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未来の会

政府が思い描いたオンライン診療「恒久化」の壁

政府が思い描いたオンライン診療「恒久化」の壁
コストに見合う診療報酬体系にする事が必要

新型コロナウイルス禍の下、特例で「全面解禁」となったオンライン診療。コロナ収束までの時限的措置のはずだったが、政府は恒久化に向けた議論を始めた。慎重派の厚生労働省も「コロナ前に戻すことは難しいだろう」(幹部)と諦めモードで、同省内では「落としどころ」も囁かれている。

 ただし、政府が思い描く姿のデジタル化がすぐに普及するかどうかは疑わしい。

 政府の経済財政諮問会議が7月にまとめた「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針)は、「デジタル化の加速」を前面に打ち出している。

 コロナ禍でのリモートサービス活用の動きを「社会変革の契機」とし、「通常であれば10年かかる変革を先取りする形で一気に進め、『新たな日常』を実現する」という。

 医療分野も例外ではなく、「電子処方箋、オンライン服薬指導、薬剤配送によって、診察から薬剤の受取までオンラインで完結する仕組みを構築する」と明記した。西村康稔・経済再生担当相兼新型コロナ対策担当相は「院内感染を防ぐためにも非常に大事な取り組みだ」と述べ、オンライン診療を推進していく考えを強調している。

 オンライン診療を巡っては、ITC(情報通信技術)への集中投資を狙う経済界が解禁を求めてきたのに対し、厚労省や日本医師会(日医)が「触診を出来ず、症状を見落とす危険性がある」と反対してきた。

 しかし、「患者の利便性」という大義の前に厚労省側が折れ、2018年度の診療報酬改定でごく限定的に保険導入された。

 更に20年度改定でオンライン診療開始までに必要な対面診療の期間(6カ月)を3カ月に短縮し、対象疾患を慢性頭痛等にも広げた他、「おおむね30分以内」に対面診療を可能とする「30分ルール」も撤廃した。

 しかし、「初診は対面」という原則は変わらず、診療報酬も低い事から一向に普及しなかった。

過去対面で診た患者は初診でも可

 そうした状況に経済界が業を煮やしていたところへ降ってわいたのがコロナ禍だ。

 「通院患者への感染拡大を防ぐ必要がある」。そうした規制緩和派の「筋論」に押された厚労省は2月末以降ズルズル緩和を始め、4月には初診からの利用を含めたオンライン診療の全面的解禁に追い込まれた。コロナ禍収束までの時限的措置で、3カ月ごとに継続するか否かを議論する事になっており、最初の期限を7月末に迎え、現状を踏襲した。

 以前の「規制が厳し過ぎて対象患者がほとんどいない」状況が変わった事を受け、経済財政諮問会議の民間議員は5月、「後戻りさせる事なく定着・拡大すべきだ」と提言した。背景には、米国や中国等で急速にオンライン診療が普及している事への焦りが透ける。

 コロナ対策の国民への給付金支給等では、日本のITCのお粗末ぶりが天下に知れ渡った。こうした出遅れを取り戻さないと、主要国間の生き残り競争から置いてきぼりにされてしまう、との危機感が窺える。

 民間議員の1人、新浪剛史氏が社長を務めるサントリーホールディングスは、オンライン診療システムの「インテグリティ・ヘルスケア」(東京都)と提携し、社員の家族が在宅で診療を受けられる仕組みを整えている。

 一方、日医は「あくまでもコロナをにらんだ特例で、収束すれば一旦元通りに戻すのが筋だ」(幹部)との姿勢を崩していない。

 骨太の原案が出てきた時点で日医は即座に反応し、見解を示した。「(オンライン診療に対する)足下の利用状況や患者満足度は感染リスクと比較してのもの」と指摘し、平時の対面診療とは比較出来ないと強調した。そして、幅広い実態調査の上で「丁寧な合意形成を図る」事を求めている。

 とはいえ、高額なオンライン診療システムを導入した医療機関も多い。一旦全面的に解禁されたものを元に戻すのは難しい。

 政府の国家戦略特区諮問会議はオンライン診療に関する恒久化についてメリットと課題を議論し、全国で認めるのか、または特区で限定的にスタートさせるのかといった提言を年内にまとめる意向だ。

 厚労省は2月末以降、段階的に緩和策を小出しにする中で、「医師が過去に対面で診た経験のある患者については、初診でもオンライン診療可」という妥協案を示している。コロナ禍では一蹴されたが、同省幹部は「平時では有力案の1つになるのではないか」と見ている。

 経済財政諮問会議の民間議員のまとめ(5月25日時点)によると、全国で1万4500を超す医療機関(全体の13・2%)が初診時から遠隔診療を実施している。

 地域差はあるものの、山形県では35%と高率だった。東京都内では1860の医療機関が対応し、そのうち半数の897の施設は初診から手掛けている。4月10日に厚労省が初診からの解禁を通知してから45日の間で急増した格好だ。

投資に見合わない診療報酬の低さ

 それでも、オンライン診療の普及に向けては課題が少なくない。まずは診療報酬の低さだ。コロナ以前、慢性疾患の場合は対面診療の半分弱となっている。コロナの時限措置で引き上げられたとはいえ、なお7割程度にとどまっている。横浜市内の開業医は「専用システムへの初期投資を考えると、簡単に踏み切る事は出来ない」と話す。

 専用機材ではなくZoom等のビデオ通話を使っている医師もいるが、これでは骨太方針が謳う「診察から薬剤の受取までオンラインで完結する仕組み」にはほど遠い。

 また、「オンラインによる遠隔診療」と言っても、ビデオ通話と電話やファクスによる診療の区別を付けていないという問題もある。

 機器の操作に不慣れな高齢の患者や医師、経営難の医療機関も含めて広く活用出来るように、という日医の意向が反映された。「オンライン診療を実施している」と回答した医療機関の多くは、「もしもし」で受話器越しに症状を聞き取る電話診療というのが実態だ。

 コロナ以前、オンライン診療は電話診療より診療報酬が低かった。今回の時限的措置で同額にそろえられたものの、そのせいなのか、今後の議論のために厚労省が医療機関に提出を求めている調査票には電話かビデオかを記入する欄がない。

 コストをにらみ、オンライン診療導入に二の足を踏む医療機関は少なくない。

 経団連は機材導入に対する政府の補助金創設や診療報酬見直しを提言しているが、電話診療と区別してコストに見合う診療報酬体系にしない限り、普及は覚束ないだろう。

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