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未来の会

第一三共、株式市場の熱狂でもかき消せぬ「不安材料」

第一三共、株式市場の熱狂でもかき消せぬ「不安材料」
米製薬大手参入で看板の抗体薬物複合体市場も「激戦」

これだけ外部の評価が変わった会社も珍しい。国内製薬大手の第一三共の事だ。

 2000年代前半に業界大再編に先んじたが、インド後発品大手買収で大怪我を負い、その後の業績も停滞。長く負け組の烙印を押され続けてきたのは、遠い昔の事ではない。

 それが、ここ2年で株価は2倍に上昇、時価総額は中外製薬に次ぐ業界2位に。株価が利益の何倍かを示す予想株価収益率はベンチャー株かと錯覚する110倍超に達する。

「エンハーツ」が大型薬に? 

 これは第一三共のぶち上げる「がんに強い先進的グローバル創薬企業」への変身に対する投資家の期待の高さの反映だ。第一三共が成長の起爆剤として注力する、独自の抗体薬物複合体(ADC)ががん治療の大型薬に成長すると見ているのだ。

 ADCはがん細胞に発現する標的因子に結合する抗体と、がんをやっつける低分子薬物をリンカーで繋いだ薬だ。がん細胞にピンポイントで薬効の強い薬剤を届けられるため、正常細胞への薬物暴露を減らしつつ効果を高められる。

 05年の世界初承認後は停滞が続いたが、リンカー等の技術進歩もあり、18年前後から開発が加速、承認薬も増え注目が高まっている。 第一三共のADC旗艦薬は「エンハーツ」。多種のがんで発現するHER2を標的にする抗体と独創低分↖子薬物をリンカーで繋げている。人に投与する臨床試験(治験)でも、中期段階のP2のデータながらその高い有効性が評価され、米食品医薬品局(FDA)が乳がん患者の3次治療(前に薬剤投入等2つの治療を受けた患者向け)適用で19年12月に承認した。申請からわずか2カ月、異例の迅速承認だった。その後、日本、欧州で承認が続いた。

 エンハーツでは19年3月に英アストラゼネカ(AZ)と共同開発・販売で業務提携した。一時金約1500億円と開発・販売関連収入の合計は最大約7600億円だ。

 20年7月には同じAZとの間で、TROP2というHER2とは別のがん標的を対象にしたADC「DS-1062」でも、最大約6300億円を受け取る大型提携を結んだ。

 巨大市場である米国、欧州、中国での第一三共の販売力はぜい弱だ。この提携によって、AZの強い販売力でその穴埋めが可能になる。開発に成功すれば、大型薬に育つまでの速度も可能性も上がるわけだ。

 エンハーツやDS‐1062、更にはHER3標的の「U3‐1402」が第一三共の誇るADC3兄弟。他の開発品を入れれば、治験段階のものだけでも6つに達する。

 この開発には多くの金や人材が必要だが、2つの提携大型品にAZの金と人を動員出来れば、第一三共が他の開発に回す余力は増し、ADC全体の開発も更に加速出来る。

 第一三共は25年度にADCや白血病等がん治療薬の売り上げ目標5000億円を標榜。そのために、22年度までの5年間でがん分野を重点に1兆1000億円の研究開発費を投入する計画だが、今期予想営業利益600億円の会社としてはAZとの提携は不可欠だったとも言える。

 提携後のADC3兄弟の開発は猛加速する。21年1月時点で初期治験P1が12、中期P2が11、最終P3も7つ試験が走る。3カ月間で開始決定と開発予定の試験は12増えた。

 医薬品調査会社のエバリュエートは19年6月のレポートで、エンハーツの正味現在価値評価額を約1兆円と推定して話題になった。

 エンハーツの売り上げは、19年度の32億円から20年度は349億円に急伸する見込み。齋寿明副社長は1月末の決算説明会で「米国は好調」と自信をのぞかせる。

 ただADC依存の大きさは、逆に不安材料でもある。ここでの成否が会社の命運を左右しかねないからだ。21年前半には3次治療、2次治療適用でのP3のトップラインのデータが出る。ここで良好な奏効率61%を出し、先の乳がん迅速承認をもたらしたP2同様に良好な有効性を示せれば、患者に最初の薬を投与出来、対象患者数も大きくなる1次治療での成功期待値も上がる。

 一方、失敗すれば、期待もはげ落ちかねない。エンハーツでは2次治療で承認済みの胃がん、市場の大きい未承認の非小細胞肺がん等様々な適用拡大を狙う治験が進む。もう一つの提携プロジェクトのDS‐1062、更にU3‐1402でも同様に数多くの治験が走る。

 問われているのは、こうした治験でP2、P3と段階が進んでも、初期同様に良好な結果を示し続けられるかであり、その検証はこれからが本番という事だ。

 スイス・ロシュのADC乳がん薬「カドサイラ」は現時点で最も強力な先発競合品だが、がん分野では特に強みを持つロシュでもその売り上げは未だ2000億円を割る。治療がうまくいかず、1次治療の適用がないためだ。

 このライバルを凌駕出来るかを見る上では、カドサイラとの比較も行う2次治療向け治験結果がどう出るか等にも注目が集まる。

 膨らむ期待通りの実力があるかどうかを見極められるのは、冷静に考えればその後だろう。

 ADC市場の競争は激化している。強力な競合相手の米シアトルジェネティクス(シージェン)は、武田薬品工業と提携してホジキンリンパ腫治療薬「アドセトリス」を、アステラス製薬との提携では尿路上皮ガン治療薬「パドセブ」を承認・販売入りさせたADCの第一人者。

 20年9月には米メルクとの間で一時金を含め最大4400億円(ADCのみの金額)の大型提携を発表、乳がん向け等ADCを開発する。

 同じ9月には米ギリアドも米イミュノメディクスの2兆円超の買収を発表した。イミュノメディクスが持つ、20年4月に迅速承認されたADC乳がん薬「トロデルビ」をはじめ、卵巣がん、尿路上皮ガンも含む8つのADC治験を進める。巨人連合とのガチンコ勝負がこれから本格化する。こうした事情は既に第一三共の戦略にも影響を与えている。前述したAZとの昨年7月のDS‐1062の提携だ。イミュノメディクスのトロデルビはTROP2標的という点でDS‐1062と正面衝突する。

 しかも、昨年承認済みのライバルに対し、対象ガン種は非小細胞肺がんで異なるが、P3入り寸前のDS‐1092は遅れをとる。「自社単独開発も考えていた」(眞鍋淳社長)第一三共がAZ提携に傾いた大きな理由はここにある。

見えぬ「国内再構築」の行方

 熾烈なグローバル開発競争の行方に加え、第一三共には不安がもう1つある。比重が大きい国内事業の再構築不足だ。国内市場は縮小圧力は高まる一方だ。   

 その国内MR(医薬情報担当者)数推定2200人は業界最大級。国内営業最強を謳う第一三共でも過大感があるが、数年前ほのかに見えた本格リストラは消えた格好。業界最大手の武田薬品工業や業績絶好調の中外製薬が国内希望退職を募ったのと好対照だ。

 一時浮上した大衆薬事業の売却も、その後動きが見えない。国内事業の再構築なしに国際競争力の保持が可能なのかどうか、経営陣からの明確な説明はほとんど聞こえてこない。株式市場の熱狂に、構造改革の遅さが隠されているが、懸念する声が根強くある事も確かだ。

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