
日本の医療政策、教育、そして民主主義は、今のままで本当にいいのか。臨床医、研究者、大学人としての経験に加え、国際機関や政策策定の現場でも活躍してきた黒川清氏は、この国が抱える構造的課題を、半世紀に亘り内と外の両側から検証してきた。その問題意識は、2004年の日本医療政策機構(HGPI)設立へと結実し、政府や官僚機構から独立した市民中心の政策議論の場を生み出した。そして今——「健康大国日本モデル」を世界に示す事は、日本が次に目指すべき国家戦略だと語る。
——これ迄半世紀以上に亘り臨床、研究、大学運営、政策、国際機関と、幅広い分野を歩まれてきました。
黒川 私は日本で臨床研修を受けた後米国に渡り、約14年間滞在しました。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)では内科教授まで務めました。1983年に母校の東京大学に戻り、助教授や教授を務めましたが、日本の大学医学部や医療システムの閉鎖性には強い違和感を覚えました。そこで初めて、自分は純粋な研究者タイプではないと自覚したのです。人を育て、意思決定の仕組みやガバナンスを変えなければ、日本は変わらない。そう考える様になり、関心は次第に教育や政策の改革へと移っていきました。
国外に出て初めて、日本の姿が見える
——海外での経験は、先生の考え方にどの様な影響を与えましたか。
黒川 私にとっては、「日本の良さも弱点も客観的に理解出来る視点」を育んだ根本的な契機でした。又、留学先で最初に受けた衝撃を忘れる事は有りません。恩師から言われた言葉——「自分の意見を持って発言しなさい。独立した研究者として、自らの考えを表現しなさい」は、当時の私にとって極めて刺激的でした。恩師や留学先に期待していたのは“指示”や“指導”でしたが、まるで“対等な研究パートナー”として扱われたその瞬間に、日本と海外の学問文化の差を痛感しました。以後、指示を待つのではなく、自ら問いを立て、自分の頭で考え、言葉にして発信する姿勢を大事にしてきました。又、米国では教育、研究、医療の何れに於いても評価の基準が透明且つ公正で、成果と努力が正面から結び付く仕組みが有りました。こうした自立性と競争を重んじる価値観は、帰国後の私自身の教育・組織改革や人材育成、政策提言の現場でも一貫した基盤となっています。日本が抱える課題について議論する際にも、明確でフェアな評価、主体的な思考、発信の重要性という観点を常に中心に据えてきました。
——日本では若者の留学離れが進んでいます。
黒川 今の若者はテレビやネット、短期旅行で海外を「見た気になる」人が増え、留学志向は減少しています。しかし、人の心を真に育むのは実体験です。出来れば「個人」として海外に赴き、自分の目で見て、感じ、人に出会う。そうすると、日本の強みだけでなく、弱さや不合理さも見えてくる。それは日本を否定する事ではありません。寧ろ「健全な愛国心」が育つのです。日本の大学、特に旧帝大は、学生を積極的に海外へ送り出す発想や制度が欠け過ぎていると感じます。議論すべきは、どれだけの人数が大学院に進学したかではなく、どれだけの人間が海外の大学院を選択したかです。中国やインドでは、毎年数十万人規模で若者が海外の大学院に進学するとされる一方、日本は、数千〜1万人台程度に留まるとも言われています。大学が「残れ」と囲い込むから、視野も国際感覚も育たない。
——しかし、留学は頭脳の流失に繋がるのでは?
