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地域別診療報酬は財務省の「打ち上げ花火」

地域別診療報酬は財務省の「打ち上げ花火」
描くは中長期で関係者の「諦め」を誘う戦略

国の財政を立て直す手段として今春、地域別診療報酬を導入する構想が浮上した。全国一律の診療報酬点数について、地方による引き下げを認め、公費の投入を抑えようという案である。結論から言えば、財務省の「打ち上げ花火」だった感は否めない。とはいえ、同省の思惑は「まずは芽出しを」という点にあり、中長期での実現を虎視眈々狙っている。

 4月11日午後。財務相の諮問機関、財政制度等審議会の分科会で、同省主計局の阿久澤孝主計官(当時)は、「後期高齢者の医療費窓口負担の引き上げ」「受診時定額負担の導入」など、おなじみの同省の社会保障費抑制案を淡々と並べていく中で、「地域ごとの診療報酬の定め」に触れた。

 高齢者の医療の確保に関する法律には地域別に診療報酬を設定できる旨が明記されているのに、2006年の法改正以来、実施例がない——というのが同省の言い分だ。

 阿久澤氏は「医療費適正化に向けた、地域別の診療報酬の具体的な活用可能なメニューを国としても示し、医療費適正化計画の達成に活用できるようにしていくべきだ」と踏み込んだ。そして「地域別診療報酬の活用を検討する都道府県も現れている」と述べ、導入に慎重な厚生労働省を牽制した。

火元の奈良県副知事は財務省出向組

 この「都道府県」とは、奈良県のことを指している。財政制度等審議会の分科会が開かれる直前の3月28日、同県の荒井正吾知事は記者会見で、県の定める医療費抑制目標が達成できない場合の対応に関し、「(国民健康)保険料を上げるのか、診療報酬を下げるのか。その折衷案かもしれないが、保険料を抑制する方↖向でやりたい」と語り、関係方面に衝撃を与えた。知事は「個別診療の点数を下げる器用なことはできない」とも言っており、念頭に置くのは一律の引き下げだ。

 診療報酬は1点10円。仮に一律9円に引き下げると、奈良県の医療関係者の収入は10%減となる格好だ。知事の発言に騒然となった奈良県医師会は急きょ「反対決議」を採択し、反論に乗り出した。一連の騒動に日本医師会(日医)の幹部は「絵を描いたのは財務省だろう」と指摘している。

 各都道府県が診療報酬を一律に引き下げることができれば、削減効果は大きい。財務省にすれば、2年に一度の診療報酬改定で繰り広げてきた、厚労省や族議員との攻防に割くエネルギーを他に振り分けることも可能となる。

 さらに財務省は地域別診療報酬の活用例として、1点10円の現行点数の一律引き下げに加え、「病床過剰地域での入院基本料単価の引き下げ」「調剤業務に見合わない供給増(薬剤師や薬局数の増加)が生じた場合の調剤技術料引き下げ」を例示してみせた。引き下げ効果が大きい半面、強い反発が想定される項目を狙い撃ちした格好だ。

 「財務省犯人説」は、奈良県の一松旬・前副知事が財務省からの出向組であることが出所となっている。主計局で厚労省を担当したこともある一松氏は、社会保障費抑制の必要性を知り尽くしている。県庁内でも、現行法に地域別診療報酬を設定できる旨の記述があることを部下に説いているといい、日医幹部は「奈良を突破口に、全国展開する財務省の意図が窺える」と苦い顔をする。

日医は強硬に反対、厚労省は慎重姿勢

 ただし、導入には高いハードルが待ち構える。まず、都道府県が独自の診療報酬を設けたいと考えた場合、医療関係者も加わった保険者協議会での議論が必要になる。その上で国に意見書を提出することになるが、当該都道府県の意見は次に中央社会保険医療協議会(中医協)で審議される。さらに中医協の答申を受け、最終的に検討するのは厚労省だ。

 地域別診療報酬に対し、中医協の有力メンバーでもある日医は強硬に反対してきた。今回の財務省の動きについても日医の横倉義武会長は、法律上に具体的な運用規定がない点に触れ、「実効性がなかった」と強調。「医療は地域によって分け隔てなく、全国一律の単価で提供すべきだ」とする日医の見解を示し、「地域の医療従事者の偏在が加速し、医療の質の低下を招く恐れがある」と猛反発している。

 他の医療団体も批判の声を上げている。皆保険制度発足時、医療費は地域によって「甲地」と「乙地」に分かれ、1点の単価差があった。神奈川県保険医協会はこの点に触れ、「『地域差撤廃』は全国の医療関係者の悲願であった。この先達の労苦や尽力による単価の全国統一の歴史を無にし、社会的混乱を招来させる」と怒りを露わにしている。

 厚労省も「地域の混乱を招く」(幹部)と慎重だ。患者にとっては、点数の低い県の方が窓口負担は軽くなる。1点10円の県に住む人が、1点9円の隣県に「越境受診」をする動きも大量に出かねない。医療関係者の県外流出や医療機関の経営悪化も懸念している。

 来年は参院選を控えている。集票マシンでもある地方医師会の反発を見据え、安倍晋三首相も現時点では社会保障費抑制に二の足を踏んでいる。

 ただ、綱引きの揚げ句、財務省は6月に閣議決定された骨太の方針2018に、地域別診療報酬について「都道府県の判断に資する具体的な活用策の在り方を検討する」との一文を潜り込ませることに成功した。

 厚労省幹部は「まあ、痛み分けだ。簡単に実現する話ではない」と話す。それでも、財務省が「芽」を残すことに成功したことは間違いない。同省関係者は「すぐに実現すると考えているわけではない。まずはジャブから」と余裕を見せる。

 社会保障制度の圧縮策を巡っては、初出からすぐに決まることは珍しい。むしろ、最初はまるで相手にされなかった提案だったのに、財政当局が数年の時間をかけて何度も示すうち、徐々に「仕方ない」という空気になっていくことが通例だ。医療や介護の自己負担割合の引き上げしかりである。通常の窓口負担とは別に、1回500円程度の追加払いを想定した「受診時定額負担」も、当初に比べれば実現味を帯びてきている。これらと同様、地域別診療報酬についても、財務省は中長期で関係者の「諦め」を誘う戦略を描いているものとみられる。

 5月28日、首相官邸であった政府の社会保障制度改革推進会議(議長=清家篤・慶應義塾大学客員教授)に、奈良県の荒井知事の姿があった。知事は同県の地域医療構想などを説明する中で、地域別診療報酬の活用に関して「最終的な選択肢の一つだ」と説明し、こう宣言した。

 「報酬引き下げありき、ではない。むやみに『伝家の宝刀』を抜くことはしない。しかし法律で規定された権能であり、抜けないのもおかしい」

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