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産業分野との融合で医療DXを乗り切る ~日本の医療にマーケティングの視点を~ 中央大学大学院 戦略経営研究科 教授

産業分野との融合で医療DXを乗り切る ~日本の医療にマーケティングの視点を~ 中央大学大学院 戦略経営研究科 教授
真野 俊樹(まの・としき)1961年愛知県生まれ。87年名古屋大学医学部卒業。臨床医を経て、95年米国コーネル大学医学部研究員。その後国内外の製薬企業のマネジメントに携わりながら、2000年英国レスター大学大学院でMBA取得。04年京都大学で博士(経済学)取得。05年多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授。現在は中央大学大学院戦略経営研究科教授、多摩大学大学院MBA特任教授、名古屋大学未来社会創造機構客員教授、藤田医科大学大学院客員教授等。厚生労働省の独立行政法人(PMDA、WAM等)の有識者会議や東京都医師会の未来医療会議委員等、幅広く活動する傍ら、『日本の医療、くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一』等、著書多数。
——多摩大学と中央大学でMBAの講座を持たれています。講座の特徴について教えて下さい。

真野 どちらも社会人を対象としたビジネススクールです。所謂ビジネススクールでは、大雑把に言うと、人・物・金を軸に学びます。経営戦略、マーケティング、ファイナンス、人事、これに法律やIT等が含まれる事も有ります。医療分野は他の業種と比べると、厚生労働省による規制に加え、専門性という特殊なところが有る為、この専門的な領域に一般社会での経営的な視点を取り入れて、医療介護分野と産業分野を橋渡しするという講座構成になっています。具体的には、医療介護経営論、ヘルスケアビジネスといった講座を持っています。受講生は様々で、医師、看護師、薬剤師、理学療法士の他、製薬会社や医療機器メーカーの人も居れば、他の領域から医療分野へ参入する企業や個人の方も一定数居ます。例えば、IT企業がヘルステックを始めるという具合です。銀行出身の方が次のステップとして医療分野に入って来たいけれど、その前のワンクッションとしてMBAで勉強するというケースも有ります。

——受講費は高いのでしょうか?

真野 多摩大学が年間100万円位、中央大学は150万円位です。他のMBAの学校も同じ様な金額です。学生に対しての教員の比率が高い為、どうしても値段は高くなってしまいます。多くの方が2年間で論文を書く必要が有りますので、マス教育は難しく、ゼミの様な個別指導が中心になります。一度に数名ずつ指導して、半期に1回卒業して行きます。

——どの様な論文を書かれるのでしょうか?

真野 例えば、新規事業の計画書を作ります。本当に立ち上がるかどうかは別として、色々なアイデアが出て面白いですね。論文と言うと学問の様に聞こえるかも知れませんが、ビジネス計画や新規事業を立ち上げる計画書も、広い意味で論文として捉えています。

医療界で高まるMBAのニーズ

——医療介護の分野では今、MBAのニーズが増えているのでしょうか?

真野 増えていますね。多摩大学や中央大学の様に、元々文化系の大学が医療や介護関係の講座を開設するケースも有りますし、国際医療福祉大学や藤田医科大学といった医療系の大学が医療MBAや病院経営等のマネジメント教育を導入するという流れも有ります。文化系の大学院の場合は、トヨタやNECといった他の分野の人が多く来ますので、視野が広がり、その分野で実践している事を医療分野に応用しようという発想が生まれます。他業種の人と触れ合えたり、社会人同士のネットワークを作れたりする事がビジネススクールの良いところだと思いますね。一方、元々が医療系の大学のビジネススクールの場合は、産業寄りの話が少なくなります。学生も医師等の病院関係者が殆どです。この4月、藤田医科大学が足利赤十字病院名誉院長の小松本悟先生を中心に、病院経営のビジネススクールを開講します。私も客員教授としてお手伝いをする事になっています。ここでは明日から院長になる様な病院のトップクラスの人だけを集めるそうです。一般的なビジネススクールでは5年後、10年後に備えて若い幹部を養成するのに対し、こちらは今直ぐに役に立つ事を学べるというスタンスです。

——日本の医療は分岐点に来ています。

真野 企業の考え方が変わって来ている様に、医療も変えて行く必要が有ります。例えば社会貢献ですね。昔は株主が神様でしたが、今は会社や従業員も顧客や社会の為に活動すべきという流れになって来ています。MBAで教える内容も、最近は人的資本や人の為にという話が出て来ました。医療界もこうした流れを汲み取って、ベンチャーを立ち上げる医者も出て来ています。そういう方達は決してお金儲けをしたい訳では無く、社会課題を解決する為に起業する人が沢山居ます。これからは、医学部でもMBAの教育を受けられるようになると良いですね。

——日本の医療には患者目線が欠けていると言われます。

真野 経営学で言うところのマーケティング視点ですね。大分前から顧客本位の視点が大事だという事をお話しして来て、最近ようやく少し受け入れられる様になって来ました。エビデンスに基づいて治療をするという話になった時点で、患者目線では無くなり、このステージのがんであればこの薬、となります。或いは、予後が1年伸びる治療が在った場合、他の国では保険適用にならないものでも、日本では適用出来る。それは素晴らしい事なのですが、そのせいで治療が押し付けになってしまうところが有りますね。エビデンスに基づく治療は素晴らしい事なのですが、本来は、患者さんの生活や家族等の事情に合わせた選択肢が有るべきです。アメリカの医療が何もかも良いという訳ではありませんが、公的保険制度が無いアメリカでは、医師はお金を貰っているのでそれなりのサービスを提供しようという意識が働きます。ヨーロッパの場合、医療は税金で賄われているのでそもそも患者目線は少なくなりますが、一般の公的保険以外にプラスアルファの医療保険に入り、自由診療を受ければ優遇されます。お金次第の医療を提供していると批判されるかも知れませんが、社会主義ではない世の中に生きている以上、そういう土壌もある程度は必要です。

コロナ禍を境に変わった日本の医療に対する評価

——先生の著書『日本の医療、くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一』で、日本の医療を世界一と評価された理由をお聞かせ下さい。

真野 これは2017年に出版した本です。批判的なマスメディアに対するアンチテーゼのつもりも有りましたが、根拠も有ります。1つは経済協力開発機構(OECD)のデータです。例えば、一部のがんの5年生存率や人口当たりの病院の数は日本がトップでした。有名な医学誌『ランセット』でも、日本の医療が高く評価されていました。一方、患者個人の指点には、「安い」「上手い」「早い」の3つが有ります。先ずはお金です。これはOECDのデータで明確に示されています。昔に比べると医療費は高くなっていますが、アメリカと比べると、自己負担は圧倒的に少ないですね。2つ目は医療の質です。これも正にOECDのデータで示されています。例えば、がんの生存率では、肺がんの術後生存率はアメリカの1.6倍、ドイツの2倍です。がん以外の病気も、日本は予後が比較的良い国です。3つ目は医療へのアクセスです。直ぐに診察を受けられるのは良い事です。アメリカはお金に余裕が無ければ病院には行けませんし、イギリスは順番待ちで予約が取れても1週間待ちです。それらを総合的に判断し、日本がトップだという結論に達しました。

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