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新型コロナワクチンの特許の特例について

新型コロナワクチンの特許の特例について

昼夜を問わず懸命に開発に取り組んで得られた知的財産の扱いとは

2022年6月12日から17日に掛けてジュネーブで世界貿易機関(WTO)の閣僚会議が開催された。4年半振りに開催された閣僚会議では20カ月に渡って賛否が分かれていた新型コロナウイルスワクチンの特許を巡る対立に結論が出た。100カ国以上が新型コロナウイルスワクチン関連の特許の適用免除を求めていたが、アメリカ、ドイツ、スイス、ロシア等は反対していた。今回の閣僚会議でWTO加盟国間に於いて新型コロナウイルスワクチンの供給拡大を目指す措置に関して合意に達したという事だ。合意によって↘今後5年間に渡り、インドや南アフリカ等の発展途上国の企業は自国の政府の承認を得る事で、ワクチンの知的財産権を持つ特許権者の同意を得ずに、特許取得済みの新型コロナワクチンを製造する事が可能になった。

事実上のコロナワクチンの特許は解放された

 そもそも20年9月にユニセフの運用で新型コロナウイルスワクチンの開発に各国が共同出資し、開発と生産と購入をする枠組みのCOVAXに日本を含む150カ国以上が参加を表明してい↘ た。COVAXでは参加国の中でも所得の高い64カ国がワクチンの代金の一部を前払いして開発に充てる計画になっていた。所得の低い発展途上国を中心とする92カ国は前払いを免除された。開発後、発展途上国が無償でワクチンを受け取れるか、一部経費の負担をするかは未確定だった。取り組みにはアメリカや中国、ロシア等は参加しなかった(アメリカは21年1月に参加)。

 日本はCOVAXファシリティを通じて、カンボジア、ラオス、バングラデシュ、ネパール、スリランカ、イラン、エジプト、マラウイ、ナイ↖ジェリア等に既に1938万回分を供与している。

 日本独自の支援として、台湾、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ブルネイに対して2466万回分を供与した。併せて医療体制強化の為に78の国と地域に対して185億円の支援を行っている。日本政府はCOVAXに財政支援として既に10億ドルを拠出済みだ。

 日本政府は国内製造ワクチンとして、英国アストラゼネカのワクチン原液をJCRファーマが国内製造し、第一三共が製剤化を行っている。武田薬品工業も米国ノババックスから技術移管を受けて国内での生産流通を行っている。塩野義製薬は治験最終段階のP3に至っており、昨年11月に国産ワクチンとして初めて承認申請に漕ぎ付けたが、まだ実用化されていない。

 既に承認されているコロナワクチンは12種類有る。アメリカが4種類、イギリスが2種類、中国が3種類、ロシアが1種類、インドが1種類となっている。インド、イギリスを除いて、中国もロシアもCOVAXには参加していない。アメリカはトランプ氏が大統領選に敗れ、バイデン政権になると参加に転じた。

  各国はコロナワクチンの相互支援組織であるCOVAXと独自開発を並行した。各国は互いにコロナワクチンの流通と薬価や提供先の選定等で主導権争いをしている。新型コロナウイルスによるパンデミックを恰もビジネスチャンスと捉えるが如きである。

 アメリカ政府はコロナワクチンと治療薬の開発に190億ドル(約2兆円以上)を拠出している。例えばファイザーとモデルナにはそれぞれ約60億ドルを支給している。大統領選を控えたトランプ氏が米国内の製薬業界からの要求に応じ、多額の開発助成金の支給とワクチンの早期承認、ワクチンの先進国への高値取引等を容認したのだろう。その結果、世界中で高中所得国でのワクチン接種ばかりが進み、低所得国や最貧国では接種が進まないというワクチン・アパルトヘイトと呼ばれる格差を生んだ。この事によりコロナウイルスを撲滅出来る機会を逸し、慢性的なパンデミックに陥る危険性を残した。但し、バイデン大統領の就任後はCOVAXへの積極的な資金の拠出を行っている。

