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未来の会

「明確な像」を結んでいない菅首相の社会保障政策

「明確な像」を結んでいない菅首相の社会保障政策
どういった政策を打ち出すのか、厚労省は戦々恐々

菅義偉首相は国政全般同様、社会保障政策についても「不妊治療への保険適用」や「オンライン診療の恒久化」等、個別政策による一点突破を図る「菅流」を貫いている。ただ、政策の全体像は安倍晋三前首相が掲げた「全世代型社会保障」の継承と「自助、共助、公助」程度と曖昧で明確な像を結んでいない。

 9月27日、東京都千代田区の都市センターホテルであった公明党大↘会。連立与党のパートナーとして来賓に招かれた菅首相は、あいさつで自民党総裁選の公約に掲げた不妊治療への保険適用に触れ「公明党女性局の皆さんから強い要請を受けていた。出来るだけ早く保険適用し、それまでの間は助成金を思い切って拡大したい」と強調した。

 首相は組閣当日の閣僚呼び込み時だけでなく、担当大臣を首相官邸に順次呼び付け、公約に並べた個別政策の実現を迫っている。再登板となった田村憲久・厚生労働相は組閣翌日の17日午後、急きょ電話で官邸に来るよう言われ、新型コロナウイルス感染症対策等とともに、「不妊治療への保険適用を急いでくれ。とにかくスピード感をもってやってほしい」と指示を受けた。

 2019年の出生数は約86・5万人まで落ち込んだ。前年より5万3000人余の減少だ。首相は高額な不妊治療への保険適用を求める声が少なくない事を受け、総裁選の公約に盛り込んだ。現在も排卵誘発剤の使用等一部では保険が適用されているものの、顕微授精や体外受精等は適用外。個人の負担が数百万円に及ぶ事もあり、重い負担に苦しむ当事者らは歓迎の声を上げている。

 それでも厚労省は早期の保険適用拡大には慎重で、自民党厚労族幹↖部の田村氏も足並みをそろえている。公的医療保険は病気や怪我の治療への適用が原則で、不妊治療のどこまでを保険適用対象とするのかは判断が難しい。また、個別の治療実績等参考になるデータは公表されておらず、治療を受ける側には医療機関を選択するための情報が乏しい。中にはビジネス目的で参入し、収益確保に躍起の施設もある等医療機関も玉石混交だ。同省は保険適用を1〜2年先とし、当面は助成の所得制限緩和等で対応する意向を固めている。

首相は「自助」口にする自己責任論者

 首相は「秋田出身の苦労人」を売りにする一方、「まずは自助で」と口にする冷徹な自己責任論者でもある。官房長官時代から主張していた不妊治療支援はともかく、厚労省官僚は首相がどういった社会保障政策を打ち出してくるのか戦々恐々としている。

 首相は05年、規制緩和による経済成長を唱える経済学者、竹中平蔵・総務相(現・パソナグループ会長、慶應義塾大学名誉教授)の下で副総務大臣を務めた。「自助努力による競争社会の実現」という竹中氏の志向に共感し、規制緩和や構造改革が政界でのし上がる「手段」になる事も心得た。06年、当選4回で副総務大臣から総務相に昇格し、頭角を現すようになる。総務相当時、同省幹部は菅氏と地方交付税に関する議論をする中で、「田舎の小さな学校にまで立派な体育館があるのはおかしい。交付税制度の歪みだ」と言われた。幹部が「小規模校でも他の学校と平等の施設を整備するための交付制度です」と説明しても、最後まで納得しなかったという。

 竹中氏と国家戦略特区の導入に奔走してきた菅氏は、規制緩和にも熱心だ。田村氏には不妊治療への保険適用とともに、「オンライン診療の恒久化」を強く指示した。

 日本医師会の中川俊男会長は早速、初診からオンライン診療が認められた経緯について「コロナ対策という緊急時の要請として、対面(診療)原則の時限的緩和」と反論。医療の安全性・有効性を確認する必要性を指摘した。しかし、首相は「やれる事は何でもやる」と意に介していない。

 厚労省は官房長官だった菅氏がリードした16年の「4大臣合意」で、薬価の毎年改定を飲まされた。首相は厚労省再編にも意欲を示しており、同省幹部は「本気で言っているなら、大変な事になる」と警戒感を露わにする。

 ただ、個別具体策には熱心な首相も、日本の社会保障制度をどう持続可能なものにしていくかという点には口をつぐんでいる。総裁選の最中、一旦は「人口減少は避けられず、行政改革を徹底して行った上で消費税は引き上げざるを得ない」と社会保障財源確保のための消費増税に踏み込んだ。ところが自民党内からの反発を受けるや、「安倍首相は『10年ぐらい(税率を)上げる必要はない』と発言している。私も同じ考えだ」と即座に軌道修正を図った。

 コロナ対策を除くと、首相が抱える当面の厚労分野の課題は「全世代型社会保障」の仕上げとなる。「全世代型」では、社会保障の支え手を増やすべく、希望すれば70歳まで働けるよう企業に努力義務を課す方針を打ち出した。60〜70歳の間で選べる公的年金の受給開始年齢を75歳まで広げ、非正規で働く人の厚生年金加入を拡大した。

 残る宿題は「75歳以上の医療費窓口負担割合(原則1割)を一部2割へ引き上げる」方針を巡り、どういった所得範囲の人を対象にするか、だ。

 安倍政権は昨年暮れ、一定以上の所得がある75歳以上の人について、医療費の窓口負担割合を2割にアップする政策を打ち出している。政府はこの夏までに所得範囲を確定させる方針だった。それがコロナ禍で年末まで先送りされた事で、所得の線引きは菅政権に引き継がれた。

経済状況次第では社保改革は先送り

 そうした中、高い内閣支持率を受け、自民党内には衆院の早期解散論が浮上している。菅氏自身は「コロナ対策が優先」と打ち消しにかかっているものの、いずれにせよ衆院の任期まで1年。選挙は遠くない先に行われる。厚労省内には「コロナで今後景気が冷えることも踏まえれば、選挙前に所得の線引きをするのは難しいのでは」(幹部)との声も漏れる。

 22年から25年にかけては戦後ベビーブームの団塊の世代(47〜49年生まれ)が次々と75歳となり、社会保障費を圧迫する。その「25年問題」を見据えたのが「全世代型」の実現だった。だが、コロナ禍で落ち込む経済再生を最優先する首相は、年末の状況次第では社会保障改革の先送りも示唆している。

 危機は「25年問題」に留まらない。団塊ジュニア(71〜74年生まれ)が65歳以上となる40年頃、社会保障給付費(18年度121兆円)は190兆円に膨らむと推計されている。人口減少が加速し、社会経済を維持するための人手が極端に不足しかねない、「40年問題」が待ち受ける。

 にもかかわらず、菅首相は展望を示しておらず、消費増税についても「10年は引き上げない」とした安倍前首相の方針を踏襲した。構造改革の主張も個別政策に関するもので、国民に負担の必要性を訴え、痛みを伴う改革に取り組む覚悟は窺えない。

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