遺伝子でした。しかし、日本人や東アジア人は、欧米人と違い、著明な肥満でなくても糖尿病を発症し易い事から、特にインスリンの出が悪いのではないかと考えられています。日本人の2型糖尿病の特徴に関連する遺伝子が見付かったのは、ここ3年位です。私達のグループの研究によって、日本人の2型糖尿病の遺伝子が3割位解明された所です。1滴の血液を採るだけで、将来の糖尿病のなり易さが5倍位の差迄分かる様になりました。ただ、遺伝子だけでは糖尿病にはなりません。インスリンの分泌の低さは体質上変えられないにしても、肥満にならずにインスリンの効きが良い状態を保っていれば、糖尿病にはなりません。体質が分かる事で、糖尿病の予防に繋がるという事です。

診療科間の連携によりベストな医療を提供

——東大病院と虎の門病院の2つの病院で院長を務められて何か違いは感じますか。

門脇 どちらも良い病院だと思っていますが、やはり違いは有りますね。東大病院は大学の附属病院ですので、移植医療や遺伝子を基にした医療、難病の医療等は非常に進んでいると思います。そういう点で、東大病院に来なければ治らない疾患というのは有るのだろうと思います。一方、虎の門病院が良いと思う点は、それぞれの病気の専門家が揃っていて、今在る治療法を最も上手に行えるという所だと思います。大学病院では20年程前に、以前のナンバー内科から臓器別への再編が始まりました。これまで複数の内科に分散していた症例を臓器別にまとめる事は、国際競争力を上げる為には必要な改革でした。しかし、臓器別にする事で、1つの臓器の事しか分からない医師が出て来るリスクが生まれます。臓器別の内科間の壁も有り、内科と外科では一緒にディスカッションをする場が殆ど有りません。内科的に診るべき患者なのに、外科に行ったら外科治療をされたとか、その逆とか、そういう事も起こり得ます。虎の門病院では、「循環器センター」「呼吸器センター」「脳卒中センター」の中にそれぞれ内科と外科が同居しています。患者さんが虎の門病院の循環器センターに来ると、先ずは内科で診るのか外科で診るのか、その患者さんにとってベストな方を選択します。脳卒中には、脳神経外科、脳神経内科、脳神経血管内治療科が有りますが、虎の門病院の脳卒中センターでは、3科が合同になっています。同じ脳卒中でも、患者さんの病態によって、外科治療・薬物治療・カテーテル治療の3種の使い分けが必要です。脳出血であれば脳外科で血腫を取り、脳血栓であればtPAと言う血栓を溶かす内科的治療を行い、これで不十分な場合にはカテーテルを入れて血栓を回収します。診療科が連携する事で、こういった患者中心の治療が出来るという事が虎の門病院の良さだと思います。

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