新型コロナウイルスに明け暮れた1年が過ぎようとしている。ワクチンや特効薬の開発にはまだ時間が必要で、ウィズコロナの生活は来年も続く。世界が注視した米大統領選は民主党のバイデン元副大統領の大統領就任が固まったが、トランプ大統領との泥沼の争いは民主主義の超大国・アメリカの実像を浮き彫りにした。敗れたトランプ大統領の言動に批判の矛先が向きがちだが、この大統領選の混乱には、いずれの国にも起こり得る本質的な問題が内包されている。
「日本であんな混乱は起こらないだろう。大統領選の仕組みに問題があるんじゃないか。民意を反映する制度になっていない。混乱の原因の多くはトランプ大統領というより、選挙制度にあるのではないか」
大統領選の混乱ぶりを伝えるニュース番組を眺めながら、自民党幹部はこんな感想を漏らした。
連邦国家である米国の大統領選びは複雑だ。各州に割り当てられた選挙人を獲得するという間接的な手法を取っているためだ。国家を代表する大統領を選ぶのなら、全国統一で、両候補に直接投票をするのがシンプルで合理的なのだが、そうはなっていないのだ。
開票等も各州の独自性が尊重されており、統一感がない。このため、過去には総投票数で勝っていながら、選挙人獲得レースで敗れ、大統領になれないという不合理も生じている。
トランプは〝古いアメリカ〟の守護者
外務省関係者が指摘する。
「米国は歴史が浅く、伝統と呼べるものが少ない。だから、先人から引き継いできた文化は大事にする。大統領選の複雑な仕組みも先人達が紡いできた伝統の1つで、おいそれとは変えられない。〝古いアメリカ〟の実像がそこにある」
政治の世界では、〝古いアメリカ〟は〝新しいイギリス〟との対比で時折、話題に持ち上がる。伝統文化の厚いイギリスは懐が深く、新しい社会変化にも寛容だ。一方、伝統文化の乏しいアメリカは新しい社会変化を拒みがちだというものだ。政治、経済に限らず、科学や文化・芸術の分野でも世界をリードする先進性を備えた超大国の意外な側面と言っていい。
理由は様々だが、伝統価値を尊重する保守派と、先進性を尊ぶ進歩派が国内でそれぞれ存在感を持ち、勢力が拮抗している事にあるとされる。150年の歴史を持つ共和党と民主党の2大政党制もこの延長線上にある。
ニュース解説等では、大統領選の混乱を「社会の分断」というネガティブな視点で捉えがちだが、アメリカに詳しい自民党中堅は「半分当たっているが、米国の分厚い民主主義があってこその混乱だ」と指摘する。
「大統領選の混乱を馬鹿馬鹿しいとか、ナンセンスだとか言いながら、民放もネットニュースも大統領選で持ちきりだったという事実を忘れてはならない。アメリカのリーダー選びが世界に及ぼす影響が大きいからだが、そこには、人々を引き付ける本質があった事も見逃してはならない」
「分断」は国際機関との連携に消極的で、移民排斥にも踏み込んだトランプ政治の〝負の面〟を指す言葉として、メディアが多用した言葉だ。
しかし、大統領選の蓋を開けると、劣勢と刻印されたトランプ大統領への支持は、事前の予想を覆し、燎原の火のように広がった。勝敗を分けた激戦州での両候補の差はいずれも僅差であり、街頭に出回り、気勢を上げるトランプ支持者らを前にバイデン陣営からは一時、弱音もこぼれた。メディアから「ナンセンス」「嘘」と繰り返しレッテルを貼られたトランプ政治は確かな支持を得ていたのだ。アメリカの有権者のほぼ半数は「ナンセンス」や「嘘」を信奉していたのだろうか。
先の自民党中堅が語る。
「トランプ大統領を支持したのは、かつての白人移民が築いた〝古いアメリカ〟だろう。形のあるモノを汗水流して生産し、生活の糧を得るという伝統的産業主義みたいなものだ。ヒスパニックや黒人の人口比率が増え、いずれマイノリティーになりかねない状況に追い込まれた白人層の危機感が反映されている」
得票を見ると、確かにトランプ大統領への支持は白人層に偏る。白人層の危機感はかつて米国を支えてきた製造業の衰退に起因している。
ラストベルト(錆びた地帯)に代表される伝統産業に取って代わったのは、形のないものを生産するグーグルやフェイスブック、アップル等の『GAFAM』と呼ばれる巨大IT産業とそれに付随するサービスだ。国家の枠を超えて活動する彼らは進歩的で、人種や民族、国家に頓着しないし、国益にも関心がない。
自民党中堅は「経済問題を最重視した白人層の投票行動は、白人主体で築いてきたアメリカという国家の枠を壊しかねない新勢力に対する伝統産業の抵抗のように見えた」と語る。
ツイッターを乱用するトランプ大統領が「GAFAM」を敵視とは滑稽ではあるが、移民政策を巡り両者が反目し合ったのは事実だ。情報通信は社会インフラだ。特定の私企業が独占的地位を占めるのは本来の姿ではないだろう。
全てを網羅し、支配的な地位を占めつつある「GAFAM」等のIT産業の扱いはアメリカだけでなく、各国で独占禁止法等の観点から問題が提起されている。コロナ禍で、財政収支が悪化する一方の国家に対し、巨大IT産業は最高収益を更新し続けている。いずれ、国家による制御すら利かない存在になるとの予想もある。民主党に政権が移っても、アメリカという国家と、国家の枠を超えようとしている巨大IT産業との軋轢は続きそうだ。
安倍元首相が再々登板?
トランプ大統領は来年1月にはホワイトハウスを去る予定だが、日本では朋友の安倍晋三元首相が復権に向けた活動を活発化させている。念頭にあるのは悲願の憲法改正で、来年には出身派閥の細田派に復帰するという。アメリカ大統領は任期2期8年と制限されている。権力の固定化を防ぐためだ。一方、日本の首相は自民党総裁の規定で連続4期が禁止されているものの、期間を置けば「再々登板」は可能だ。安倍元首相の周辺には来年の総裁選への出馬を探る動きもあるという。混乱はしながらも、2大政党制が機能し、ダイナミックに政治を転換出来るアメリカとの違いは歴然としている。
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