
2013〜15年、国が生活保護基準額を引き下げたのは違法だとして、受給者等が減額処分取り消し等を求めた大阪、愛知の2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は国の対応を「違法」と断じた。処分を取り消された側の厚生労働省からは「想定されたとはいえ、影響が大き過ぎる」(幹部)との呻き声が聞こえてくる。
「違法性が認められた」
「司法は生きていた」
6月27日午後。勝訴に沸く原告団の様子を中継するテレビ画面を見やりながら、基準額を引き下げた当時の厚労省幹部だった同省OBは「やっぱり断罪されたね」と、ポツリとこぼした。
問題化したのは、国が13〜15年に「生活保護費の670億円削減」を掲げ、保護費の内食費等の「生活扶助」を最大で10%引き下げた事だった。減額分の約580億円分については物価下落を反映させた「デフレ調整」、約90億円分は生活保護非受給の低所得世帯とバランスを取る「ゆがみ調整」としていた。
デフレ調整として同省は08〜11年の物価下落率を4・78%と独自に算出した。しかし同期間の総務省の消費者物価指数の下落率は2・35%と半分以下だ。この差は生活保護世帯が余り買う事が無いパソコン等の価格下落分を大きく反映させた事で生じた。
しかも扶助費は「物価動向のみ」を反映させる、これ迄に例の無い手法で削られ、同省の専門家部会への説明も無いまま実行に移された。その結果、生活扶助費は前年比で平均6・5%引き下げられ、最大で10%減となった。
唐突な削減に対し、全国29都道府県の地裁で31件の訴訟が起こされ、原告側は「物価偽装だ」と強く訴えた。厚労省は正当性を主張し、地裁段階での判断は分かれていたが、最高裁は「物価変動率のみを直接の指標として用いた事は専門的知見との整合性を欠く」と指弾し、厚労相の判断には裁量権の逸脱、乱用が有ったとして、違法だとした。
08年のリーマンショックで生活保護の受給者は膨らみ、その後不正受給等が取り沙汰された事で「生活保護バッシング」の世相が生まれていた。これを好機と捉えたのが当時の野党・自民党だった。12年12月の衆院選で「生活保護費の10%カット」を公約に掲げて選挙に勝ち、故・安倍晋三氏が首相にカムバックした。
翌13年度は5年に1度の生活保護基準の見直しの年で、同省は13年1月、10%減額の方針を打ち出す。前出の厚労相OBは、「国民による審判の結果でもある。自民党の意向は無視出来なかった」と当時を振り返り、無理筋の減額に手を染めた事を否定しなかった。
「省全体で膨大な作業を迫られる」
判決を受け、今の厚労省幹部はため息を漏らす。最高裁は原告による国家賠償請求こそ退けたものの、18年度の基準見直し迄違法な削減は続いており、この間1カ月当たり210万人程度の受給者が影響を受けていたと見られる。人数の規模はともかく、当時の妥当な基準額を決め直し、差額を支給する対応を厚労省が迫られる可能性は高い。
複雑なのは、生活保護費の基準額が国民健康保険や介護保険料の減免等、様々な低所得者対策に連動している点だ。とりわけ中国残留邦人等への支援給付等は生活保護費の基準額に沿って支給されている。保育料や就学援助、医療費の助成等を含め、計47の制度に影響する可能性が有る。それぞれの基準額の見直しは勿論の事、他の制度でも追加支給を求める声が出てこない保証は無い。
この様に、生活保護費は多くの支援制度の土台となっている。自民党への忖度から、恣意的に土台を小さくした厚労省の罪は大きい。
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