
医師免許は誰の為に在るのか
2025年10月31日付の読売新聞オンラインによると、がん治療・予防専門クリニックで医師免許が無いにも拘らず、患者169人に医療行為をしたとして、大阪市大正区の会社役員の男(66)が逮捕された。男は採用時、「京都大学医学部卒業」等、虚偽の経歴を申告していたという。無免許診療は医師法違反(無資格医業)で、言う迄も無く違法行為だ。
だが、或る医療関係者は「今日び有り得ない話ではない」と冷ややかに語る。背景に有るのは慢性的な医師不足と、業務量の過密化である。特に都市部のクリニックや自由診療系施設では、診療数の確保が経営上の最重要課題となっている。予約は詰め込まれ、診察は短時間化し、現場は常に回転を求められる。その中で、問診や説明、場合によっては判断の一部が医師資格を持たないスタッフに委ねられている事も有る。勿論、建前上は「最終判断は医師が行う」であり、カルテ上は問題無くとも、誰が何をしたのか、実のところは後からでは分からない。
こうした構造は、自由診療である美容医療の分野でより顕著だという。美容医療では、医師の診察前に治療内容が事実上決まっていたり、施術の大半を無資格者が担っていたりするケースについて、患者側からの相談が増えている。医師は最終確認者として名前を連ねるが、実際の現場では「関与の度合い」が曖昧なまま診療が進む事も少なくない。オンライン診療も例外ではない。形式的に医師が画面越しに登場するものの、実態としては無資格者が説明や対応を行い、医師の指示が十分に及んでいないケースが実際に報告されている。違法行為との境界は極めて曖昧だ。
無免許診療が発覚するのは、大抵トラブルが起きた後である。患者からの苦情、内部告発、或いは警察の捜査。冒頭の事件でも、矢面に立たされるのは無論、無免許者本人だろう。しかし、その人物が診療に関われる環境を許したのは誰なのか。管理体制なのか、経営判断なのか、それとも見て見ぬ振りをしてきた業界全体なのか。履歴書の肩書や「即戦力」という言葉に目が眩み、採用を決めてしまう現場が実際に存在したという事実は重い。仮に、患者の要望に応え、売上を落とさない為に現場が無理を重ねた結果として無免許診療が横行しているのであれば、それは決して偶発的な不祥事ではない。市民の命や健康を守る為の医師免許だが、守ろうとしているのは果たして何なのか。
医療従事者とSNSの危うい距離感
医療従事者によるSNS投稿が度々問題視されている。患者とのやり取りや職場での出来事を投稿した結果、個人情報漏洩や守秘義務違反を問われるケース等は後を絶たない。最近も医師や看護師の投稿が炎上し、所属機関が謝罪に追い込まれる事例が相次いだ。
例えば、関東の総合病院に勤務する看護師が、救急対応の多忙さを訴える意図で「昨夜も◯◯歳の患者が◯◯で搬送」と投稿したケースでは、個人が特定され兼ねないとして問題化。本人は「愚痴のつもりだった」と説明したが、病院は公式に謝罪し、当該職員はSNS利用を制限されたという。
別の事例では、美容医療に携わる医師が施術前後の写真を匿名で加工した上で投稿したところ、「説明不足」「誇大広告ではないか」と批判が集中。法的に直ちに違反と断定出来る内容ではなかったが、炎上を受けてクリニックは投稿削除と再発防止策の公表に追い込まれた。更に、地方の診療所に勤務する医師が、オンライン診療を巡る苦言をX(旧Twitter)に書き込んだところ、患者側から「診療内容を揶揄された」と抗議が寄せられ、院内で事情聴取が行われた例も報じられている。
表向きには「不用意な投稿」「倫理観の欠如」と整理されがちだ。確かに医療従事者には高い職業倫理が求められる。だが現場では、「あれは大丈夫なのか」「いつ誰が特定されてもおかしくない」という戸惑いの声も多い。匿名や伏字で隠したつもりでも、医療関係者のコミュニティは狭い。特定されないと信じているのは、大抵本人だけなのだが——。


LEAVE A REPLY