 22年8月末時点で新型コロナワクチンの接種を1回でも受けた人の割合を見てみる。Our world in Dataによると、日本は84%、アメリカは79%、中国は91%、イギリスは80%である。世界平均は67%。地域別にみるとアジアは76%、EUが74%、北米が74%、南米が85%、アフリカが27%だ。高所得国は79%、中所得国は62%、低所得国は21%。このようにコロナワクチンの接種に関しては明らかに貧富の差が発生している。アフリカを中心とした低所得国が、圧倒的にワクチン接種が行き届かない状況に在る。この様な状況を招かない様にする為の枠組みがCOVAXであった。そのCOVAXに150カ国以上が参加したにも拘わらず、結果的にこの様な所謂ワクチン・アパルトヘイトと言われる状況となったのは、先進国の国内需要という内政問題とワクチンの囲い込みに起因していると思料する。

 コロナワクチンの特許免除の特例に関して今回のWTO閣僚会議での合意に至った事に米国でも欧州でもアジアでも、日本でも製薬業界団体が抗議している。昼夜を問わず懸命に開発に取り組み、短期間でノーベル賞級の発明を行った結果、得られた知的財産権である事から、対価を得る事は当然の事だ。特許の免除に対し一部の学者は科学者への冒涜とまで言って非難している。コロナワクチンという知的財産の保護を免除した今回の様な前例を作った事が再びコロナウイルスの様な世界中にパンデミックを起こすウイルスが流行した場合にワクチン開発の足枷になるのではと警鐘を鳴らす人も居る。理屈上はその通りかも知れない。

 しかし、今回のコロナワクチンの開発に成功した企業は多くがWTOとユニセフが主導する世界的な取り組みの枠組みであるCOVAXに最初から参加を拒否した国々の企業である。世界の足並みを乱した上で手にした先行利益だという捉え方も出来るのではないか。アメリカやイギリス等の薬剤業界はWTOの特許権の放棄に関する各国の合意に対して抗議するよりももっと根本的な要因を考えるべきである。WTOの合意がこの様な一見不合理な結論に至ったのは自国の政府がコロナワクチンに関する世界的な枠組みに参加しなかった事に起因していると言えなくもない。

世界に於ける日本の使命と役割を果たす

日本政府はCOVAXの枠組み内でも主体的にその責任を果たしている。それだけではなく、自主的に独自の支援を世界中へ行っている。そして、自国民に対しても度々のワクチン接種を進めて来た。勿論、自国の製薬業界への支援も怠っていない。世界の中の日本としての役割と国民に対する政府の使命とのバランスを取って対応している。欧米の特許権を奪われた企業は今後、政府の要請に応じなくなるのではという危惧を唱える学者が居る。それはそうなのだろう。但し、日本は違う。文明開化以来、日本では会社は社会のものであると福沢諭吉は唱えた。その教えを実践したのが日本資本主義の父である渋沢栄一だ。会社は株主のものと考える欧米とは違う。よって、その様な心配は日本では無用だと信じたい。もし、政府の要請に応じず、社会に寄与する活動を拒み利益ばかり求める様な企業が有るならば自然と淘汰されて然りであろう。

 さて、最後にコロナワクチンとは関係が無いが、世界の環境と産業の為に自社で20年以上を掛けて研究開発に取り組んできた知的財産権を惜しげも無く公開した企業が日本には在る。トヨタ自動車だ。19年4月、同社が電気自動車に関連する技術について、「自社が単独で保有する特許約2万3740件の実施権を2030年末まで無償で提供する」事を発表した。世界中に電動車を普及し、地球上のCO2削減に貢献出来ればという理由である。ニュースは忽ち世界中に流れた。トヨタ自動車の株主からの批判や抗議も無かった。やはり、企業は社会の為に有るのだ。

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