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衆院選応援演説から見える日本の医薬行政の「隙」

衆院選応援演説から見える日本の医薬行政の「隙」
米で緊急使用申請中の経口治療薬を日本も特例承認か

去る10月31日投開票の衆院選で、かろうじて単独過半数を維持した自民党だが、その総裁を務める岸田文雄首相の選挙演説で要になった内容は、新型コロナウイルス経口治療薬の年内実用化という「約束」だった。どの治療薬かは当然伏せられているものの、特定の医薬品の承認を半ば「公約」のように掲げ、選挙演説で触れるのは極めて異例だ。経口治療薬の実用化は、今後の経済活動との両立の「カギ」になるものだが、こうした発言は政治家による介入とも取られかねず、医薬品行政のあり方が改めて問われている。

公示日の10月19日に福島市で行われた首相の応援演説では、候補者の人となりや東日本大震災の復興の経緯に簡単に触れた後、経口治療薬の実用化に言及した。 

 首相は「皆さんが口から入れる、初期の段階で利用する事が出来る治療薬の開発を年内にしっかり進めて、普及させる。こういう努力を進めています。口から入れる治療薬と言うのが大変大きなポイントになります」と力説。

 更に「今までは検査を受けて、もし陽性だったとしても直ぐに飲める治療薬が無かった。しかし、これから口から入れる、飲む事が出来る治療薬が開発されると、検査がどんどん進んでいく。重症化も未然に防ぐ事が出来る。予防と検査、治療の流れが出来上がる。私達の生活、平時に近い社会経済活動を取り戻す上で大変大きい。是非これをしっかりと進めて行きたいと思います」と述べ、新型コロナウイルス対策に関するパートを締めくくった。

 選挙演説中での新型コロナウイルス対策関連は、経口治療薬の実用化に関する内容が大部分を占め、その後は経済対策や外交安全保障の話に移り、↖「岸田ノート」を手に、聞く力をアピールした。

 首相が行った応援演説は、他の場所でもほぼ同様の内容で、経口治療薬の実用化に関する内容が演説の肝となっている。医薬品行政に詳しい業界紙記者は「新型コロナウイルスで大変な時期とは言え、まだ承認もされていない医薬品の実用化を選挙演説で約束するのは、いくらなんでも勇み足ではないか」と疑問を呈する。

期待の新薬「モルヌピラビル」

  首相の選挙演説中では経口治療薬名は明示されていないものの、念頭に置いているのはアメリカのメガファーマ「メルク」が、アメリカのベンチャー「リッジバック・バイオセラピューティクス」と共同開発する抗ウイルス薬「モルヌピラビル」だ。年内に実用化が可能な経口治療薬は、世界的に見ても「モルヌピラビル」しかなく、複数の厚労省幹部も「首相が言及している経口治療薬はモルヌピラビルで間違いない」と認める。

 「モルヌピラビル」はウイルスが体内で増殖する為に必要な酵素の働きを阻害するもので、発熱や咳等の初期症状がある患者が対象。1日2回、5日間服用する事で重症化を防げるとされ、患者の入院や死亡リスクを半減させる効果がある。

 具体的には、治験に参加した患者が29日後迄に「入院又は死亡」に至った割合は、「モルヌピラビル」を投与したグループが7・3%で、プラセボを投与したグループの14・1%に比べ、ほぼ半分にとどまった。また、29日後迄に報告された死者は、投与したグループではゼロなのに対し、プラセボでは8人だった。

 メルクはこうした治験結果を基に米国食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可を申請しており、11月末には審査が行われる見込みだ。

 日本政府は早くから独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)を通じてメルク側と交渉を開始し、治験結果等について共有しており、政府関係者は「メルクの飲み薬は効き目が結構良いようだ」と話していた。日本政府はFDAによる緊急使用許可を見越し、12月中〜下旬に特例承認する方針で、メルクと「モルヌピラビル」を調達する為の交渉に入り、厚生労働省は11月10日、160万回分を12億ドル(約1350億円)で調達することで合意したと発表した。国内の薬事承認を終える年内に20万回分、来年の2月と3月にもそれぞれ20万回分を確保し、来年度中に100万回分を追加する。後藤茂之厚労相が自らメルク社と交渉した結果で、170万回分の供給契約を結んだアメリカ政府と遜色無い形となり、後藤氏も「これで第6波が来たとしても大丈夫だ」と話していると言う。

アメリカ追従の経口治療薬承認  

政府がそこまで「モルヌピラビル」の確保に躍起になるのは、感染した人が自宅で気軽に飲める経口治療薬の登場が「『ゲームチェンジャー』になり得る」(感染症専門家の1人)からだ。夏場に猛威を振るったデルタ株が9月以降、急速に落ち着いて来たものの、その要因については不明な点も多い。現在は新規感染が下火になっているとは言え、1日で2万5000人以上の感染者を出した第5波が再来する恐れも否定出来ない。ワクチン接種で期待される重症防止効果がどこまで持続するかも、現段階では正直分からない。

 軽症段階で治療出来る経口治療薬の存在は極めて重要な存在と言える。岸田首相にとっては、政敵の菅義偉前首相が取り組んで来た「遺産」であり、手柄の横取りのようになるものの、選挙演説で「利用」するのはその為だ。 

 しかし、承認もされていない医薬品を、承認が前提であるかのように選挙演説で用いるのは適切ではなく、厚労省内でも「やり過ぎではないか」という意見は根強い。催奇形性の副反応が懸念される事もあり、安倍晋三元首相が承認に執心した、富士フイルム富山化学開発の抗ウイルス薬「アビガン」を彷彿とさせる。 

 とは言え、日本の医薬行政に、総選挙でなりふり構わぬ首相の姿勢に抗う力は無い。FDAの承認がほぼ頼りの日本の医薬行政では、アメリカ追従の姿勢から脱却するのは難しいからだ。ある薬系技官の幹部は冗談交じりに「アメリカ様が決めたものなら承認せざるを得ない」と話している事からも明らかだ。大手紙記者も「箸の上げ下げまでアメリカ頼みだ」と吐き捨てる。

 一方で、内資に対する冷たさは変わらない。内資を外資より下に見る薬系技官の癖は抜けず、塩野義製薬も新型コロナウイルス向けのワクチンや経口治療薬を開発しているものの、政府内での期待値はそれほど高くはない。経口治療薬についてはやや期待の高まりはあるものの、ワクチンについては「あまり効き目が無そうだ」との声が早くから漏れていた。

 首相の前のめりな発言は、こうした医薬行政の姿勢が見せる「隙」によって生じている部分もある。ただ、繰り返しになるが政治家が承認前の医薬品について、承認を前提にした演説をする事が異様な事だけは変わりない。

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