SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

現場が指摘する「医師の働き方改革」の課題

現場が指摘する「医師の働き方改革」の課題
厚労省の「応招義務」通知は労働法令優先を明示

2020年度診療報酬改定では医師の働き方改革への取り組みを多面的に評価しているものの、医療現場では医師の働き方に関する抜本的な改革を求める声が挙がる中、一般社団法人医療法務研究協会(理事長=小田原良治・日本医療法人協会常務理事)は1月25日、昨年7月に続き「『医師の働き方改革』の在り方を問う」をテーマとしたセミナーを都内で開いた。

「急性期病院の集約化」が最重要

 まず、「現場の医療を守る会」代表世話人で、坂根Mクリニック(茨城県つくば市)の坂根みち子院長が登壇した。2024年度から適用される医師の時間外労働時間の上限は、一般労働者の「年720時間」を超える過労死レベルの「年960時間」で、特例で「年1860時間」まで認められている事に対し、「医療団体のトップは過酷な勤務を生き抜いたサバイバーで、生き残った者がルールを決めている」と述べた。

 3人の子育てをしながら、循環器科専門医の資格を取得、複数の病院に勤務後開業したキャリアを持つ坂根氏は、これまでの過重労働の経験を振り返りながら、「私達の世代では変わらなかったが、次の世代にまで引きずるわけにはいかない」との考えからセミナーに臨んだと話した。

 また、身近で過労死した医師の事例も挙げ、「医療界は医師の死因調査を怠ってきた」と指摘。「医師の働き方改革の議論はあまりに無責任。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利は医師にはないのか」「日本は法治国家ではなく“放置国家”」と批判した。

 日本医師会が2016年に行った「勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査」では、勤務医の3.6%が自殺や死を毎日考え、中等度以上のうつ状態の医師が6.5%いる。これに対し、坂根氏は過重労働の影響が大きいと見ており、厚労省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」の構成員からも、「こういう現実を放っておくと、確実に医療の現場は崩壊する」と指摘された。

 日本は病床数は経済協力開発機構(OECD)の中で最も多いが、病床当たりの医師数が極端に少ない事から、坂根氏は「病院を集約化し、病院当たりの医師数を増やし、交替制勤務やグループ診療制を導入すべき」と提言。また、厚労省の医師の需給推計のを指摘した上で「医師は絶対数が不足している。この事実を認めないと、話が進まない」と述べた。 

 厚労省に対しては、「間違ったデータを基に議論させており瑕疵がある。正しい基礎データを出す義務がある」と述べ、「厚労省こそ働き方改革が必要」と指摘した。

 また、坂根氏は医師の宿日直や自己研鑽、オンコール等が経営者に都合良く解釈が変更される事を懸念。勤務医側も「黙って死ぬほど働くように刷り込まれている」と指摘し、勤務医の意識改革を行うには「管理者がしっかりとしたビジョンを述べ、ロードマップを示し、具体的なサポートをしないと難しい」と述べた。

 続いて、「医師の働き方を考える会」共同代表で、「東京過労死を考える家族の会」会員の中原のり子氏(薬剤師)が登壇。都内の民間病院の小児科医だった夫が1999年に44歳で過労自殺し、中原氏は勤務先の病院を相手に民事訴訟を起こした。最高裁で2010年に和解した時、和解条項に「我が国におけるより良い医療を実現する観点から、双方に和解により解決を勧告した」という異例の表現が入った事を踏まえ、中原氏は「ここから医療者の労働環境が改善出来ると思った。更に10年たったが、何も変わっていない」と指摘した。

医師は「自己犠牲」による労働が多い

 厚生労働省の「医師に関する過労死等の労災補償状況」によると、2017年の脳・心臓疾患や精神障害での労災認定は1桁にとどまる。これに対し、中原氏は「年間で100人くらい過労死や過労自殺で亡くなっているが、労災請求は1割にも満たず、さらに労災認定のハードルは高い。医師は犬死に状態」と述べた。

 中原氏は現場の状況として、①自己犠牲による労働が多く、実働に合った給料が支払われていない②外科医は早期に手術に携わる事が出来ず、下働きばかりで将来が描きにくい③専門医を取得しても更新が事実上困難──等と述べ、「男女を問わず労働環境の改善を目指し、そのためには責任者、上司が変わる事。何科だからといって特別視・聖域化しない事」と提言した。

 医療法務研究協会の顧問弁護士を務める井上清成氏は、昨年12月25日付の医師法19条「応招義務」に関する厚労省医政局長通知について解説した。井上氏は通知の「勤務医が、医療機関の使用者から労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等を受けた場合に、結果として労働基準法等に違反することとなることを理由に医療機関に対して診療等の労務提供を拒否したとしても、応招義務違反にはあたらない」という記載に注目。「明らかに応招義務より労働関係法令等を優先させている。応招義務を理由とした医師の特殊性(働き方改革の例外化)を出来る限り排除しようとしている」と説明した。

 通知では「患者を診療しないことが正当化される事例」として患者の迷惑行為や医療費不払い、外国人患者への対応等が示された事も踏まえ、井上氏は「医師も常識の中で医療をやればいい。応招義務は事実上無力化された」と述べた。

 最後に登壇した元厚生労働事務次官の二川一男氏は、「事務次官在職中(2015年〜17年)、医療界と労働基準局から入ってくる情報に違いがあり、医師の働き方改革の議論を進める事の難しさを感じた」と話した。

 また、「労働基準監督署も、医師不足等の問題もあり医療機関に触れるのを遠慮し、厳格に法令(労働基準法)を適用しにくい時代が長く続いていたのではないか」と述べ、電通社員の過労自殺を労基署が刑事事件化したり(15年)、聖路加国際病院へ労基署が立ち入り調査を行ったりした(16年)頃から、労基署の姿勢も変わってきたとの認識を示した。

 二川氏は少子高齢化の中、「医療・介護の支え手となる若い人は減ってくるので、今までと同じ体制ややり方では対応出来ない」と指摘。ICTの活用やタスク・シフティング(業務移管)等を進め、医師は医師にしか出来ない仕事に集中すべきと提言した。

 

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top