黒川 その心配は不要です。たとえ帰国しなくとも、国籍が変わったとしても、日本人である事に変わりはありません。海外で活躍する人材の存在自体が日本の国際的信用であり、重要な財産です。人材を国内に囲うよりも、世界に送り出した方が、結果として国力は高まります。祖国には何時でも帰る事が出来ますから。
——教育、特に大学教育については強い問題意識をお持ちですね。
黒川 先ず皆さんにお聞きしますが、今、iPhoneを知らないという人は、殆どいないでしょう。そのiPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズは、大学を中退しています。理由は、必修科目に疑問を持ったからです。ここから見えてくるのは、「大学に行くかどうか」ではなく、「大学で何を教えているのか」という問題です。日本の大学は、知識を詰め込み、正解を如何に早く出すかという訓練に偏っている。しかし、本来、高等教育が担うべきなのは、「何故そうなるのか」を自分の頭で考える力を育てる事です。ところが、エリート大学になる程、知識量や処理速度に優れた学生を量産している。それでは、何れAIに太刀打ち出来なくなるでしょう。又、日本では、大学に入学してしまえば、必ずしも高い負荷を掛けなくても卒業出来る。本を殆ど読まない学生も増えています。一方、ハーバードやプリンストン等の米国トップの大学では、プラトンやアリストテレス、マキャヴェリ、マルクス等の古典を徹底的に読ませる。授業の大半は、その内容を巡る議論です。本を読んでいなければ、議論に参加する事すら出来ない。英国のオックスブリッジに留学経験の有る人に聞くと、毎週の様に十冊前後の文献の精読が課され、自分の考えを手書きで纏め、チューターの前で議論する為、「あれ程深く思考を使った経験は無かった」と皆口を揃えます。知識を用いて議論し、考え抜く。これこそが高等教育です。知識を蓄える事に終始してきた日本人が思考の訓練を積んできた海外の真のエリートと容易に渡り合えないのは、その差に他なりません。
——「考える力」、特に「Whyを問う姿勢」は先生が一貫して強調されています。
黒川 便利な時代になり、答えは幾らでも手に入る。でも、その分、自分の頭で考えなくなった。何故同じ島国なのに日本語ではなく英語が世界公用語になったのか。何故原爆は1度ではなく2度落とされたのか。こうした問いを、自分の頭で掘り下げる事が重要です。私は毎週金曜日の夜に、電気を落とし、情報を遮断して考える時間を作っています。考えるとは孤独な作業です。しかし、自分の頭で考えないと、本当の答えが出ません。
——定年を前に、拠点を東京大学から東海大学へ移されました。どの様なお考えが有ったのでしょうか。
黒川 14年余に亘るアメリカでの大学生活を経て、本拠としていた東京大学を、定年を1年残して離れ、東海大学で医学部長を務める事にしました。理由は明確で、教育に本気で向き合いたかったからです。そのまま在籍していれば、公的病院の院長といった道も有ったかも知れません。しかし、アメリカで幾人ものロールモデルに出会い、又、多くのメンターに育てられた経験から、私はどうしても教育の現場に身を置きたいと考える様になりました。教育の基本は、恩返しです。若い人には、自らのロールモデルを見つけ、「こういう人になりたい」という具体的なビジョンを持って欲しいと思います。
——大学改革の要諦は何処に在るとお考えですか。
黒川 先ずはガバナンスの改革です。日本の大学は、意思決定があまりにも内向きで、同質的な人間だけで物事を決めている。これでは変わり様が有りません。大学の意思決定機関に、積極的に外部の人材を入れるべきです。例えば、女性と外国人を半数程度入れる。それだけで、議論の質も意思決定のスピードも劇的に変わります。多様なバックグラウンドや価値観が入る事で、「何故それをやるのか」「それは世界で通用するのか」という問いが、自然に突き付けられる様になります。もう1つ提案したいのが、長い人生の内、自由な大学時代に1年間でも海外に出る「休学の勧め」です。義務化してもいい位に考えています。留学をしてもいい、ボランティアをしてもいい、何もしなくてもいい。大切なのは、自分の目で世界を見る事です。世界には多様な価値観が在り、自分の常識が必ずしも世界の常識ではないと気付く事が、若い時期には何より重要です。
——医学教育に関しては如何でしょう。
黒川 医学教育に限って言えば、「メディカルスクール」の推進について論議すべきです。国民にとって本当に重要なのは、単に医師の数が増える事ではありません。質の高い、優れた医師が増える事です。専門知識だけでなく、社会経験や多様な経歴、高い目的意識を持ち、総合的な判断が出来る医師を育てる必要が有ります。カナダや米国では既に定着し、オーストラリアや韓国にも広がっている「メディカルスクール」は、医学部卒でなくても、大学卒業後に4年制の医科大学院に進学し、医師を目指す制度です。日本でも是非推進すべきであると考えています。



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