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未来の会

第73回「世界目線」日本の医療について:生産の視点から考える②

第73回「世界目線」日本の医療について:生産の視点から考える②
産業革命以降の大変化

 歴史家であると同時に投資理論家の著者の本なので、多少合理的に過ぎるという見方もあるだろう。

 アメリカ人のウィリアム・バーンスタインは、その著書『「豊かさ」の誕生 成長と発展の文明史』の中で、経済成長に不可欠な要素として、以下の4点を挙げている。

 それは、①私有財産権②世界を精査解釈する体系的な手順としての科学的合理主義の確立③新製品の開発や製造に対して幅広く誰でもが投資できるような近代的資本主義の成立④大切な情報を素早くやり取りできる通信手段と人や物を迅速に運べる輸送手段——である。

 これらの要素がそろい始めた1820年前後から経済成長のペースは急速に伸びた(図①)。

図①:1800年以降に見られる経済成長

 バーンスタインは、何世紀かにわたる経済発展の測定方法として、都市化率というものを使っている。これは人口1万人以上の都市に住んでいる人間の、全人口に占める割合で、この割合から農業に従事している人の比率を推定する。

 古代ギリシャやローマ帝国では人口1万人以上の都市に住んでいる人口は非常に少なく、西暦1500年にヨーロッパ最大の都市であったパリの人口は20万人前後と言われる。

 中世ヨーロッパでは、全人口の90%が農業に従事していたと考えられる。そして、アメリカ合衆国では、1820年に人口の70%が農業に従事していたが、1998年には全人口の2%にまで減少している。

 農業従事者の割合をその国の貧しさの資料に使うことに対して抵抗もあろうが、これは超長期においての指標である。農業の場合には、やはり生産性はさほど高くないということが問題になる。

 西暦1年から西暦1000年までの間に、世界全体の1人当たり GDP(国内総生産) は倍増か、せいぜいで3倍増なのに、1820年以降では1992年までの間に1人当たり8倍に増えているという。

GDPがすべてではない

 もちろん、GDP が全てではない。実際、『「豊かさ」の誕生』の著者も文中で幸福度という指標を持ち出して、GDP との関係性を議論している。

 これまた賛否両論があろうが、この本では、少し前のデータによれば幸福度は個人の豊かさと関係があるとされる。ただ、幸福はお金で買えるが、それは相対的なものでしかないとしている。

 すなわち、絶対的な金額よりも、周辺と比べてどれだけ豊かかという相対的な見方で幸福を感じるというわけである。

 環境も重要である。

 たとえば、水の都として有名なベネチアで、街を埋め尽くしていた観光客が、コロナ禍でいなくなった。

 その結果、かつては濁って異臭を放っていた運河の水が透き通るようになり、その中に無数の魚が泳いでいるのが見えたという(朝日新聞デジタル版2021年1月3日『ベネチアの水が透明に コロナ禍に浮き出た人間の身勝手』)。

 本稿では、GDPと幸福について議論するつもりはなく、このバーンスタインの本を長々と引用したのは、制度が重要であるということを言いたかったからである。ある国の長期にわたる繁栄と未来を決するのは、その国の制度、すなわち充実した4つの制度を備えていることであるという点だ(図②)。

出所:ウィリアム・バーンスタイン『「豊かさ」の誕生 成長と発展の文明史』(日本経済新聞出版)

 1820年からの経済成長においては、技術進歩が生産性の向上をもたらし、それが富を増大させ、その資本によって技術がさらに進歩した。

 現在の西側諸国は、成長に必要とされる4つの制度を備えている。そして、その他の新興国も同じような制度になってきている。先進国経済は毎年2%ほどの成長率であるが、近年では貧しかった国の成長率が大きい。

 そして、今までに本稿で述べてきたような ITと医療技術の進歩がある。その意味で、それを第4次産業革命と呼ぶのか、なんと呼ぶのかは別にして、しばらくの間は多少の上下はあるにせよ、 GDP は増加し続けるのではないかと考えている。

 一方、中国はこの4つの制度を完全な形で持っているわけではない。しかし、擬似的に同じような仕組みを取って、急速な発展を遂げている。問題になるのは、広がってきた格差の点であろう。

 中国の制度はそもそも民主主義ではない。

 国際経済学者のダニ・ロドリックが2000年に発表した国際経済の政治的なトリレンマ(3者択一の窮地)とは、国家主権、グローバル化、民主主義の3つの政策目標や統治形態のうち、2つは達成できるが、3つすべてを達成することはできない、というものであった。

 西側諸国が、グローバル化、民主主義を選択し、中国は国家主権、グローバル化を選択した。これまで述べてきたように、IT技術は極めて民主主義と相性がいい。

 その意味で管理の仕組みに ITをうまく使ってきた中国において、アリババグループの金融関連会社アントグループ(旧アント・フィナンシャル)の問題に端を発する、IT対国家という問題が起きた。

 「米中新冷戦」といった国家間の対立の問題は、本稿の範囲を大きく超えるので、これ以上は踏み込むつもりはない。

 しかし、医学という普遍的な知識及び技術の源泉に基づきながらも、その国の文化や制度によって大きく影響される医療が今後どうなっていくのか、については言及していきたい。

 医療は、単に社会保障制度や福祉国家という20世紀型の文脈だけではなく、さらなる技術進歩に基づいた大きな変化に、どのように対応していくかが問われる時代になってきている。

 その意味で、安泰であるとされた専門家の位置づけにも、大きな変革が今後10年前後で予想される、と筆者は考えている。次回は、生産性の視点も含めてこの点について考えてみたい。

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