
医療財源の再設計と地域医療構想の再構築を考える
少子高齢化と労働力人口の減少によって、社会保障制度の維持が一層難しくなるとされる「2040年問題」。そのタイムリミットが刻一刻と近付いている。
厚生労働省の推計では、2040年には総人口の約35%が65歳以上となり、所謂団塊ジュニア世代が高齢期を迎える。この事が高齢者医療制度に与える影響は甚大である。
国民皆保険制度が創設されたのは1961年。当時の制度設計者も、2.00だった合計特殊出生率が、60年余りで1.15迄低下する未来は想定外だったに違いない。しかし、出生率が今後急速に上昇するとは考え難く、少子高齢化が進む未来に向けて制度を変えて行く必要が有る。
こうした問題を議論し解決策を探ろうと、特定非営利活動法人「地域医療・介護研究会JAPAN(LMC、理事長:金子隆昭)」は9月20日、「2040年の日本に向けて〜国民皆保険制度は守れるか?〜」をテーマに第13回研究集会を京都市で開催。遠藤久夫学習院大学学長が基調講演に、相澤孝夫日本病院会会長が特別講演に登壇し、医療制度改革の方向性をそれぞれの立場から提言した。
保険料による医療体制維持の限界が近付く
医療経済学の専門家として厚労省社会保障審議会の会長も務める遠藤氏は、現行制度の限界を踏まえ、「後期高齢者の自己負担率や保険料は既に段階的に引き上げられてきたが、今後更にどの層にどの程度の負担を求めるかは世代間の公平性の観点から避けて通れない議論だ」と指摘した。
遠藤氏が最も懸念するのは、25年から40年に掛けて進む生産年齢人口の減少である。総務省の推計によれば、15〜64歳の「生産年齢人口」は25年の約7310万人から40年には約6213万人へと約15%減少する見込みだ。
一方、65歳以上は約3653万人から約3928万人へと増加する。そこで、「この構造的な人口変化の中で、社会保険制度を現行のまま維持する事は理論的に不可能だ」と述べ、制度設計そのものを見直す必要性を強調した。
現行の後期高齢者医療制度は、保険料が約5割、公費が約4割、自己負担が約1割で賄われている。しかし、「支える側が急速に減る中で、単純な率の上げ下げによる調整には限界が有る。財源論から制度論へと議論を移すべき時期に来ている」と訴えた。
又、医療費の増加は単純な「膨張」ではなく、質の維持と効率化の結果であるとも言える。23年度の概算医療費は対前年比で全体2.9%増、75歳以上の高齢者4.5%増、非高齢者1.7%増だが、1人当たりに換算すれば高齢者0.9%増と非高齢者(2.9%)を下回る。「母数が増えれば総額は当然増えるが、医療機関が懸命に効率化しながら質を落とさずに提供している証左でもある」と評価した。
しかしその裏では、赤字に陥り苦しい経営を強いられている医療機関も少なくない現実が有る。厚労省の「医療法人経営情報データベースシステム(MCDB)」によると、23年度の病院の医業利益は半数以上の55.2%が赤字であった。物価高や人件費上昇といった不確定要素が重なった結果だが、このままでは質の高い医療を維持しようとする努力そのものが、何れ持続出来なくなると警鐘を鳴らした。
この様な現状を踏まえ、遠藤氏は「保険給付の縮小が議論される可能性は有る。その際、何を守り、何を再編すべきか──特にプライマリーケアの領域を何処まで維持するのかが今後の焦点になる」と述べた。
高齢者医療の負担をどう設計するかについては、「所得のみならず、金融資産や相続等も含めた新しい負担の在り方を検討すべき時期に来ている」とし、「年齢ではなく経済力・健康状態・就労の有無といった“個人の実態”に応じた保険料・自己負担の仕組みを設けるべきだ」と述べ、社会全体の構造転換を促した。
医療費の増大を単に「問題」と捉えるのではなく、社会全体で如何に分担し、持続可能な形で支えていくか。その設計を見直す事こそが、「2040年」へ向けた最大の課題である。制度は時代に応じて変わり得るが、国民の信頼を基盤とした医療の理念だけは揺らいではならない。残された15年は、その信頼を次の世代へと繋ぐ制度改革の時間でもある。
