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未来の会

制限緩和で成否問われる「感染対策と日常生活」の両立

制限緩和で成否問われる「感染対策と日常生活」の両立

衆院選前に「コロナ対策の進展」印象づける思惑も

新型コロナウイルス対策として19都府県に出されていた緊急事態宣言と8県に適用されていたまん延防止等重点措置について、政府は9月末の期限で全て解除した。ただ、1カ月程度は行動制限を残し、段階的に緩和する。

 まだ「安全宣言」には至らない、でも経済回復に向けた「出口戦略」は示したい——。今回の宣言解除は政府・与党のこうした思いの中での苦肉の策だ。前のめりの姿勢からは、衆院選を控えて国民に「コロナ対策の進展」を印象付けたい政権の思惑も透けて見える。

 宣言解除を決めた9月28日。夜に首相として最後の記者会見に臨んだ菅義偉氏は「コロナとの戦いは新たな段階を迎える」と述べ、「今後は次の波に備えながら感染対策と日常生活を両立していく事が重要だ」と指摘した。

 また、菅氏はワクチンの効果に触れ、「明かりは日々輝きを増している」とも強調した。8月の会見でコロナ対策の先行きを「明かりは見え始めている」と発言して批判された事への反論だった。

 8月中旬をピークに、新規感染者数が急激に減ってきていたのは確かだ。

 それでも9月27日時点の「直近1週間の人口10万人当たりの新規感染者数」でみると、大阪府(29人)と沖縄県(44人)は従来の緊急事態宣言の解除基準「25人未満」に届いていない。

緊急事態宣言は見切り発車で解除

 ただし、政府は9月に入るや新規感染者数に関する解除基準を「2週間下降傾向」と曖昧な内容に変更し、解除に向けて動いていた。

 更に新たな解除基準では、新規感染者数よりも病床確保等、医療提供体制を重視するようにした。9月27日時点で、まん延防止措置の目安「病床使用率20%以上」の地域は13都府県残っていた。それにもかかわらず、「間もなくクリア出来る」(首相周辺)との見切り発車でこちらも全解除に踏み切った。

 後手後手に回ったコロナ対策を問われ、菅氏は首相退陣に追い込まれた。それだけに周囲には「『ウイズコロナ』に向けてやれる事を全てやって、次に引き継ぐ」と決意を示し、宣言の解除基準の緩和に加えて国民の行動制限緩和も打ち出した。

 具体的には飲食店に酒類の提供を認め、大規模イベントの人数制限も緩める。11月をめどにワクチン接種済みかPCR検査で陰性なら感染リスクが低いとみなす「ワクチン・検査パッケージ」を導入し、再び緊急事態宣言等が発令されても規制緩和を続けられるようにする意向だ。

 手始めとして、まずは飲食店の営業時間を延長する。第三者認証店は午後9時、非認証店は午後8時までとし、知事の判断で酒類の提供を認める。また、イベントは1カ月の経過措置として、定員の50%または1万人を上限に客を入れる事を可能とする。

 10月からは接種・陰性証明を活用し、飲食店やイベントで感染状況を追跡する実証実験を実施する。

 「行動制限緩和ありき」にも見える政府の姿勢には、与党内からも「菅氏の任期内の宣言解除を意図したものだ」との声が出ている。自民党や経済界からは社会経済活動の早期再開を迫られていた事情もあり、「衆院選対策」との見方も根強くある。

 行動制限の緩和には、専門家からも「リバウンドを招く」との異論が噴き出した。とりわけ緊急事態宣言対象だった19都府県に関し、まん延防止等重点措置を素通りして全面解除した事には強い異論が出ている。

 9月28日の政府の基本的対処方針分科会では、日本医師会理事の釜萢敏氏らが「急に何でも大丈夫という誤ったメッセージとなって伝わり、感染者が増えかねない」と懸念を表明。「対策は不要」という印象が広がるとして、一部にまん延防止等重点措置を残すべきだ、との意見が飛び出した。

 政府は専門家に配慮し、行動制限緩和策の原案にあった「GO TO トラベルの再開」等の表記は削除していた。

 だが、菅氏は周囲に「明らかにワクチン効果で感染者は減っている」と言い、「感染対策と日常生活を両立させていく事は可能だ」と一律の全面解除だけは譲らなかった。

宣言解除によって強制措置は不可能

 慎重派の専門家と首相との間で板挟みにあった同分科会の尾身茂会長は28日の分科会終了後、「段階的緩和」が出席者の総意だとして、「一遍に全てのガードを下げるのではなく、段階的に緩和する事を条件に解除を了承した」と語った。

 とはいえ、「感染対策と経済回復の両立」が見通せているわけではない。

 宣言地域では酒類提供を一律に禁止し、従わない事業者には新型コロナの特別措置法に基づいて命令や過料を掛ける事が出来た。それが宣言解除によって強制措置は不可能になり、「知事が必要な協力を要請出来る」だけとなった。宣言下ですら酒を提供する店が後を絶たなかったのに、果たして歯止めは掛かるのか。

 9月3日の同分科会では京都大の古瀬祐気准教授が「8割以上がワクチン接種を済ませてもコロナ前の生活に戻れば1シーズン(150日)で10万人以上の死者が出る」との試算を示している。

 また、東京都内の病院長も「決して収束していない。人流が増え、再び感染が拡大するのでは」と話す。

 衆院選で政府のコロナ失政を際立たせたい野党も強硬で、立憲民主党の枝野幸男代表は28日の党会合で「これまでも早過ぎる解除でリバウンドを繰り返した」と批判を強めた。

 政府は重症化予防を期待出来る「抗体カクテル療法」を往診でも使える体制を整えたり、ワクチンの3回接種を検討したりする事で、「第6波」に備える。

 9月29日投開票の自民党総裁選では、「ポスト菅」に岸田文雄元外相が勝ち名乗りを上げた。岸田氏は首相に就任した10月4日の記者会見で「新型コロナとの闘いは続いている」と強調。コロナ対策を最優先課題に位置付けるとし、「ワクチン接種や医療体制の確保について、対応策の全体像を早急に示すよう関係閣僚に指示した」と語った。

 首相は総裁選の公約に「健康危機管理機構」の設置を掲げた。しかし、これは仮に実現するとしても時間を要する。

 これから感染が広がりやすい冬場に向かう中での行動制限緩和には、政府も不安を拭えていないのが実情だ。

 9月に入ってからの新規感染者数の急減の理由が必ずしも明確でない事も懸念材料の1つ。宣言解除に際し、田村憲久厚労相(当時)は思いを正直に吐露している。

 「理由がよく分からず感染者が減っている。という事は、また増えてくる可能性があるという事だ」

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