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生活習慣病をアプリで治す時代へ

生活習慣病をアプリで治す時代へ

IoT化の加速により新治療法は薬物療法、外科療法と並ぶか

新しい治療形態として、エビデンスに基づいて臨床的に評価されたソフトウェアを用いる「デジタルセラピューティクス(DTx)」が注目されている。国内でも、ニコチン依存症に続き、高血圧症用の治療用アプリが承認された。所謂生活習慣病は、日頃の行動のツケの塊とも言えるので、日常生活に於ける行動変容によって発症予防や症状改善が出来る事は理に適っている。

治療用アプリの概要と世界的な動向

2022年4月26日、世界初となる高血圧症の治療用アプリが薬事承認された。「アプリで治療する未来を創造する」をビジョンに掲げるCureApp(キュア・アップ、東京都中央区)の「CureApp HT」で、本態性高血圧症を対象とする。同社では20年、ニコチン依存症用の治療用アプリ「CureApp SC」が、ポータブル呼気一酸化炭素濃度測定器(COチェッカー)との併用を前提とした薬事承認を受け、保険適用となっている。同社としても2品目めとなる今回は、アプリ単体での承認で、これは国内で初めてとなる。年内の保険適用を目指すという。

治療用アプリは、医療用医薬品と同様、医師が患者に処方し、患者はスマートフォンにダウンロードして使用する。「CureApp SC」は、患者の呼気CO濃度測定値や患者が入力した禁煙状況を、医師がアプリで把握して助言を与え、禁煙を継続する様に行動変容を促す。対象となるのは、禁煙補助薬を服用して禁煙治療を受けるニコチン依存症患者で、通常の禁煙治療に上乗せする形でアプリを用いる。「CureApp HT」でも、血圧計と連動させた血圧モニタリングと、生活習慣を記録する仕組みを通じて、患者にとって個別に最適化した助言を医師が送り、意識や行動の変容を促す。

治験では、本態性高血圧症で治療中男女(20〜64歳)を無作為に、治療用アプリを使用する介入群と対照群に割り付けた。主要評価項目として、ABPM(自由行動下血圧測定)により、24時間収縮期血圧のべースラインから12週後の変化などを調べた。24時間の収縮期血圧の群間差(調整平均)は-2.4mmHgで、脳心血管病の発症リスクを介入群で10.7%低下していた。また、12週時点における起床時家庭血圧SBP(収縮期血圧)は、介入群が4.3mmHg低く、この効果は24週迄持続する等、降圧の有効性が示された。この結果は、2021年8月に欧州心臓病学会(ESC 2021)で発表され、『European Heart Journal』誌に掲載された。

高血圧は、脳卒中や心筋梗塞などの循環器疾患による死亡の最大の要因で、国内の患者は4300万人に達するとされる。薬物治療だけでなく、減塩、体重管理、運動、睡眠改善、ストレス管理、節酒という生活習慣の改善は治療に欠かせない。軽症段階で持続的な生活習慣の是正が図れれば、服薬無しで済ませられる事もある。しかし、これまでは在宅時に於ける積極的な治療介入が難しかった為、薬物治療が必要な段階に至り、生涯に亘り服薬をしなければならないケースが多かった。

内閣府の消費動向調査によれば、世帯単位でのモバイル機器の普及率は、22年でスマートフォンが88.6%、タブレット型端末も38.2%となった。これを反映するかの様に、数十万を超えるともされる健康関連のアプリが、アプリストアであるApple StoreやGoogle Playを介し、ダウンロードして利用出来るようになっている。一部には、医学的なサポートがあると謳う物もある。しかし、薬や医療機器と同様に、臨床試験を経て安全性・有効性を検証したという点で、治療用アプリは別次元である。

