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未来の会

第30回 カルタヘナ法の精神と相反する長谷川流経営術

第30回 カルタヘナ法の精神と相反する長谷川流経営術
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行

 遺伝子組み換え生物を含む排水を漏出させた昨年11月29日の事故から1年。武田薬品工業は相も変わらぬ隠蔽体質と独善性・排他性を発揮しながら、風光明媚な湘南の地で「研究所」の操業を続けている。この間、武田側から市民を交えたコンセンサスづくりへの積極的な姿勢はまったく見られなかった。その点だけは一貫している。

「環境影響評価書」違反の疑い

 11・29以降の湘南研を考える上で最も重要な論点を前号で指摘した。排水が各実験室で不活化されていない。しかも実験室の数は事故を起こした棟だけでも30カ所に上る。実験室から一括して不活化処理を行う1階タンクまでの距離は30㍍。各実験室の枝管まで合算すれば、300〜400㍍の距離にも及ぶ。配管やタンクの内壁は常に汚染状態にある。今後、地震や津波などの自然災害や火災が起こった場合、配管やタンクに何らかの不具合が生じる可能性はまったくないのだろうか。その際、武田は果たして適切な拡散防止措置を取ることができるのか。当事者能力は疑わしい。

 湘南研設立へ向け、武田が08年11月、神奈川県に提出した〈環境影響評価書〉を本誌は入手した。P1レベルの排水処理について〈通常の生物の実験室〉〈遺伝子組み換え生物等の不活化〉と明記。湘南研の実態はこの評価書からも大きく逸脱している疑いが濃厚といわざるを得ない。

 ここで基本中の基本に立ち返っておきたい。それは「カルタヘナ法」という法律の精神である。この法律は遺伝子組換え生物などが日本の野生動物・野生植物に影響を与えることがないよう管理するために定められた。原型は2000年1月、国連が採択した「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書(カルタヘナ議定書)」にある。議定書を国内でも実施するため、法律が03年に成立、04年に施行された。

 カルタヘナ法の基本精神に基づけば、実験の必須要件として①時間②場所③責任の明確化が必要。実験後すぐに、実験を行ったその場で、実験を行った当人が不活化をするのが本来の在り方だ。

 配管を経てタンクで一括処理する。湘南研で行われている不活化の手法がいかに異様なものかは法に照らしてみても明らかだ。やや細かい話になるが、重要な点でもあるので指摘しておく。武田は昨年12月12日付の〈武田薬品工業株式会社湘南研究所の環境保全に関する協定書に関する事故時の届出〉中の〈事故の詳細〉で〈滅菌排水〉なる用語を登場させている。この排水は実験室から出たものだ。つまり、不活化はされていない。

 「これから滅菌する廃水」を「滅菌排水」と表記して恥じない。にわかには信じがたい言語感覚だ。ごく普通の感覚ならば、「非滅菌排水」か「未滅菌排水」、せいぜい「滅菌予定排水」がいいところではないか。こうした用語一つを取っても、素人である市民に真摯な説明を繰り返し怠ってきた武田の姿勢を想起させるに十分なものがある。

 さらに疑惑がある。滅菌室の管理者が武田の社員である研究員ではなかったのでは、というものだ。この点については市民グループ「武田問題対策連絡会」(代表・小林麻須男氏)が藤沢・鎌倉両市町にあてた要請でも指摘している。武田側への質問状にも記したが、回答はなかった。

 今年2月28日付で武田の研究業務部長・三井巌名義で出された連絡会の質問への回答には再発防止策の一環として〈外部機関による研究所全体の設備及び環境安全に関するリスクアセスメントを行い、必要な対策を講じる〉と記されている。このアセスメントの結果と対策の発表は本稿締切時点でまだなされていない。武田は本誌の取材を拒否しているため、詳細は確認が取れなかった。

 当初は10月に発表を予定していたが、遅れに遅れているようだ。武田のいう〈外部機関〉とは外資系コンサルティングファームといわれている。外部とはいえ、クライアントが武田であることを考慮すれば、厳密な第三者とはいえない。ツーカーの間柄の両者間でリスクと対策をめぐる齟齬でも生じているのだろうか。いたずらに結論を長引かせていること自体、武田の事故に対する自己評価が疑われてしまう。やる気がないのだろう。

 とはいえ、湘南研内部では安全について異なるベクトルも生まれつつある。昨今、国内製薬企業の研究開発部門のかじ取り役は外国人であることが珍しくない。武田もその一つだ。従来型武田イズムの発露である安全軽視・説明不足について外部から参入した幹部が異を唱えている節がある。さすがにこれまでのような殿様商売では地域の信頼は勝ち取れない。国際標準とはあまりにかけ離れた武田の体質に彼らは危機を覚えたのだろうか。

 武田問題対策連絡会の主張は明確だ。

 〈各実験室ないし隣接する部屋に滅菌器(オートクレーブなど)を備え、実験者は遺伝子組換え微生物を含んだ廃液その他を不活化処理することを実験の一部として行う、不活化処理が正しく行われたことを確認し、その他の事項も済ませて初めて実験が完了する〉(4月5日付「武田薬品湘南研究所における遺伝子組換え実験廃液の一括不活化処理施設の稼働中止を求めることの要請」より)。自称科学者、自称企業人よりよほど合理的で社会性を兼ね備えた論旨ではないだろうか。

橋口昌平の説得力を欠いた「説明」

 ここに来て、武田は前述の外部機関による監査結果の発表が「最終的には年を越えるかもしれない」とにおわせ始めている。

 「製薬企業では武田以外も、類似の配管集積方式を採用している」

 武田の医薬研究本部研究業務部環境安全衛生グループマネージャー、橋口昌平は住民に1年近く前からそううそぶいてきた。「どこの会社がそうしているのか」と問い返されると、途端に口をつぐんでしまう。具体的な会社名を挙げられない時点で橋口の説明に説得力は皆無である。

 一方の当事者であるはずの藤沢・鎌倉両市も相変わらずの及び腰が続いている。事故から1年。果たして住民の安全・安心を実現するつもりが本当にあるのだろうか。事故自体は起きてはならないことだった。だが、リスクマネージメントにおいては常に「最悪の事態」を想定することが求められる。住民は武田の「最悪」を何度見せられればいいのだろうか。 (敬称略)

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