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第15回「精神医療ダークサイト」最新事情 人権侵害に無頓着な社会は変わるか

第15回「精神医療ダークサイト」最新事情 人権侵害に無頓着な社会は変わるか
継続的な告発が実り変化の兆し

 「大衆は小さなウソよりも大きなウソにだまされやすい」というのはアドルフ・ヒトラーの言葉のようだが、精神医療の惨状を長年見ていると、「大衆は小さな人権侵害よりも大きな人権侵害に無頓着になりやすい」と憎まれ口をたたきたくなる。

 これまで不必要な身体拘束によって、多くの患者の命が奪われてきた。財産目当てや世間体を気にする家族の意思で、病気ではないのに精神科病院に強制入院させられる人もいる。過剰な投薬のせいで人生が台無しになったり、命を落としたりした患者は数知れない。

 ところが、こうした犯罪級の問題を記事で告発しても、社会の反応は鈍い。記事に登場する人権侵害がホロコーストのように酷過ぎて、読者は今の出来事と受け止められず、フィクションのように感じてしまうのだろう。「こんなことが今時あるはずがない」「話を膨らませている」といったコメントは序の口で、「患者側に落ち度があったはずだ」「精神障害者は社会に必要ない」等のヘイトスピーチを連ねて理解を拒絶する人もいる。更に、筆者に対しても「精神科嫌いのカルト信者だ」などのトンチンカンな攻撃が始まる。精神医療関係者からは「実態をよく暴いてくれた」等の激励が寄せられる一方で、「レアケースをことさら大きく取り上げている」という定型文が度々届く。だが、精神医療の人権侵害は決して「レア」ではない。仮に「レア」だとしても、看過できるような軽い話ではない。

 私は約30年の記者生活で様々な記事を書いてきたが、精神科の問題を扱った記事ほど、悪意に満ちたおぞましいコメントが殺到するものはなかった。幻聴や妄想、社会に馴染めない言動があったりする人を一律に「犯罪者予備軍」扱いして、精神科病院に延々と閉じ込め続けた国策の罪は重い。

 こうした逆風の中で、精神科の問題を告発し続けるのは覚悟がいる。近年、その過酷な仕事をやり遂げたのが、東洋経済新報社の取材チームだった。2020年1月に東洋経済オンラインでスタートした連載「精神医療を問う」は2700万PVを集め、今年3月、これを大幅加筆した「ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う」(東洋経済新報社)が出版された。私のコメントやKP神奈川精神医療人権センターも紹介されている。「精神医療を問う」を転載したYahoo!ニュースのコメント欄が、醜悪な書き込みで埋め尽くされたのは言うまでもない。だが、そんなことで怯んだら何も変わらない。告発の継続こそが社会を変える。

 精神科の身体拘束問題では、杏林大学教授の長谷川利夫さんや、弁護士の佐々木信夫さんらの熱心な活動によって、医師が指示した身体拘束(患者は死亡)を違法とす↖︎る名古屋高裁金沢支部の判決が、昨年10月に確定した。超長期入院被害者の伊藤時男さんを原告とする精神医療国家賠償請求訴訟では、全国各地で支援者が増えている。そして今年、強制入院の在り方を見直す動きが出てきた。国連の外圧も受けた厚生労働省が、強制入院の一種である医療保護入院を縮小、廃止する方向で検討を始めたのだ。

 昭和から絶えることなく続いてきた人権侵害の温床のひとつに、やっとメスが入ろうとしている。この改革が骨抜きにされないように、しっかり見守りたい。

ジャーナリスト:佐藤 光展

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