
Vol.1岡山大学病院(岡山県岡山市)
岡山大学病院では、育児休職後の女性医師らの復職を支援し、女性も働きやすい職場環境の整備を進めている。どの様な支援策を講じているのか、前田嘉信病院長と、制度を利用して復職した藤井智香子医師に話を聞いた。
——「キャリア支援制度」とはどの様な制度ですか。

前田 私達の病院では、2007年度に地域医療等社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム(医療人GP)に採択され、女性医師の柔軟な働き方を実現するプロジェクトを開始しました。現在は県の委託事業の「MUSCATプロジェクト」として継続しています。キャリア支援制度はプロジェクトの一環として07年から始まり、当初は通称「女性支援枠」と呼んでいたのですが、10年度からは男性も対象にしています。出産や育児、介護等の理由で、仕事を諦めてしまう事が無い様、勤務調整をしながら働ける様にしました。残業の免除や時短の制度は一般企業にも有りますが、職場の同僚に負担を掛けてしまい、利用し辛いという声も聞きます。そこで、制度の利用者は「医師支援枠」として医局の定員とは別枠にし、支援枠の医師は医局に追加で配属する形にしました。これであれば、医局の他の医師の負担が増える事もなく、支援医師を受け入れられます。
——具体的にどの様に運営されているのでしょうか。
前田 キャリア支援枠とキャリア支援コースが有ります。キャリア支援枠は1日の勤務時間や週の勤務日数を柔軟に調整出来る様にして、当直や呼び出しの免除も可能にしました。原則として育児の場合は小学6年生までの3年間、介護の場合は3年間利用出来ます。キャリア支援コースは臨床5年未満の医師が対象で、週31時間勤務が出来ます。
——ワークシェアリングの制度も有ると聞きました。
前田 医師1人分の勤務の枠を複数人で分担するというもので、例えば週2日なら勤務出来るという医師と、週3日勤務出来るという医師が、2人で週5日勤務するといった制度です。この制度の利点は、利用者が複数の場合でも、1人分の勤務をシェアしている為、病院側では人件費を増やさずに医師を確保出来る点です。制度設計を検討した当時も、「勤務する人材は増えても人件費は増えない」という点は、周囲を説得し易かったのではないかと思います。
——利用者数はどの位になりますか?
前田 医師支援枠の利用者は、開始以来、昨年度迄で203名です。現在は男性も利用可能で、これ迄に4名が利用しました。今年3月時点での利用者は男女合わせて27名です。今年度は新たに10名が対象者となり、昨年度からの継続利用者と合わせて33名となります。
——開始当初の周囲の反応は如何でしたか。
前田 日当直が免除されると言っても、別枠ですから、直接、他の医師の負担が増える訳ではない。寧ろ、この制度が有る為に、働いてもらえる人が増えるのは有難いとプラスで受け止めてくれる人が多かった様に思います。その点は非常に有難い事でした。
——医師を始め女性の医療従事者への支援は、採用にも良い影響を及ぼしているのでしょうか。
前田 元々、制度を作ったのは大学の為ではなく、広く女性医療従事者の復職を支援したいという考えからでした。ですから、利用者は、県外など岡山大学とは無関係だった人でも良く、制度を利用した後、病院に残らなくても良い。復職したいけれど、いきなりフルタイムの勤務は難しい、現場を離れていて技術や知識に不安が有る——といった人達に岡山大学で学び直して貰い、不安を解消して欲しいというのが趣旨であり、実際に、一時的に岡山大学病院で勤務した後、直ぐに一般病院に移られる方もいます。女性を中心に広く開かれた制度ですが、結果として優秀な人材が多数岡山大学と関わりを持ってくれていると思います。
——岡山大学病院独自の取り組みとして、女性の働き易さに繋がる施策は他にも有るのでしょうか。
前田 岡山大学病院だけの取り組みではありませんが、医師が本来の診療に専念出来る様な環境作りに取り組んでいます。例えば看護師であれば、抗がん剤の静脈投与で一定の技術を持つ看護師を「IVナース」として院内で資格認定しています。これ迄は静脈への穿刺は必ず医師が行う事にしていたのですが、認定看護師も出来る様にした。そうする事で医師の負担が減るだけでなく、看護師や患者も医師を待つ必要が無くなり、効率的に業務を進められます。この様に薬剤師や診療放射線技師らにも、少しずつ権限を渡して自発的に動いて貰っています。そうする事で、医師もライフワークバランスを両立し易くなり、他の医療スタッフもやりがいを持って働ける様になります。次の段階として、資格を給与に反映させる仕組みも導入して、より働きがいの有る職場にして行きたいと思っています。
——そうした取り組みが働く女性を増やして行く事に繋がって行くのですね。
前田 女性職員を増やすだけでなく、女性管理職も増やしたい。その為には、女性特有のライフイベントに寄り添う必要が有る。又、心理的安全性の確保も重要だと思っています。病院では、時に医師に対して助言し難い雰囲気が有って、特に医師以外の人は医師に対して「先生、それはおかしいです」と言い難い。でも、おかしな事を「おかしい」と指摘するのは、働き易さだけでなく、医療安全上も非常に重要です。この為、管理職には心理的安全性の確保について、絶えず職場内を振り返る様求めています。
——今後、女性支援をどの様に展開して行きますか。
前田 支援制度を利用した医師が、キャリアアップして行ける取り組みが必要だと思っています。現状は、やはり女性管理職が少なく、支援制度を受けた人の多くが指導的な立場になって活躍するというところ迄は行っていない。女性医師の比率の多い医局も有りますから、そうした場所では女性管理職を増やして行かなければならない。女性に対する支援を、女性がリーダーとして活躍出来る環境の実現に繋げて行きたいと思っています。
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誰もが仕事で消耗せず、プライベートを安定させられる働き方を

藤井 智香子 医師
小児科に勤務していた2009年に第1子を出産し、その際、上司に声を掛けて頂き支援制度を利用する事になりました。当初は大学病院に復帰するつもりがなかった為、大変驚いたのを覚えています。当時、子育て中の女性医師は殆どおらず、時間外対応は勿論、重症患者の多い小児科での復帰には不安も有りました。しかし、支援制度を利用すれば臨床と研究の両立が可能と知り、思い切って利用を決めました。
復帰後は臨床に取り組みながら、小児心身症の認定医資格を取得し、論文執筆にも挑戦出来ました。その後、第2子出産時にも同制度を活用し、キャリアを継続出来ました。こうした経験の中で、上司から「もっと専門分野を深めた方が良い」と助言を頂き、現在では学会のガイドライン作成にも関わっています。MUSCATプロジェクトの責任者として、家庭と仕事の両立を目指す方々から相談を受ける立場も務めています。
現在強く感じているのは、「制度を利用する医師」だけでなく「全ての医師」がプライベートを大切に出来る仕組みが必要だという事です。安心して育児と仕事を両立出来る環境が有るからこそ、より仕事に集中し、それがキャリアにも良い影響を与えていると実感しています。今後は誰もが無理なく家庭と仕事を両立出来る様になって欲しいと願っています。そして、支援制度を利用して活躍する医師が増える事で、「私も同じ様に働きたい」と思う後輩も現れるでしょう。そうした働き方が“当たり前”になる様、今後も力を尽くして行きたいと思っています。
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