医学的に検証されていないアプリの場合、効果が得られないだけならまだしも、健康状態に好ましくない影響を与える懸念すらある。しかし、デジタルヘルスや治療用アプリで1歩先を行く米国では、食品医薬品局(FDA)は10年に初めての治療用アプリ(糖尿病用)を承認後、うつ病や不眠症にも領域を広げている。FDAは、17年にはアプリに対するガイドラインを策定し、19年には改訂版が出された。

こうした治療用アプリを用いるDTxにより、治療成績が不良な患者に対して、行動変容という治療アプローチにより、新たな治療効用がもたらされる。更に、それに付随する効果として、医療費削減が見込める事が、大きな利点である。生活習慣病薬は、一度服用を始めると中断するのが難しく、長期に亘って医療費が掛かる。その点、治療用アプリは費用対効果が高く、データに則して適切に介入する事で、年間で40兆円超の医療費抑制効果も期待されている。

先行する「CureApp SC」の保険点数は、既存の類似する技術区分を暫定的に準用して、合計2540点と算定された。内訳は、先ず処方する医師に対し、在宅療養指導管理料である「在宅振戦等刺激装置治療指導管理料」の導入期加算を準用して、1回に限り140点を算定。また、製品(アプリ)に対しては、疼痛の「疼痛等管理用送信器加算」600点を4回分準用し、2400点を算定した。患者は原則3割負担で、別途、診察料や薬剤費が掛かる。22年度診療報酬改定で、治療用アプリ等のプログラム医療機器を使用した診療を評価する項目が新設されたが、保険点数は、保険収載時の準用技術料の2540点のままで変わらない。

米国だけでなく、欧州でも治療用アプリは活発に開発され、ドイツでは10種類以上が承認されている。現地の市場調査会社・グローバルインフォメーションでは、治療用アプリを含めたジタル治療の世界市場は、28年には約225億ドルと、21年の約6倍になると試算している。一方、日本では、規制当局である厚生労働省に治療用アプリの審査ノウハウが乏しい上、開発企業も少なかったが、同省は21年、治療用アプリや診断機器などを含めた「プログラム医療機器(SaMD)」について、審査や企業への助言を実施する専門部署を立ち上げた。遅まきながら、最近は開発が広がりを見せている。

国内でのDTxの開発状況

日本のパイオニアであるCureAppの最高経営責任者(CEO)である佐竹晃太氏は、07年に慶應義塾大学を卒業した呼吸器内科医であり、医療インフォマティクスの研究を経て14年に起業。現在も日本赤十字社医療センターでの診療を継続している。ニコチン依存症用の「CureApp SC」は母校・慶應義塾大学との、高血圧症用の「CureApp HT」は自治医科大学との共同開発で誕生した。又、東京大学との共同開発で、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)のアプリを開発中で、現在多施設での臨床試験を実施中である。

不眠症の治療用アプリを開発しているのは、サスメド(東京都中央区)で、代表取締役社長の上野太郎氏は、06年に東北大学医学部を卒業した精神科医師である。同社は沢井製薬と資本業務提携をしており、22年4月に不眠症の治療用アプリの製造販売承認を厚労省に申請した。

メガファーマの参入もある。2型糖尿病の治療用アプリは、Save Medical(東京都中央区)が、大日本住友製薬との共同開発で第3相試験を実施している。塩野義製薬は、小児の注意欠如・多動性障害(ADHD)について、米国アキリより日本での開発・販売権を取得して、第2相試験を実施している。

デジタル機器やモノのインターネット(IoT)化は、20年からのコロナ禍で更に加速した。医療の世界でも、同年4月には厚労省が時限的措置として初診からの電話や通信機器を用いたオンライン診療の実施を特定の条件下で実施可能としており、21年には恒久化された。対面診療を原則としていた医療サービスの概念は、根本的な変容を迫られているとも言える。普及の課題も有り、生活習慣病は高齢になる程増加するが、アプリの操作に不慣れな人に対しサポートする様な仕組みも必要かも知れない。DTxは、薬物療法、外科療法等と並ぶ柱に育って行く可能性も高く、動向から目が離せない。

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