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第152回「政界サーチ」五輪、ワクチン、派閥抗争……菅政権の3重苦

第152回「政界サーチ」五輪、ワクチン、派閥抗争……菅政権の3重苦

 菅義偉政権が苦境に陥っている。新型コロナワクチンの接種率が主要7カ国(G7)で断トツの最下位という状況を克服すべく、大規模接種会場の設置、企業・団体、大学等の職域接種等あれやこれやと接種の加速化を図るが、「東京五輪・パラリンピック強行の布石」と勘ぐられ、評価の声は乏しい。

 携帯電話の格安メニューはそろったものの、「手数料が高い」「余分な契約が付けられ、総額は大して変わらない」等の不満もあり、政権浮揚材料としては心許ない。自民党では一昨年の参院広島県選挙区での巨額支出を巡り、有力者同士の対立構造が表面化し、政権基盤を揺さぶっている。低支持率安定の維持すら厳しい局面に差し掛かっている。

 「国民の命と健康を守るのは私の責務だ。五輪を優先させる事はない」

 菅首相は6月1日の参院厚生労働委員会で、東京五輪・パラリンピックの開催は、国民の命と健康を守れる事が前提条件だと強調した。コロナ下での五輪開催は世論を2分している。菅首相は「安心安全の大会にする」と訴えるが、賛成派であれ、反対派であれ、多くの国民が「不安」を感じているのではないか。

五輪開催でも中止でも支持率急落?

 殊更不安なのが、菅首相の周辺だ。

 「五輪開催か否かを決められるのは国際オリンピック委員会(IOC)だ。日本側から中止を求めれば損害賠償を請求される。中止するなら両者が合意して同時発表するしかない。前政権から引き継いだ五輪を中止し、損害賠償まで支払えばどうなる。国民は失望し、支持率は急降下だ。開催すれば、少しは国民の気分も晴れるだろうが、感染拡大に繋がれば批判を一身に浴びる。これも支持急落だ」

 開催中止ならIOCや協賛企業には保険が支払われるから、賠償額もある程度は相殺される。ただ、来年の冬期北京五輪は開催の可能性が高い。世界3位の経済国でありながら、ワクチン接種もままならず、五輪の開催が出来ないとなれば、菅政権の評価がどん底に落ちるのは目に見えている。「五輪同様、政権の行方も前門の虎、後門の狼の状況なのだ」と菅首相支持派の若手議員はこぼす。

 地球規模の問題に焦点を当てた科学的なオンライン出版物「Our World in Data」によると、6月6日時点でワクチンを1回接種している人の比率は日本以外のG7諸国が軒並み40%以上なのに、日本は9%強と低迷している。ワクチンの確保に手間取った上、マンパワーの不足等、接種体制の整備も遅れているためだ。欧米のような激しいパンデミックに見舞われなかった事や、ワクチン接種に慎重を期すお国柄が背景にあるものの、「危機意識が欠けている」との批判は免れようがない。

 菅首相は泥舟の船頭のような心持ちだろうが、その泥船に穴を開けそうな暗闘が自民党内で繰り広げられている。

 きっかけは、一昨年の参院選広島県選挙区で公認候補として当選した前参院議員、河井案里氏(自民党離党)の有罪判決が確定した事だ。党本部が河井氏側に拠出した1億5000万円を巡り、幹部同士が責任のなすり合いを演じ、封じられていたはずの派閥争いが噴き出したのだ。コロナ禍中での派閥抗争はさすがにまずいと、一旦事態は沈静化したものの、背景には、次期衆院選や菅首相の自民党総裁再選を巡る有力者達の暗闘があり、再燃の危険をはらんだままだ。

 少し経緯を振り返ってみる。広島県選挙区は改選数2。1つは、自民党岸田派の重鎮、溝手顕正・元参院議員会長の指定席だった。ここに、当時の安倍晋三首相と菅官房長官が二階幹事長と呼応し、2人目の擁立に動いた。その候補者が河井氏だ。県連会長は岸田文雄・政調会長である。広島県連は2人目の擁立に猛反対し、岸田政調会長は菅官房長官・二階幹事長と反目せざるを得ない状況となる。

 選挙結果は河井氏が2番手で当選し、溝手氏は落選。その後、引退へと追い込まれた。河井氏の応援には菅官房長官が駆け付け、「ツーショット写真」が話題になるほどの肩入れだった。河井氏は当選後、二階派に入った。この選挙で党本部から河井氏に投入されたのが1億5000万円だ。

蠢く「菅・二階降ろし」の策動

 今回の暗闘に火を付けたのは、派閥の重鎮を失い、ポスト安倍も菅首相・二階幹事長に阻まれた岸田前政調会長だ。5月12日、二階幹事長に対し、1億5000万円問題について説明責任を果たすよう求める要望書を提出。記者団に「1億5000万円の使途の話。これは総裁も幹事長も書類が揃ったならば、しっかり説明すると従来からおっしゃっていた。説明責任を果たしてもらいたいという事を幹事長に直接申し上げた」と語った。

 ところが、5月17日の記者会見で二階幹事長は「その問題について私は関与していない」と発言。二階幹事長の側近の林幹雄・幹事長代理が「当時の甘利明・選対委員長が担当していた。幹事長は細かい事はよく分からない」と補足した事で党内は騒然となった。

 岸田派中堅は「溝手さんへの資金拠出は1500万円。新人とは言え、河井氏に相場の10倍も拠出したのは異常。岸田さん追い落としの謀略だ」と憤った。ボールを投げ付けられた甘利・前選対委員長(現・税調会長)は「1㍉も関わっていない」と全面否定。「見苦しい責任のなすり合い」と痛烈な批判を食らった二階幹事長は5月24日の記者会見で「(拠出の責任者は)党総裁及び幹事長だ」と言明。林幹事長代理も甘利税調会長について「実際に交付金支出に関しては関与していない」と発言を修正、沈静化を図った。

 それから10日後の6月3日。岸田前政調会長が新たに発足させる議員連盟の発起人会が開かれた。発起人には岸田派ナンバー2の林芳正・元文部科学相ら約30人が参加したが、ひときわ目を引いたのは甘利税調会長の姿だった。議連は中間層への所得分配による格差是正等を掲げているが、次期総裁選への布石であるのは言うまでもない。党内では「菅首相・二階幹事長ラインの追い落とし議連」と目されている。

 二階派の中堅議員が語る。「林元文科相は次期衆院選で参院から衆院山口3区に鞍替えする。山口3区は、うちの重鎮、河村建夫・元官房長官の選挙区だ。広島の仇を山口で果たすという事だろうが、そんな力量が岸田さんにあれば、とっくに首相になっている。お手並み拝見だな」。

 国会はコロナ一色だが、次期衆院選を巡っては山口3区に限らず、派閥が角を突き合わせるケースも多く、保守分裂を強いられる選挙区も少なからず出てきそうだ。勢力拡大を目指す二階幹事長の動きが台風の目だが、山口3区では岸田派が「打倒二階」を鮮明にした。麻生派等にもこうした動きが見られ、選挙区を巡るいざこざが政局に発展する気配が漂い始めている。「菅・二階体制に緩みが生じている。コロナ疲れもあろうが、党内グリップをしっかりしておかないと、先々、危うい事になる」。自民党長老はそう見ている。

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