人口の地域差に合わせた日常生活圏の医療が鍵
一方、日本病院会会長であると同時に社会医療法人財団慈泉会の理事長を務め現場の経営にも携わる相澤氏は、「あくまで私案ではあるが」と前置きした上で、従来の医療圏制度を見直し、地域の人口変動に応じて病院の役割を明確化し、地域連携の強化を新たに構築すべきだと述べた。
人口変動の構造には地域差が大きく、これが医療改革を複雑にしている要因の1つである。相澤氏は、地域を①大都市型、②地方都市型、③過疎地域型の3つに分類し、それぞれで人口構成と医療ニーズの姿が全く異なると指摘した。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、20年と比較して40年に人口が増えるのは東京都のみであり、東北地方では約4割もの減少が見込まれる県も在る。大都市型では高齢者が増える為医療需要が高まり、地方都市型では高齢化の進行とともに生産年齢人口の減少幅に地域差が生じる。過疎地域型では人口減少に伴い医療需要そのものが低下する。
相澤氏はこうした現状を踏まえ、過疎地域型が都道府県の定める「地域医療構想区域」の内、半数を超える54.6%を占めている点を指摘した上で、次の様に述べた。「医療需要の“内容”も“質”も変わっていく事を自覚しなければならない。これ迄は病院を増やし、ベッドを増やす事に力を注いできたが、人口密度が低下する地域で供給を維持すれば、当然ながら赤字を招く。量の拡大を続ける時代は既に終わっており、地域の需要と供給のミスマッチが生じていないかを、病院自らが冷静に見つめ直す必要が有る」。
その上で相澤氏は、現行の構想区域を見直し、自治体が定める「日常生活圏」に医療も含めて政策を再設計すべきだと提案した。人口変動に伴う医療ニーズの変化に合わせて入院・外来・在宅・救急といった各医療機能を、地域の実情に応じて配置を見直す必要が有ると述べた。特に外来と在宅については高齢化によってニーズの増加が見込まれる為、「かかりつけ医機能」を備えた診療所を日常生活圏内に設け、地域型病院と連携し、より専門的な治療が必要な患者は広域型病院が担うといった役割分担が重要だと強調した。
多職種連携で高齢者を支えられる体制構築を
高齢化社会に於ける医療で今後更なる発展が求められるのが多職種連携である。近年は85歳以上の入院患者が増え、入院時から介護を必要とするケースも少なくない。脳梗塞や心不全等、重い内科系の病気が増える年代でもある。
この様な高齢の入院患者を支える為に、相澤氏は「一般の医療は医師と看護師がいれば成り立つが、高齢者向け医療は介護福祉士や医療ソーシャルワーカー、リハビリ職等、チームで関わらなければ機能しない。“多職種で治す”と同時に“多職種で支える”医療が必要になる」と語る。
病院の統廃合や再編成も鍵となる。少子高齢化によって産科や小児科はニーズが減少し、地方では出産施設が無い市町村や分娩対応を中止する医療機関が増えている。こうした変化の中で、相澤氏は医療法で定められた従来の医療圏(1次・2次・3次)を見直し、地域型病院と広域型病院という新たな類型を設けるべきだと提案した。
「病院類型を医療法で明確化し、都道府県と病院が類型に応じた医療を提供する協定を結ぶ。その実行に対しては予算を立てて支援をする。今のままでは人口変化に対応する事が出来ない。この変わる世の中をどう乗り切って行くかとなった時に、自分の病院はこの地域で何を実施すべきか、何を辞めるのかを決断し、今こそ行動を起こすべき時ではないか」と強く提言した。
「2040年問題」は既に各方面で議論が進められている。しかし、残された時間は僅か15年。制度を変えるのは政策だが、医療は社会の変化に即して進化していかねばならない。未来の医療体制を、現場からも主体的に描く時が来ている。






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