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「ガソリン車以外にする目標」で自動車業界に危機到来

「ガソリン車以外にする目標」で自動車業界に危機到来
日本経済の大黒柱が国際競争力を失い失業の嵐に

『朝日新聞』(電子版)の2020年12月3日付によれば、「政府は2030年代半ばに、国内の新車販売は電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などガソリン車以外にする目標を設ける方向で調整に入った」という。これは、首相の菅義偉が掲げている「50年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする」との「国際公約」達成に向けた一環とされる。

 地球温暖化の原因とされるCo2の排出量削減は国際的な共通課題であり、こうした「調整」は他の先進諸国に比較して遅れ気味の感すらある。当然、異論はないように思えたが、意外なところから批判が飛び出した。同月17日の、トヨタ自動車社長で、日本自動車工業会会長の豊田章男のオンライン記者会見だ。

 豊田は、この「ガソリン車以外にする目標」について、「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」と指摘。更に「日本は火力発電の割合が大きいため、自動車の電動化だけでは二酸化炭素(Co2)の排出削減につながらないとの認識を強調し、電気自動車(EV)への急激な移行に反対する意向を示した」(『毎日新聞』【電子版】20年12月17日付)という。

 確かに、環境省が20年4月14日に発表した「2018年度の温室効果ガス排出量(確報値)について」という文書に提示された「二酸化炭素(Co2)の排出量」という表によれば、18年度で発電所等の「エネルギー転換部門」から排出されたCo2の量が全体の40・1%を占める。次が工場等の「産業部門」の25%で、自動車等の「運輸部門」は17・8%にすぎない。

 しかも発電所の約85%が化石燃料を使用しているから、これではいくら「ガソリン車以外」の車両を増したところで、「温室効果ガス排出を実質ゼロにする」のは無理だろう。

他国の動向を後追いするだけの日本

 だが、豊田の発言でより注目に値するのは、「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」という箇所だ。

 いくら地球温暖化への対策が喫緊の課題になっているとはいえ、菅や政府は他国の政府の動向を気にかけて後追いするだけで、どこまで全体的な構想の中で温暖化対策という個別の政策の中身が煮詰められているのか心もとない。なぜならEVの普及により、今や日本に残った国際競争力がある数少ない産業で、日本経済の大黒柱でもある自動車産業が失業の嵐に見舞われかねないからだ。

 既に英国政府は20年11月17日、ガソリン車(ディーゼル車も含む)の新車販売を10年前倒しして2030年までに禁止すると発表。しかも、ガソリンエンジンと電気モーターを併用するHVも、基本的に35年までに販売禁止となる。「温室効果ガス排出を実質ゼロにする」ためには、今後英国のようにEVしか認められないというのが世界の趨勢となろう。

 日本の場合HVがどうなるか不明だが、それはさておき、EVとガソリン車が決定的に異なるのは部品の総数だ。技術集約型のガソリン車は部品が約3万点もあり、モーターで駆動するEVのそれの1・5倍以上に上る。そのガソリン車が消えたら、どうなるか。一挙にそれまでの部品供給チェーンに影響が出て、7000カ所以上とされるその事業所は統廃合が必至になる。

 しかも、自動車生産のシステムが激変する。精密機械のようなエンジンもマフラーも、ラジエーターも変速機も不要になり、基本的に車体にモーターと電池を取り付けるだけだから、もう現在のような人員は工場で不要になるのだ。

 前出の日本自動車工業会が発表した「2019年版 日本の自動車工業」というデータ集によると、日本の自動車関連産業の就業人口は546万人で、全就業人口6664万人の8・2%に相当する。そのうち、製造部門(部品、二輪車も含む)の総数が88万人で、それと直結した資材部門は50万9000人に及ぶから、今後、そこで数十万人単位の失業問題が生まれかねない。

 加えて、構造が単純で保守点検が容易なEVは、このデータ集によれば26万4000人いる整備関連事業者を淘汰するのは必至だ。33万6000人いるガソリンスタンド関連部門も同じ事。日本が世界に誇る、絶え間なく新技術を導入したエンジンやトランスミッションの開発要員・技術者も、このままでは絶える。

HVでの時間稼ぎもいつまで通じるか

 無論、一夜にしてEVだけになるのではないが、十数年先以降というそれほど時間的猶予があるとは思えない時期までに、どのような手段を講じるかを考えないと、この国の経済は根底から揺らぐ。同じ事は、自動車を有力な産業基盤にしているどの国についても当てはまる。

 欧州きっての自動車王国で、それを欧州連合(EU)でも抜きん出た経済力の源にしているドイツでは、既に危機感が生じている。ドイツ政府が主導し、専門家で構成する「国家プラットフォーム 未来のモビリティ」は20年1月、EV化に伴う影響を分析した中間報告を発表し、30年の時点でEVの登録台数が1000万台で、かつその完成品と部品の多くを輸入に頼ると仮定した場合、41万人の雇用が奪われると予測した。

 ドイツ国内の乗用車台数が約4709万台(19年1月現在)で、うちEVのシェアが既に10%である事を考えると、EVの台数が2倍程度に増加するだけで41万人の雇用が奪われる計算となる。EVが更に普及すれば、これだけでは済まなくなるのは確実だ。

 同「モビリティ」は、今後の産業構造の変動に伴う政府・自治体・企業が一体となった新たな職業訓練制度の導入を提言した。委員の1人はドイツの自動車産業を守るため、電池等EVの根幹のテクノロジーに付加価値をもたらす製造現場での工夫を呼び掛けている。

 片や、菅政権は将来の雇用維持に向けた展望をどこまで踏まえて、EVの普及やCo2の「実質ゼロ」化を口にしているのか。

 90年代の「小泉構造改革」から始まって、7年と8カ月にも及んだ「アベノミクス」を経験した結果、「改革」とは名ばかりで、かつて世界を席巻した日本の産業製品は次々に競争力を喪失した。家電、半導体、液晶、デジタル通信機器、パソコン等々、そうした事例は事欠かない。

 このままだと、いよいよ自動車も例外ではなくなる。EV専門のインターネットサイトである米「EV Sales」が20年11月に発表したメーカー別販売台数によれば、ベスト15入りした国産メーカーは日産だけで、しかも15位だ。

 トップは米テスラで、中国メーカーが4社も入っている。この序列が、30年後、40年後の未来と無縁だという保証は何もない。

 日本は強みを失っていないHVで時間を稼ぐという手もあるが、それがいつまでも通用するとは考えにくい。緊急に抜本的な将来の生き残り策が求められているが、相変わらずの金融緩和による円安誘導と五輪開催しか頭になさそうな菅に期待するのも、愚かに思えてしまう。(敬称略)

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