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未来の会

「モンスター患者」にどう対応すべきか

「モンスター患者」にどう対応すべきか
頻発する凶悪事件を前に急がれる防犯対策の強化

猛威を振るうオミクロン株に医療者達が懸命に立ち向かう中、またも医師の命が奪われる事件が起きてしまった。埼玉県ふじみ野市で散弾銃を持った男が人質を取って自宅に立てこもった事件。人質となり死亡した医師の鈴木純一さん(44歳)は、地域の在宅医療を支える要だった。2021年12月には大阪市の心療内科クリニックが放火され、院長の男性医師らが死亡する事件が有ったばかり。理不尽な要求をする患者に、医療者はどう対応すれば良いのか。2人の医師の命を無駄にしない為にも、対策の強化が急がれる。事件が起きたのは、1月27日夜9時過ぎの事。現場は、埼玉県ふじみ野市の無職、渡辺宏容疑者(66歳)の自宅だ。午後9時15分頃、近隣住民から「バンバンという音がした」と110番通報が有り、警察官が駆け付けると、渡辺容疑者の自宅の玄関先に理学療法士の男性(41歳)が胸を撃たれて倒れていた。更に、催涙スプレーを吹き掛けられ怪我をした医療相談員の男性も、東入間警察署に駆け込んだ。

 散弾銃を持った渡辺容疑者が、鈴木医師を人質に立てこもっている事を把握した警察は、固定電話で渡辺容疑者に人質を解放するよう説得。だが、渡辺容疑者が通話に応じなくなった為、立てこもりから11時間近く経った28日午前8時、住宅に突入して渡辺容疑者の身柄を確保した。鈴木医師は仰向けで倒れており、後に、銃で心臓を撃たれて即死状態だった事が分かった。

トラブルの絶えないモンスター患者だった

 警察の調べでは、事件当日に渡辺容疑者の自宅を訪問したのは、鈴木医師、撃たれた理学療法士、怪我をした医療相談員の他4人の計7人。鈴木医師は渡辺容疑者の母親(92歳)の主治医を務めており、その母親が前日に死亡。渡辺容疑者は、他のスタッフらと一緒に弔問に来るよう要求したと見られる。

 「当初は、母親の治療方針等を巡り鈴木医師らとトラブルが有った可能性が取り沙汰された。渡辺容疑者は東入間医師会に21年1月から約15回も電話しており、鈴木医師の治療方針に疑問を呈する事も多かった」と全国紙の社会部記者は話す。しかし、「その後、渡辺容疑者が他の医療機関でも大声を上げたり、病院に抗議文を送ったりする等のトラブルを起こしていた事が分かった。渡辺容疑者は母親を在宅で看る事を望んでおり、鈴木医師は渡辺容疑者の希望に沿う形で母親を診ていた。クレーマー気質の渡辺容疑者は、医療者や介護従事者に度々理不尽な要求を突き付けており、鈴木医師との間にトラブルが有ったというより、渡辺容疑者が一方的に恨みを募らせたと見られる」(同記者)。

 そうした渡辺容疑者の異常な性格は、弔問に訪れた鈴木医師に、死後1日経った母親の心肺蘇生を要求した事からも窺われる。事件前日の26日午後に母親の死亡確認をしたのは鈴木医師だ。当然、鈴木医師は蘇生の可能性が無い事を伝えて断ったが、これに渡辺容疑者が激高し、散弾銃を発砲したと伝えられる。

地域医療を支える為に奮闘していた鈴木医師

 殺害された鈴木医師は、東京慈恵会医科大を卒業後、総合病院の勤務を経て、13年に渡辺容疑者が住むふじみ野市に隣接する富士見市に在宅医療のクリニックを開業した。所属する東入間医師会では熱心な医師として知られていた。受け持っていた患者は、ふじみ野市、富士見市、三芳町の約300人。何か有ればいつでも駆け付けるフットワークの良さで、在宅で治療を望む患者や家族の信頼を得ていた。昨年夏の新型コロナウイルスの第5波では、保健所の要請を受けて自宅療養となった患者の大半の訪問診療を引き受けていたという。

 「災害弱者を地域で救おうと、難病患者の災害非難訓練にも積極的に取り組んでいたそうです。在宅医療は医師1人で出来るものではなく、ケアマネージャーや訪問看護のスタッフとも協力して地域に在宅医療を根付かせようと熱心に活動していたと聞きました」(全国紙記者)。身勝手な男の発砲は、せっかく根付き始めた在宅医療の芽を根こそぎ奪う凶行だった。「こうなってしまったからには当然、鈴木医師が担当していた患者を地元の医師会で引き受ける事になるが、全員を引き受けられるかどうか……」と吐露する医師会関係者もいる。凶行は防げなかったのだろうか。ある医療ジャーナリストは、「患者や家族とのトラブルを避ける為、1人で対応しない、場合によっては警察の協力も仰ぐといった対策が考えられるが、今回は鈴木医師ら7人で弔問しており、出来る限りの自衛はしていた。相手が散弾銃を2丁所持していたのは、想定外だっただろう」と語る。渡辺容疑者は、催涙スプレーを発射するより前に鈴木医師に銃を発射した可能性も有り、逃げる時間すら無かったと見られる。容疑者の自宅からはサバイバルナイフも見付かった。

 昨年12月に起きた大阪市の心療内科クリニックが患者により放火された事件も、まだ記憶に新しい。クリニックには防犯カメラが有ったが、それが奏功した形跡は無い。スプリンクラーは未設置だったが、設置されていたとしても消火出来た可能性は低いと専門家は指摘している。死亡した容疑者の男は、被害を大きくするよう綿密に計画を立てて実行していた。

「相手の域」に入る危険度を軽視せずに

医療者やスタッフを守る為にも他の患者を守る為にも、問題が有る患者の診療を拒否出来れば良いが、医師には、よほどの事が無い限り診療を拒否出来ない医師法の「応召義務」が有る。危うい精神状態や攻撃性が「精神疾患」に由来しているものだとすれば、治療する義務が有るのだ。又、訪問診療や訪問介護では、いわば「相手の城」に入って行く必要が有り、危険度は高まる。

 しかも、そうした問題が有る患者や利用者の情報は、信販会社の「ブラックリスト」の様に共有される事は無い。患者の個人情報を外部に漏らしてはいけないからだ。個人情報保護法のお陰で逆に危険度が高まっているとも言える。

 散弾銃で医師を殺害した渡辺容疑者は、母親が以前利用していた介護事業所にも電話を入れ、弔問に来るよう迫っていた。音声が残っており、「線香上げに来いよ」「バカ野郎」と一方的に怒鳴り付ける様子は、明らかに常軌を逸している。この事業所は弔問を拒否したが、応じていたら犯行に巻き込まれていた恐れも有った。警察の調べに、「母親が死んで、生きていても良い事は無いと思った」と自殺願望をほのめかした渡辺容疑者。大阪の事件でも、犯人は自殺願望にクリニックを巻き込んだと指摘されている。捨て身で犯行を成し遂げようとする患者を止めるのは難しい。

 海外の医療状況に詳しい救命医は、「海外ではテロ対策の為、入り口に金属探知機を設置し、持ち物チェックをする病院も有る。日本もこうした段階に来ているのかも知れない」と話す。在宅医療ではこうした対応は取れないが、「患者が死亡したら医療者に出来る治療は無い。弔問等の医療以外の行動を控えるしか無いのではないか」(同救命医)。モンスター患者は、医療者の善意のみならず、多くの患者が心地好い医療を受ける権利を一瞬にして奪って行く。全医療機関にとってモンスター患者対策は待った無しだ。

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