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未来の会

第152回「患者のキモチ医師のココロ」器質的障害が見つからない患者の対応

第152回「患者のキモチ医師のココロ」器質的障害が見つからない患者の対応

 長らく精神科で臨床を続けてきた私だが、ここ数年、大学病院の総合診療科でも外来診療をしている。また4月からは北海道のへき地診療所で地域医療にもチャレンジすることになった。平日は総合診療、週末は東京に戻って精神医療という文字通り“二足のわらじ”の生活になりそうだ。

 これまで総合診療科で診療をしてきて感じたのは、「身体的な不調を訴えて総合診療科の外来を受診する中に、メンタル不調を抱えている人がとても多い」ということだ。しかも、そのメンタル不調は身体的不調の結果として生じているのではなく、原因になっている場合も少なくない。

 私が研修医だった時代には、現在のような各科をローテートする制度もなかった。「精神科医も全身管理を身につけた方がよいから、麻酔科で何年か研修を受けてはどうか」と勧めてくれた知人がおり、入局を考えていた精神科の医局長に伝えたところ、「鉄は熱いうちに打て、という言葉がある。まず精神科に入って、それからどうしても必要ならそのあと麻酔科で勉強しても遅くはない」とやんわりと止められた。私が入局した大学の精神科教室には3カ月の脳神経外科研修という制度があり私も受けたが、わけもわからない状態で突然、ハードな現場に放り込まれ、オロオロしているうちに終わってしまった記憶しかない。

一定数の身体的不調は心理的負荷が要因

 そのようなわけで、総合診療科の外来で診療を始めるときは、内科や外科の経験も知識もスキルもない私に務まるだろうか、と不安でいっぱいだった。もちろん大学病院の総合診療科には、地域のかかりつけ医では診断がつかなかったケースなども紹介されてくるので、「頸部リンパ節が腫脹している……ウイルス感染症か結核か、はたまた悪性リンパ腫か」と診断に難儀し、診察室からバックヤードに戻って自分の半分ほどの年齢の医師たちに助言を求めたことも何度となくあった。かと思うと、高脂血症の患者さんが受診して安易にスタチン製剤などを処方し、若いドクターにあとから「タイプ分けはⅠ、Ⅱa、Ⅱb……のどれですか? え、してない? 困りますよ!」ときつく注意されて落ち込むこともしょっちゅうだった。

 このようにかなりボロボロになりながら診療を続け、外来の他のドクターや看護師たちからは、「あの人ベテランなのに何もわかってない。医療ミスを起こされたらたいへんだ」と“要注意人物”として見られていたと思う。

 ところが先述したように、総合診療科には、その不調はメンタル要因で引き起こされた、という人がかなり多くやって来る。半分とまでは言わないが、2〜3割はそうだと言えるかもしれない。そうなると突然、こちらの領域の話になる。「胸の真ん中あたりが痛くて」とやって来る人がいたとして、一応、冠動脈疾患や胃の疾患、骨腫瘍にTietze症候群なども念頭に置きながら診察していくわけだが、診察室に入ってきたときの雰囲気や最初の会話で「これは何か心理的ストレスがあるな」とわかることもある。そのあたりは、経験からの直観としか言いようがない。

 とはいえ、診断推論のルールに従って全身の診察をし、検査を行う。しかし、予想していた通り、そこでは何の異常も見つからない。そうなった時点で、私はおもむろにこう切り出す。

 「先ほど家族歴についての問診のときに、同居のお父さまが認知症ということでしたが、その介護のご負担はいかがですか」

 これも経験のなせるわざだが、ひととおりの問診で、ストレス要因がどのあたりにあるかも、だいたい見えてくるものなのだ。仕事、家族関係、お金など。そうやって水を向けると、たいていの人は「待ってました」とばかりに語り出す。それは、たとえばこんな話だ。

 「そのことなんですけど、実は私には兄と姉がいるのに、その人たちは介護にノータッチなのです。それなのに“お父さんが亡くなったらその家は売ってお金を分けよう”と今から言ってくるんですよ。私だけが介護をさせられ、おまけに家まで取られるだなんて。どうやって暮らしていけばいいんですか、私……」

 「メンタルの問題がメイン」とわかったら、総合診療科ではその時点でメンタルヘルス科へ紹介することになっている。とはいえ、このくらいの介護のストレスなら、とくに専門外来を紹介する必要はないだろう。私はそっと自分のモードを精神科医に切り替え、「なるほど、それは疲れも何倍にもなるでしょうね。お父さんとは若い頃から仲が良い方だったんですか」などとより具体的に問題に焦点があたるような質問をしつつ、生活面へと話を導く。そうやって15分か20分、話してもらってその人の問題をストーリー化していくだけで、実は問題が解決につながっていくことが多い。ある程度、語り終えると、「まあ、仕方ないですよね」などと自分で“オチ”をつける人も多い。

誰にでもできる「ナラティブアプローチ」

 これは、1990年代に臨床心理学の領域から生まれた「ナラティブアプローチ」と呼ばれる方法だ。その人の話を聞きながら、カウンセラーや精神科医は「この人の真の問題はここだな」とあたりをつけながら、それをうまく語れるような質問を繰り出す。そうやって、患者自身が自分の物語、すなわち「ナラティブ」を語ることで、その人は気持ちの整理ができ、同時に自分自身を肯定できるようになる、とされる。

 総合診療科の外来で、そっとこのナラティブアプローチを行うことで、とくに痛みや倦怠感、微熱や吐き気などでこれまでドクターショッピングを繰り返してきた患者さんの中には、「なんだかすっきりしました」とその場で言う人も出てきた。その1週間後などに再診で会うと、表情もまったく違い、「あの胸の痛み、ここに来た日から一度も出ないんです」と明るく話してくれる患者さんもいた。これははじめて言うことだが、帰りがけに受付で「あの先生、すごい腕前ですね。次もあの先生にお願いします」などと伝える人もいたという。しかも、これにはむずかしいスキルは必要ない。ちょっとしたコツでだれにでもできる。

 私はなにも自分の能力を自慢したいわけではない。総合診療科医としては新米で不出来でも、メンタル要因が絡んだ受診者には、がぜん“名医”のように振る舞うことができるのがおもしろい、と言いたいのだ。

 こういう話をすると、「きっと私の外来にも、メンタル要因から不調が治らない人が含まれているだろう。そのナラティブアプローチとかいうもののやり方を教えてほしい」と思う人もいるはずだ。次回からは、実例をあげながら「内科など一般外来にやって来る器質的異常が見つからない人たちへのアプローチ」について話してみたい。来月はまず「口腔内の違和感や噛み合わせの不調」を取り上げるつもりである。もし、「こういう問題を知りたい」というご要望があれば、ぜひ編集部まで伝えてほしい。痛み、不眠、婦人科系などなんでもけっこうだ。

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