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未来の会

第9回 医療界におけるジェンダー問題 患者のニーズと医療職のジェンダー

第9回 医療界におけるジェンダー問題 患者のニーズと医療職のジェンダー

本誌4月号(連載第②回)で、オンラインのクラウドソーシングを用いた調査研究によって、女性外科医は男性外科医より温厚であるが能力が低いと評価されたと紹介した。性別は、女性外科医と男性外科医の温厚さと有能さについての一般的な信念に影響を及ぼす。勿論この研究結果は真に女性外科医が温厚で男性外科医が有能である事ではなく、人々のジェンダー・ステレオタイプを示したものである。

医師の性別とジェンダー・バイアス

この結果は人々が「女性外科医は男性外科医よりも温厚である」と期待している事の表れであり、女性医師と男性医師のコミュニケーション方法が実際に異なると言う訳では無い。しかし、このステレオタイプに基づいて患者は女性外科医に対してより多く話し掛けたり、感情を示したり、質問したりしてパートナーシップを築こうとする可能性がある。外科医の性別が患者の外科医に対する振る舞い方に影響を与えているかも知れないのだ。

患者は医師の性別をどう感じるか

患者は医者の性別について好みがあるのだろうか。これは、患者のニーズを知り、患者満足度を向上させる為に重要なポイントである。最近では、外来担当表にその医師が女性医師である事が分かるようにしている病院も多い。診療を担当する医師の性別を知りたいという患者は一定数いる様に思われる。

ブラジルの医療機関の調査によると、大多数の患者(81.7%)は担当医の性別に特に好みを示さなかった。性別という属性が全ての患者にとって重要では無い事が分かる。しかし、女性患者は同性の医師を好む傾向があった(7%対17.6%)。又、骨盤内の臓器や乳房の診察を基本とする専門分野(婦人科、泌尿器科、肛門科、乳腺科)では、他の分野と比較して同性の専門医を好む傾向が顕著だった。「羞恥心を感じやすい」場面で同性の医師を求めるのは理に適っている。

診療科によっては医師の性別に数の偏りが有り、必ずしも患者と同性の医師を配置出来無いかも知れない。しかし、患者は常に同性の医師を希望している訳では無く、女性、特に骨盤内の臓器や乳房の診察を基本とする診療科に於いて同性の医師に対する希望が強くなると分かっている。こうした特にニーズの高い診療行為に重点的に同性医師を配置すれば、患者の羞恥心を最小に抑える事が出来、患者満足度は高まる。又、患者が羞恥心の為に診察を逸する事も減り、医療へのアクセスがスムーズになるのではないだろうか。

そこで、女性医師が極端に少なく、かなりの頻度で性器の診察が必要になる泌尿器科に於いて、患者が医師の性別についてどう感じているかを見てみよう。オーストラリアで行われた泌尿器科に関する調査研究によると、患者の大半は担当する泌尿器科医の性別に好みを持たず、英国、米国、アジアで実施された他の研究結果と同様だったという。ただ、シチュエーション毎に見てみると、身体検査と診察の場面では、特に医師の性別について好みを表明する傾向が強く、泌尿器科診療でしばしば必要とされる性器領域の露出を懸念したと思われる。一方で、全身麻酔が前提とされる事の多い手術の場合には、性別の好みを表明する可能性が最も低いと判明した。女性患者の方が性別の希望を持つ傾向が強かった。

日本でも、泌尿器科女性患者が女性医師による診療を希望するかというアンケート調査がある。女性外来患者の9割以上が女性医師による診察を希望したが、一般病院では、「女性医師希望」と「男女どちらでもよい」がほぼ同数であった。一般病院で意見が割れた事はやや意外な気もするが、女性外来を受診する層はやや年齢層が若く、一般病院では再来が多い為、男性医師に慣れている可能性があったと考察されている。

さて、患者の希望に沿って同性の医師を配置出来ない場合はどうすれば良いのだろうか。実は、過去の医療との関わりが、医師の性別に対する好みに影響を及ぼすと言われている。以前に男性産科医と良好な関係が築けていた場合には、女性患者は男性の産科医を好む傾向があるという。又、前述したオーストラリアの研究においても、性別の好みを表明した患者でも、当日受診した泌尿器科医とポジティブな体験をした場合には考えを変える事が判明している。男性医師の診察でポジティブな印象を受けると、その後も男性医師に対してポジティブな感情を持てるのだ。これは示唆に富む結果ではないだろうか。同性の医師を希望する患者を異性の医師が担当する事になっても、患者の羞恥心を最小限にするよう配慮し、信頼関係を築く事が出来れば、患者のその後の受診の際にも異性の医師に対して良い感情を持ち得る。同性の医師を配置出来なかったとしても、患者に対して誠実に対応し信頼を得る努力をするべきだ。

患者は看護師の性別をどう感じるか

本誌8月号(連載第⑥回)でも示したが、就業看護師(以下「看護師」)は128万911人(男:10万4365人、女:117万6546人)であり、男性看護師は増加傾向にあるものの、女性看護師は91.9%を占めている。看護師は圧倒的に女性が多く、医師よりも性別の偏りが大きい(医師の場合、女性医師は22.8%)。看護師の性別について、患者はどう感じているのだろうか。

 オーストラリアの調査では、看護師が体温を測ったり点滴をしたりする際、看護師の性別の希望について、回答者の間で大きな差は無かった。しかし、女性患者は入浴やシャワーを必要とする場面では女性看護師を強く希望した。一方、男性患者は入浴やシャワーについて男性看護師を希望する事は無かった。手術の際の陰部の剃毛については男女共に同性を希望し、特に女性患者は女性の看護師を強く希望していた。つまり、患者は、点滴等の技術的な専門知識が必要な場合や、検温の様な無害な状況では、看護師の性別にあまり関心が無いが、身体的接触の多い、特に性的な部位に近い箇所への接触がある場面では、男性も女性も同性の看護師を好む傾向があった。

 インドの調査研究によると、女性回答者の約半数が女性看護師によるケアを希望し、男性回答者の約2/3が性別の希望に中立的である事が明らかになった。約半数の回答者が、男性看護師は女性患者から好かれないと回答したが、殆どの参加者(95.5%)が、男女の看護職はいずれも等しく重要であると考えていた。これはやや矛盾した結果である。一般論として男性看護師は必要だと頭では考えてはいるものの、女性患者の羞恥心や「看護は女性」というイメージが根強い為に実際にケアを受ける事には抵抗を感じてしまうのだろうか。医師の場合と同様、男性看護師のケアを受けて満足する機会があれば、それ以降も男性看護師にポジティブな評価が出来るのかも知れない。

 看護というケアの仕事はどうしても女性性と結び付き易く、非男性的なジェンダー・ステレオタイプが固定化してしまっている。患者の羞恥心や嗜好に配慮しつつも、男性が適切にケア業務を行う事は、このジェンダー・ステレオタイプを少しずつ解消して行くであろう。又、患者がセクシュアル・ハラスメントであると感じるような振る舞いを徹底的に避ける事も必要である。

 患者の医療者への評価は、能力や温厚である事だけでは無い。「羞恥心を感じさせない」事も大事である。医師を含め、医療スタッフは男性だけでも女性だけでも成り立たない。チームワークの地道な積み重ねによって、患者の信頼を勝ち得て行くしかないのである。

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