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未来の会

国内初か「内密出産」が突き付けた課題

国内初か「内密出産」が突き付けた課題
赤ちゃんポスト誕生から15年。再び岐路に立つ慈恵病院

熊本県熊本市の「慈恵病院」の蓮田健理事長が1月4日、病院だけに自分の身元を明かして出産する「内密出産」が昨年12月に行われたことを明らかにした。2019年に制度を導入した同院だが、これまで内密出産になりそうな事例は有っても、回避されて来た。もしも女性がこのまま身元を隠す意志を変えなければ、今回が国内初の内密出産となる。「赤ちゃんの産み捨てに繋がりかねない」との批判も有るが、生まれてくる命を守る責任は社会全体に有る。地方の民間病院が投げ掛けた課題は大きい。

 先ず初めに、「内密出産制度」とは何かを説明しよう。望まない妊娠等の事情を抱えた女性が、自身の身元について病院にのみ明らかにして出産をする事で、海外ではドイツ等で行われている。日本では唯一、慈恵病院だけが内密出産を受け入れる事を明らかにしている。しかし、完全に身元を明かさない「匿名出産」も、病院にのみ身元を明らかにする「内密出産」も、国内では法制化されていない。慈恵病院は、生まれて来る子供が「自身の出自を知る権利」を確保出来るよう、子供が一定の年齢になれば親の情報を開示出来るとしている。

 法制化されていないのに、何故慈恵病院は内密出産を受け入れる事を決めたのか。それは、この病院が07年から運用を始めた「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に由来する。

 「赤ちゃんポストは、事情が有って我が子を育てられない親が赤ちゃんを保護してもらう為に同院が設置したものだ。ところが、14年に、新生児の遺体が遺棄される事件が起きた。死体遺棄容疑で逮捕された女性は、自宅で出産したが死産だった為、弔ってくれるのではないかと考えて赤ちゃんポストを利用したと供述。もし、女性が医療機関で出産していれば、新生児は死ななかったかも知れない。病院側は生まれてからのポストではなく出産前に介入する必要性を感じ、内密出産の検討を本格的に始めた」(全国紙記者)

 確かに、妊娠や出産を知られたくない女性は、病院ではなく自宅や公衆トイレ等で、1人で出産する方法を選ばざるを得ない。こうした孤立出産は、大量出血等の医療が必要とされる事態に対応出来ず、母子共に命の危険が有る。又、生まれて来た子供の泣き声にパニックになって発作的に新生児を殺してしまったり、赤ちゃんが育てられず遺棄してしまったりする悲劇も後を絶たない。内密出産はこうした悲劇を防ぐ為に、いわば小さな命を守る最後の砦なのである。

病院は慎重な制度運用に徹して来た

 ここ迄の背景を理解した上で、今回の内密出産を見てみよう。前出の全国紙記者が解説する。「国内初となる可能性が有る内密出産の仕組みを使ったのは、西日本に住む10代の女性だ。病院の説明によると、昨年11月中旬、『妊娠9カ月で、もうすぐ生まれる。親に知られたくない』等と女性が病院にメールで相談して来たという。その後も何度か連絡を取り合っていた。12月になって、女性が病院に向かう途中で出血してしまい、JR博多駅で蓮田理事長らに保護された」

 女性は翌日、慈恵病院で出産。しかし、頑なに自身の身元について明かすことを拒否した。この理由について、1月4日に会見した蓮田理事長は、「彼女は、実家のお母さんから関係を絶たれる事を非常に心配していた」と説明した。女性は自身の母から虐待を受けて育ったようだが、それでも母親との関係を断ちたくなかったようだ。更に、パートナーの男性も暴力的で、母親やパートナーに出産がばれたくないと話していたという。こうした女性の事情を理解した上で、病院側は女性に「あなたがお母さんと離れられないのと同じ様に、出産した赤ちゃんはお母さんの事をずっと追い求めるのではないでしょうか。お母さんの身元が全く分からないのは赤ちゃんにとっては辛いと思いますから、可能な限り身元が分かるものを提供して下さい」と説得を試みたという。女性は新生児相談室長にだけ身元を明かし、子供への情報開示にも同意。退院時には、我が子を抱いて号泣したという。

 「蓮田理事長が、女性の置かれた環境ややり取りをここまで具体的に説明したのには理由が有る。今回は国内初の内密出産となる可能性が有る事案であり、女性や病院が安易に内密出産制度を使った訳では無いと社会に納得してもらう必要が有った」(同記者)。実際に、昨年10月にも匿名で出産を希望する女性が同病院を訪れ翌月出産したが、その後、内密出産の希望を撤回している。同院が慎重に制度を運用している事が推察される。

熊本市は国に法整備の検討を要望しているが

 だが、生まれて来た子供をどうするかは一病院が決められる事ではない。戸籍法では、遺棄されて身元が分からない子供の場合は、保護した自治体の市町村長が子供の名前を決め、推定の生年月日等を届け出る。親が分かっていれば、親の名前を記す必要が有る。今回のケースでは、今後も女性が内密出産を希望した場合、赤ちゃんを預かっている慈恵病院側が代理で出生届を出す事になる。

 ただ、職員1人だけではあるが病院側は女性の身元を知っており、出生届にそれを書かない事は、刑法の公正証書原本不実記載に抵触する可能性が有る。同院は1月13日、母親の欄を空白にしたまま出生届を出す事が法に抵触するかどうかの確認を求める質問状を、熊本地方法務局に提出した。出生届を受理する立場の熊本市は、これ迄も度々国に問い合わせてきたが、1月末時点で公式な見解は得られていない。もしも病院側が罪に問われる事態となれば、出生届を出せない事になり、子供が無戸籍児となる恐れが有る。

予期せぬ妊娠の課題解決へ支持する声も多い

今回、内密出産を望んだ女性は、子供の特別養子縁組を希望していると伝えられる。病院側は子供の出自を知る権利に配慮して、母親の情報は封筒に封をして金庫に保管すると説明したが、仮に将来、子供が内密出産の事実を知り、本当の親の情報を知りたいと願った時、きちんと対応出来るのか。例えば子供が80歳になって、情報を知りたいと希望する事もあり得る。一民間病院である慈恵病院が、長期間に亘って情報をきちんと管理出来るのか、不安も残る。

 それでも、今回の慈恵病院の対応を支持する声は多い。ある医療関係者は、「今回、内密出産が大きく報じられた事で、今後も匿名で出産を望む女性が出てくる可能性が有る。助けを求める女性や、そうした女性に手を差し伸べる病院を守ってあげられる社会であって欲しい」と語る。都内の産婦人科医も、「望まない妊娠に行政がきちんと対応する事は、安心して産める社会の構築という少子化対策になるのではないか」と話す。「赤ちゃんポスト」の設置から15年近く経ち、良くも悪くもその存在が報じられる機会が減った。その結果、望まない妊娠に苦しむ若い女性に、慈恵病院の様な相談先が有るという情報が届かなくなっている。悩める女性を救う為、国の素早い対応が望まれる。

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