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未来の会

「医師の働き方改革」を〝一歩リード〟する産婦人科

「医師の働き方改革」を〝一歩リード〟する産婦人科
国の働き方改革で「医療界全体の救世主」になれるか

目下、厚生労働省が主体となって検討が続けられている「医師の働き方改革」を巡り、日本産科婦人科学会(日産婦)が独自の動きを見せている。外科や救急科と並び長時間労働の代表格とされる産科。1月中旬に一般に公開して行われた「産婦人科医療改革公開フォーラム」では、厚労省職員や「電通過労死事件」で有名な川人博弁護士を招いて講演してもらうなど充実した内容↘だった。こうした産婦人科の動きは、医師の働き方改革を引っ張っていくのだろうか。

 「医療現場は労働生産性が低いといわれるが、ふざけるなといいたい。医師は知識労働者だ」

 そう声を張り上げたのは、日本病院会会長の相澤孝夫・相澤病院理事長だ。1月21日、都内で開かれた日本産科婦人科学会の公開フォーラムで、相澤氏は「相澤病院における医師の働き方改革」と題して講演を行った。相澤氏はこの日講演した医師の中で唯一、産婦人科医ではない。

 そもそも、この公開フォーラムはなぜ開かれたのか。全国紙の医療担当記者によると、日産婦は年1回、一般の人も聞くことが出来る「公開フォーラム」を開いており、今回はそのフォーラムのテーマに働き方改革が選ばれたらしい。なお、正式なテーマは「産婦人科医の働き方改革と地域分娩環境の確保」だ。

 「他科もこうした検討や講演会をしているのだろうが、記者にも広く公開しているのは産婦人科だけ。日産婦だけでなく日本産婦人科医会も、記者を集めてたびたび産婦人科医の働き方改革について、説明をしている」と同記者は語る。

 国を挙げて進む「働き方改革」だが、医師の働き方が特にクローズアップされるのにはわけがある。政↖府が昨年3月にまとめた「働き方改革実行計画」では時間外労働を罰則付きで規制することが決まったが、医師など一部の職種については5年間の猶予期間が設けられたのだ。「医師には、医師法で応召義務が定められており、患者の急変などに対応しなくてはならない。そのため、一律の規制からは外れ、医師に合ったやり方を検討する必要がある」と厚労省の担当者は説明する。

 そのために設けられた厚労省の検討会は1月15日、採血や注射、薬の説明や尿道カテーテルの留置などの業務を、医師以外の職種に割り振るなどの緊急対応策をまとめた。医療機関には、タイムカードなどで厳しく管理されてこなかった医師の労働時間を把握し、労使協定(36定)の順守徹底を求めるなど、法令改正が不要の対策を改めて徹底するよう呼び掛けた格好だ。

 ただ、これは抜本的な対策ではない。検討会では今後、医師法の応召義務や宿直、日直の扱いについても議論する。2018年度末までに最終報告を取りまとめる予定だ。

「人手」と「カネ」の問題をうまくアピール

 こうした状況の中、いち早く「働き方改革」の検討に着手したのが産婦人科なのである。

 公開フォーラムでは最初に、北里大学病院の海野信也病院長が、産婦人科がこれまで取り組んできた改革や提言を再確認。続いて、日本産婦人科医会の常務理事でもある日本医科大学の中井章人教授が、最新のデータを使ってはじき出した産科医の「必要数」を発表した。

 中井氏は、産科医が2人で宿直する場合、必要な医師数は16人、1人で宿直なら8人、との計算結果を発表した。ただ、労働基準法によると、昼間と同じ労働が常態となっている夜間の勤務は「宿直」とはならず通常の業務とされる。この考え方からいうと、分娩対応が常態となっている産婦人科の宿直は労基法上の宿直とは言えないが、ひとまずそこには目をつぶり、必要数の算出を優先したという。

 中井氏は、新生児集中治療室(NICU)を備え、最も高度な周産期医療に対応する総合周産期医療施設107カ所と、それには劣るものの高度な周産期医療を行う地域周産期医療施設298カ所の全てで医師を16人確保するとしたら、現状のままでは3147人の医師が不足するというショッキングな数字を弾き出した。

 その上で、「慎重に働き方改革を進めなければ、医療崩壊に繋がり、妊婦や出産を考えている女性に不利益が大きくなる」との医会の姿勢を紹介した。

 こうした産婦人科医の研究や姿勢をどう思ったのか。フォーラムの後半に登壇したのは、川人博弁護士だった。「電通事件で有名な川人弁護士は、昨年、労災認定された後期研修中の産科医の過労自殺事件を担当した。フォーラムでは、事件を軸に産科医、ひいては医師の働き方がどうあるべきかを訴えた」(出席した都内の産科医)。労働事件を専門とする弁護士だけに、川人氏は「応召義務は廃止すべきだ」と一刀両断。医師が軽度な疲労であっても応召義務はかかり、診療の依頼を断れないという厚労省の解釈に「おかしい」と噛み付き、「医師が健康に働くことが必要だ。それが患者の権利に繋がる」と述べたという。

 これに続き、自院の働き方改革を進める相澤病院の相澤孝夫理事長が、「医師は知識労働者だ」と声を張り上げたのは冒頭に記した通り。相澤氏は、宿直を通常の労働時間に含めたら病院の経営が成り立たないこと、病院は経済効率でなく、この地域に住んで良かったという満足感を生むことを目指さないといけないと訴えた。相澤病院では、救急業務に従事する医師を各科に配置し、救急対応に従事する医師の給与を、月15万円上乗せているという。

 つまり、フォーラムは「産科医の働き方改革を進めるには「人手」が必要で、さらには「カネがいる」ということを如実に浮かび上がらせたのである。質疑応答の時間では、地方の診療所から来た産科医が「診療所では、開設者である医師が一人で牛馬のように働くしかない」と声を上げる場面も。働き手としての医師、経営者としての医師の双方が、「現状のままでは働き方改革に順応するのは無理だ」と訴えたのだ。

政治や行政に声届けるのに長けた業界

 東京や大阪で起きた妊婦たらい回し事件や過労自殺など、産婦人科は人手不足による厳しい環境が遠因とみられる事件を経験し、そのたびに社会の注目やバッシングを浴びてきた。医療の中でも産婦人科に世話になる人や期間は限られるが、「出生前診断など生命倫理の問題もあり、マスコミ各社はどこも産婦人科の担当記者を作っている」(全国紙記者)という。

 良くも悪くもマスコミとの付き合いが多く、出産育児一時金制度や産科医療補償制度の創設など、これまでも多くの新制度や行政の支援を勝ち取ってきた産婦人科。同じく人手不足に悩む小児科医が「自由診療が基本の産婦人科は、自分達の声を政治や行政に届ける術に長けている」と感心するほどのその手腕は、国の働き方改革において「医療界全体の救世主」となるだろうか。他科の動きも気になるところである。

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