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コロナ禍で相次ぐ医師の「メディア批判」

コロナ禍で相次ぐ医師の「メディア批判」
HPVワクチンの副反応報道がきっかけか

長引く新型コロナウイルスの流行に、医師らが個人的に発信するSNSの存在感が高まっている。これまで「情報発信」はもっぱら新聞やテレビ等のマスメディアの役割だったが、その地位が逆転している。メディアの不確実な報道に直接、訂正を要求する医師もおり、情報の信頼性がますます問われる事態となっている。

 1月21日、医師で小説家の知念実希人氏が、衝撃的なツイート(一部抜粋)をした。

 「この記事に対して私は以下の要求を新潮社に出しました。記事の正式な撤回、謝罪文の紙面掲載、専門家の監修を受けたワクチンの正しい特集、これがなされない限り、今後新潮社から天久シリーズを含む新作を刊行いたしません」

 「今後ワクチンに関して、当記事のように事実と大きく異なり、科学的な根拠もなく、取材を受けた人物の意図とことなる記事を書いて、公衆衛生を危機に晒さないこと。これが守られなかった場合、現在新潮社から刊行している私の全作品の版権を引き上げます」

医師兼作家のツイートで記事撤回

  知念氏が問題視したのは、週刊誌『週刊新潮』のニュースサイト「デイリー新潮」で前日に配信された「コロナワクチンを『絶対に打ちたくない』と医師が言うワケ 感染予防効果はなし」というタイトルの記事だ。

 タイトルにもある通り、記事では新型コロナのワクチンは「重症化を防ぐ」ためのもので、「打ったとしても感染を防ぐ効果はない」と医師の言葉を借りて明言。「(ワクチンとして)注射されたメッセンジャーRNAは体内に半永久的に残るかもしれず、それがどう影響するのか誰にも分からない」と正確でない内容を伝えた。

 知念氏はこれに激怒した。記事を載せた新潮社は自身のシリーズ作品の出版社であったことから直接抗議し、記事はネットから削除された。

 知念氏は「苦労して生み出し、多くの読者に愛されている天久シリーズを、今回まるで人質のように扱わなくてはならなかったことは、小説家として断腸の思いです。ただ医療崩壊が叫ばれ、公衆衛生が危機に瀕している現状、多くの方の生命を脅かす記事は見過ごせませんでした」と思いを明かしている。

 知念氏は同様に、小学館が運営するサイト「NEWSポストセブン」に掲載された「新型コロナワクチン 注意すべき『副反応』の3つのタイミング」という記事についても、重い副反応ばかりに注目し、有効性について伝えていないと抗議。この記事もネットから取り下げられた。

 医師らからの批判を受けて、ネットから削除された記事はこれだけではない。例えば、1月20日にオリコンニュースが配信した「新型コロナワクチン、6割超『受けたくない』 女子高生100人にアンケート」という記事だ。

 記事の配信を受けた毎日新聞のツイッターが「女子高生100人にアンケート、6割超が新型コロナワクチンを受けたくないと答えました」と記事を紹介するツイートを発信し、拡散された。ところが、アンケートの結果を伝える形でワクチンの不安のみを強調する内容だったため、批判が集中。記事とツイートは削除された。

 なぜこうした事が起きるのか。大手新聞の医療担当記者は「新聞やテレビの報道は、副反応の被害に重きを置く傾向にある」と明かす。MRワクチン等、過去のワクチン行政が多くの薬害被害者を生み出してきた歴史がそうさせるのだという。

 「報道機関には埋もれている被害を表に出す使命がある。ネットのおかげで被害が自力で拡散出来る今も、メディアは公的な情報より被害の訴えを大きく取り上げがちで、それが存在意義だと思っている」と記者は自嘲気味に話す。

 今回、知念氏をはじめとする医師が、ワクチンの不安をあおる記事を強く問題視した背景には、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの副反応報道があると指摘する声もある。副反応を訴える少女達の声を大きく報道した結果、HPVワクチンの接種率は落ちたままだ。無料で受けられる定期接種と知らずに、接種機会を逃す女性が後を絶たない。

 「この過ちを繰り返すな、という強い思いが医師達を駆り立てている」(都内の内科医)というのだ。ワクチン不安報道を批判するツイートをする複数の医師の中には産婦人科医もおり、確かにそうした側面はあるだろう。

扇情的な見出しは批判の対象

 ネットメディアに詳しい大学講師は「人は見たいものを見る生き物だが、ネットでは特にそれが顕著だ。ツイッター等のSNSでは自分と同じ意見の人達で繋がり、それ以外の意見は目に入りにくい。だからこそテレビや新聞の報道が大事になってくるわけだが、今やニュースもネットで見る人が大半。報道機関はこれまで以上に、ネットにニュースを出す際の見出しに気を付ける必要がある」と指摘する。

 読まれるために大げさでセンセーショナルな見出しを付ける事が、コロナ禍においては批判の対象になる。

 ただ、こうした医師達の努力が報われるかどうかは不透明だ。

 「起こった現象を取り上げるメディアと、現象を積み重ねて信頼性を高めていく科学では、そもそもあまりに文化が違い過ぎる」と全国紙の科学部記者。

 言ってみればメディアでは「症例報告」が大きく扱われ、確立された「標準治療」は当たり前のものとして小さく扱われる性質がある、とこの記者は解説する。

 また、医師の世界では発表した論文を多くの医師が読み、意見を戦わせる中で信頼性を高めていく文化があるが、メディアの世界では通常、記事は出しっぱなしだ。そうした文化の違いは今後、「実際に国内でワクチン接種が始まると顕著になるだろう」(同記者)。

 過去の報道で分かる通り、メディアは派手なもの、珍しいものを取りあげがちだが、その裏にあるのは人間の「怖いもの見たさ」の習性だ。

 繰り返すが、人は見たいものを見て信じたいものを信じる。米大統領選で「フェイクニュース」が吹き荒れ、異なる意見を持つ集団同士の溝が埋まらなかったように、人々は自分が信じたい「真実」を信じ、そこに信じたいものがない場合は「隠された真実」を好む。

 程度の重い軽いはあれど、ワクチンに副反応は避けられない。だからこそ、国や製薬企業には副反応情報を収集する制度があり、厚生労働省の検討会で定期的に安全性が判断される。

 だが、「資料を見ればどのワクチンにも一定の副反応が起きていると分かるが、伝え方が難しい。軽微な副反応だからと伝えないと、メディアが隠していると逆に騒ぎになりかねない」と医療担当記者は頭を悩ませる。

 前出の大学講師は「メディア批判は拡散されやすいが、正しい情報は広まりにくい。メディアが科学的に正しい情報ばかりになると、必ず『メディアは真実を隠している』系の情報が出回るはずだ」と予想している。

 結局のところ、信頼出来る情報に出合えるかは、各自のリテラシーにかかっているのだ。

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