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未来の会

コロナ下のリーダーとしての「教養」

コロナ下のリーダーとしての「教養」

特に医師達にぜひ読んでもらいたい本が出た。とはいっても、医学・医療の本でも、病院経営の本でもない。

 その本とは、『岩波新書解説総目録 1938-2019』(岩波書店)という。索引を入れると700ページ以上だが、1100円と手頃な価格だ。

 岩波新書は何冊か読んだという人も多いだろうが、1938年以来、3400点あまりが刊行されてきた。そのジャンルは歴史、科学、政治・経済、哲学からアート、ノンフィクションまで、多岐にわたっている。

 既に絶版になったものもあるが、それも含めて簡単な内容紹介を付けて総目録にしたのが本書なのだ。日本のこの80年の「知の歩み」が凝縮されたガイドブックといえよう。

 こうして説明してくると、「医師がなぜ本書を?」と首をかしげ、こう言いたくなるかもしれない。「毎日の診療とコロナの影響を受けた診療所の経営対策、そして専門医更新のための勉強で忙しいんだよ」。

 実は、本書はそういう多忙な医師にこそ、ぜひ手元に置いて時々パラパラ眺めてほしい本だ。

 この春からの新型コロナウイルス感染症の拡大によって、医療の世界の中心にいる医師は社会的に大きな注目を集めることになった。

 「症状は? 対策や治療法は? 検査はどうやれば受けられるの?」と多くの市民が情報を求め、医師のSNSアカウントにも質問が殺到した。

 それに対して、一部の医師達は感染症の知識や自身の見解を積極的に発信した。

 特に若い医師達はわかりやすい動画を作ったりイラストで図解したりし、「今の人達はすごいな。私の世代とは違う」と感心したことも少なくなかった。

  “SNS医師”という新しい専門家ジャンルが生まれた、ともいえる。

デマやフェイクに騙されないために

 しかし、そういった“SNS医師”達のアカウントで過去の発言、特に医学や医療以外の発言をたどってみると、「あっ」と声を上げたくなることがあった。

 残念なことに、社会や政治、歴史などに関してあまりに知識がなく、デマ情報を簡単に信じている人達がいたのだ。

 思わずSNS越しに「先生、今引用したそのサイトは悪質なデマで有名なところですよ」と話しかけてしまったこともあったが、「あなただって歴史の専門家ではないでしょう」などと信用してもらえなかった。

 それにしても、医療についてはこれほどよく知っており、海外の文献も読むなど勉強熱心な医師が、それ以外の分野についての知識が、なぜこれほどまでに欠けているのだろうか。

 そう思っていたら、ある時、同じ思いを抱いたと思われる人が、SNSにこんな内容の投稿をしていた。

 「医者が世間知らず常識知らずになるのは、専門家として当たり前かもしれないけど、彼らがちょっと政治や経済や社会問題を勉強しようと手を伸ばしたところにあるのが、今はデマサイトやフェイクニュースなのではないか」

 それを読んで、「なるほど」とうなずいた。

 私が若かった頃は、忙しい臨床の合間に社会的な問題や歴史、医学以外の科学に少しでも関心が向いた時、一番身近にあるのは岩波新書、中公新書のような新書だった。

 図書館まで行く時間がなくても、新書なら駅前などの大きな書店にはたいてい売っている。アルバイトで当直病院に行く時は、いつもバッグに様々なジャンルの新書が入っていた。

 専門書より気軽に読めて、基本的な知識が書かれている新書は、良い気分転換になるのだ。小説のように「読み始めたら止まらない」ということもないから、当直室で少し読んでは病棟からの呼び出しで中断、という読書に適していた。

 しかし、今はどうだろう。

 若い医師達は当直室で時間がある時、何をしているのか。

 おそらく勉強しているか睡眠時間を確保しているか、さもなくば、スマホやタブレットでネットを見ているのではないか。

 そうなると、例えば、ふと「アイヌ文化ってどんなだろう」と思ってネットを検索をすると、「アイヌ民族などもういない、今アイヌを名乗っているのはなりすましだ」といった煽情的なフレーズが書かれたデマサイトが真っ先に目に入る。

 予備知識なくそういった情報を見ると、「そうだったのか」と思わず信じてしまうかもしれない。

 もちろん、新書に書かれていることは真実で、ネットにあることはすべて嘘、と言いたいわけではない。

 ネットにもファクトを重んじた良心的なサイトもあれば、新書の中にも売り上げ目的なのか、エビデンスもないままに大胆な仮説がつづられたものもある。

 とはいえ、老舗出版社の新書の内容は、それなりにその分野では定説になっていたり学術的にも裏付けがあったりする、と思ってよいのではないか。

「物知りドクター」を目指せ

 今回、紹介した新書解説目録は、そういう意味で「現在の学術的な常識」が網羅されているといえる。

 それぞれの数行の解説を見るだけでも、「なるほど、中国近代の知性をひとことで言えば、『儒教的世界観と西洋知の接続』なのか」「空海思想の基本概念は、『風雅・成仏・政治』か。なんだか現代的だな」と知識が増える。

 さらに「サルトルか。名前は知ってるよ。へえ、『時代に〈参加〉することを、〈人間〉とは何かを問い続けた』のか。この新書、ちょっと読んでみようかな」と実際に読みたくなる本にも出会えるに違いない。

 医師は、自分が望むと望まないとにかかわらず、このコロナの時代を導くリーダーであることは間違いない。そういう時だからこそ、ぜひ幅広く、そしてなるべく正確な知識と教養を身に付けてほしい。

 もうちょっと下世話な話をすると、「さすが、なんでも知ってるね」と患者さん、職員あるいは子どもや孫に言われたら、やっぱりうれしいではないか。

 ぜひ、本当の意味での「物知りドクター」を目指してください。

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